リスクが低く、チャンスがあるのが福島だった。いつか自身の洋食店を持つという夢を、南相馬市で実現した吉川晃さん・未来さんの「夫婦経営」のありかた

2024年2月9日
南相馬市

    「おすすめのレストランがあるから行きませんか?」

    そう誘われて昼どきに訪れると、料理も雰囲気も素敵ですっかり魅了されてしまった店があります。それが今回紹介する「Restaurant MADY(レストランマデイ)」。 吉川晃(よしかわ・ひかる)さん未来(みき)さん夫妻が、南相馬に移住し、開業した創作洋食店です。

    店舗のある福島県南相馬市原町区は、震災で津波の被害を大きく受け、原発事故の影響で緊急時避難準備区域に指定されたまちです。埼玉県から移住してきた二人は、ここでの暮らしを営みつつ、自分たちのやりたいことをレストランという形で表現しています。

    吉川晃(よしかわひかる)埼玉県毛呂山町出身。大学卒業後、IT企業に就職しシステムエンジニアとして2年間従事。2019年、未来さんと開業するためにレストランで料理の修行を行う。2022年1月に南相馬市に移住し、同年3月に「Restaurant MADY(レストランマディ)」をオープン。キッチンを担当し、地元の食材を使った洋食創作料理を提供している。

    吉川未来(よしかわみき)福島県浪江町出身。15歳の時に東日本大震災・原発事故を経験。高校生活はいわき市で送る。高校卒業後、教師を目指して大学に進学し、埼玉県川越市へ移り住む。大学2年生のときにレストランでバイトをしたことがきっかけで、飲食業の魅力を知り開業を志す。大学卒業後は3年間同店で社員として修行し、2021年8月南相馬市に移住。開店準備をすすめ、2022年3月に夫の晃さんとともに「Restaurant MADY(レストランマディ)」をオープン。ホールを担当し、心を込めた接客でお客さまをおもてなししている。

    丁寧に、心をこめて。「までい」におもてなし

    常磐線「原ノ町駅」から徒歩10分ほど。2022年3月にオープンした「Restaurant MADY」は、埼玉県川越市から南相馬市に移住してきた吉川晃さん・未来さん夫妻が営む創作洋食店です。

     未来さん 「店名の『MADY(までい)』は、実は福島の方言なんですよ!」

    ほがらかな笑顔で、未来さんは教えてくれました。「までい」とは、福島で昔から使われる言葉で「手間ひまを惜しまず・丁寧に・心をこめて」という意味があるのだとか。お客様にも料理にも「までい」でありたいという思いをこめて、学生時代からの夢であった自分の店にこう名前をつけたそうです。

    ランチコース(1,800円)ディナーコース(3,800円)ともに付くバーニャカウダ。和食の要素をプラスした濃厚なバーニャカウダソースと地元野菜の相性が絶品。

    看板メニューは、地元の新鮮な野菜をオリジナルソースでいただくバーニャカウダ。このメニューを目当てに足を運ぶリピーターも多いのだとか。ランチ、ディナーともにコース料理が中心で、メインは福島牛のステーキやマグロのレアグリルなど、和と洋を掛け合わせた創作洋食。ランチどきには満席になるほどで、若者からお年寄りまで、幅広い年代の方がここで過ごす時間を楽しんでいます。

    調理は晃さんが担当し、接客は未来さんが担当。二人は20代という若さで独立・開業しました。なぜ、この地を選び、どのように店のオープンへ踏み出したのでしょうか。

    卒業式の日に震災。充実した高校生活

    2011年3月11日。福島県浪江町出身の未来さんは中学の卒業式の日に、震災に遭いました。

    未来さん 「卒業式が終わって友だちと『明日遊ぼう』と約束して別れたんです。でも、その日を境に離ればなれになってしまって、大半の同級生と再会できたのは成人式でした」

    原発事故により全町避難となった浪江町。約21,000人の町民は全国に散り散りとなり、未来さん家族も親戚を頼って福島市に避難したそうです。

    3月8日に受験を終えていた未来さんは、合否の結果もわからぬまま双葉高校に進学。しかし、高校が再開できたのはゴールデンウィークも過ぎたころでした。双葉高校は県内4ヶ所に別れてサテライト校が設けられ、未来さんは家族と移り住んだいわき市で高校生活を送ることとなりました。

    未来さん 「1年生のときはつらかったです。編入して違う高校へ行ってしまう子も多かったし、制服も届かないから夢に見た高校生活とはほど遠くて。まちを歩く他校の子たちは、普通に高校生活を送っていて、それが楽しそうに見えて落ち込みました。でも、2年生になってからは吹っ切れました。友だちも先生も一体になって『特殊な環境だからこそ、楽しんじゃおう!』って空気で。文化祭もイベントごともできなかったけど、自分たちの意識ひとつで充実できることを知った学生生活でした」

