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【知事と語る】移住の経