    教師の夢を諦め出会った、人生の師匠

    逆境でも前向きに高校生活を送った未来さんは、教師を目指して大学へ進学。埼玉県川越市に移り住みました。

    ところが、教師を志してはじめた塾講師のアルバイトでは、思うように授業や生徒とのコミュニケーションができず挫折。「この道は自分に合っているのだろうか」と悩んでいたときに、サークルの先輩から川越市の創作洋食店でのアルバイトに誘われました。ここでの出会いが、未来さんの今につながる人生の転機となります。

    未来さん 「今でも“師匠”と慕っているレストランのオーナーとの出会いです。塾講師のアルバイトではできないことばかりだったけど、師匠には「おまえ仕事できるなあ」と認めてもらえることが多くて。それで、自分の得意なことに気づくことができたんです」

    店で働くうちに、未来さんの胸の内には「自分の店を持ちたい」という気持ちが湧き上がってきました。

    未来さん 「師匠からは『商売をするなら若いうちの方がいい』とアドバイスをもらいました。それで、師匠が開業したのが30歳だったので、それなら私は20代でお店を持ってやろうと思って。そのことを伝えたら、『それなら今から逆算して計画的に動こう!』と後押ししてくれたんです」

    未来さんは学業と並行して、開業を見据えた修行を開始しました。そのひとつが、食べ歩きです。学生ながらも身の丈に合わないような高級フレンチから地元に根付く大衆食堂まで、暇があれば食べ歩きをしてリサーチをしたそうです。そこで未来さんは、あることに気がつきました。

    接客が何よりも大切だ

    未来さん 「意外に多かったのが、料理はおいしいのに接客が残念というお店です。接客に心が配られていないと、料理がおいしく感じられないし、お店へ行ったことがいい思い出として残らないんですよね。それで、まずは接客を突き詰めていこうと思いました」

    確かに、「Restaurant MADY」で食事をした際、未来さんの接客の素晴らしさに感動したことを覚えている。計算されたかのように、ほしいタイミングでさらりと次の一皿が運ばれてくる。その丁寧で柔らかな気配りが、店全体の心地よさをつくり出しているように感じました。

    調理からはじめた飲食の仕事でしたが、未来さん自身もホールに立って接客することが何よりもやりがいを感じると気づいたそうです。

    未来さん 「お客さまがおいしそうに食べてくださったり、会話を楽しむ姿を見れたり、『おいしかったよ』『また食べに来ます』と笑顔で帰っていく姿を見れた瞬間に心が満たされるんです」

    夫婦経営って最強じゃない?

    食べ歩きをする中でもうひとつ気づいたことがありました。

    未来さん 「お店を持つにあたり、はじめはスタッフを雇うイメージを持っていました。でも、ご夫婦で経営されているお店を何軒も見てまわるうちに『夫婦経営って最強じゃない?』って思ったんです。人件費がかからないし、小さくはじめられるし、いいことだらけだなって。それで、お付き合いをしていた晃さんに『一緒にやろうよ』ってお誘いしました」

    大学で1つ年上の先輩だった晃さんは、埼玉県出身。IT企業に就職し、SE(システムエンジニア)として働いていました。飲食業の経験はなかったという晃さんですが、意外にも未来さんの提案を前向きに受け入れたといいます。

    晃さん 「仕事自体は楽しかったのですが、IT業界はお客さんの顔が見えなくて、やりがいを見い出すことができていませんでした。もっとダイレクトにお客さんの反応が見れる仕事がしたいと考えていた時期でもあったので、料理の道は自分のやりたいことにもつながるんじゃないかと思ったんです」

    こうして、二人は共通の夢を追いかけることに。晃さんは2019年に退職し、飲食の世界へ飛び込みました。折しも、修行はコロナ禍の幕開けとともにはじまりましたが、晃さんは「逆にチャンスでした」と軽やかに話します。

    晃さん 「下積みって皿洗いからはじめることが多いと思うのですが、人手不足なこともあって、未経験からいろいろなことに挑戦させてもらえました。現代は情報も多いし、検索すればレシピやノウハウがあって、最短距離で学ぶことができます。彼女が開業の準備を進めてくれていたので、自分はしっかり料理に向き合いました」

    リスクが低く、チャンスがあるのが福島だった

    店を持つなら地元福島でと考えていた未来さん。晃さんも移住することに抵抗がなかったため、二人は開業と移住に向けて計画的に準備をしてきました。

    未来さんは両親が南相馬市に実家を構えたこともあり、帰省のたびにまちを自転車で走り回って空き物件をリサーチ。市役所へ開業の相談にも行きました。出身である浪江町も視野に入れていましたが、最終的には移住支援制度が充実していることや、生活に必要な施設が充実している南相馬市に移住を決めました。地方で開業する方がメリットも大きいと感じたそうです。

    南相馬市内、レストランMADY周辺の街並み

    未来さん 「都会は家賃も高いし、ライバルも多いです。一方で、地方は開業のリスクが低いし、チャンスがあると思います。南相馬には、家族や女性同士でゆっくりできるようなお店が少なかったので、ニーズがあると思ったことも決め手のひとつでした」

    2021年8月、未来さんが先行して移住し、支援金制度の申請をはじめました。

    南相馬市では、市指定の地域内にある空き店舗を活用する場合に改装費用の一部を助成する「商店街空き店舗対策事業補助金」のほか、福島県外から移住した人を対象とする「福島県12市町村移住支援金」、県外から移住して起業する人を対象とする「福島県12市町村起業支援金」など福島県の制度を利用可能であり、未来さんはそれらの制度をフル活用したそうです。

    未来さん 「活用できる補助金については市役所に相談に行って教えてもらいました。起業支援金の申請には事業計画書が求められるのですが、私は数字や書類作成が苦手なこともあり本当に大変で。でも、銀行の担当の方がすごく協力してくれて、各方面の方もアドバイスをしてくださって、地元の方たちの協力があって乗り越えられました」

    JR原ノ町駅から徒歩圏内の空き物件を借りることを決め、店舗のリノベーションをはじめます。リノベーションは、南相馬市をリサーチしていたときに出会った建築デザイン会社へ依頼をしました。費用は内装、外装、厨房設備や什器を含めて約1,000万円ほどかかり、そのうち400万円を「福島県12市町村起業支援金」でまかなうことができたそうです。

    そして、2022年1月に晃さんが移住。3月に満を持して「Restaurant MADY」をオープンさせました。未来さんの目標だった「20代で開業」を、自らの行動力と想いの強さで叶えました。

    ケンカはバチバチ!でも、夫婦経営はメリットばかり

    移住に加え、開業するには大変なことはなかったか聞いてみると、二人は「そんなに苦労していません」と朗らかで、こちらが拍子抜けするほど。

    未来さん 「移住していきなり開業しようと思ったら大変だけど、移住前からコツコツ積み上げていたものがあったのでスムーズだったと思います。私は失敗することがとにかく怖くて。計画的に進めることで、不安を払拭することができました」

    晃さん 「福島はゆかりのない土地でしたが、移住者に対してウェルカムな空気で安心しました。それに海も山もあるから、魚も野菜もいい食材が揃うんです。地元の食材を使った料理のバリエーションを増やしていきたいし、まだまだ可能性を感じています」

    未来さんの性格は保守的。反対に晃さんは変化を好むタイプで、店舗を運営をする上では、ぶつかることも多いのだとか。「ケンカはバチバチやりますよ!」と笑いながらも、プロフェッショナル同士の衝突。営業が終わると、改善点を話し合って解決し、二人でより良い店づくりに奮闘しています。

    未来さん 「夫婦経営は言いたいことが言い合えるし、人間関係や人手不足に悩むこともありません。自分たちのペースでこだわりを貫けることがすごく楽しいです」

    灯台のようなレストラン

    二人はこのまちで、どのような未来を描いているのでしょうか。

    未来さん 「私たちはお店を大きくしたいとか、広げていきたいという気持ちは全くなくて、ずっとここにあり続けるお店を目指しています。帰省のたびに立ち寄ってくれたり、『こんなに大きくなったんだね』なんてお子さんの成長を喜んだり。まちの人たちの暮らしに寄り添い続けるような店であれたらいいなと思っています」

    「なんだか灯台のような存在ですね」と言うと、「ほんとにそう!」と二人で笑い合う姿が微笑ましくて、等身大でこの仕事を楽しんでいることが伝わってきました。

    未来さん 「この地を選んだのも、復興のためではなく、自分たちの夢を叶えるためです。そのことに引け目に感じることもあったのですが、お世話になった地元の方が『開業するだけで地元のためになってくれているんだよ』と言ってくれて。“福島のため”にと肩肘張ることなく、自分たちのやりたいことをやろうと自信が持てるようになりました。現在お店には、帰省のたびに訪れてくれる大学生から、ご近所の90代の方たちまで、幅広い年代のお客さんが来てくれています。この店が、大切な人と大切な時間を過ごす場所であれたらうれしいです」

    取材を終えて店を出ると、二人はにこやかにいつまでも手をふって見送ってくれました。

    取材・文:奥村サヤ 撮影:中村幸稚 編集:増村江利子

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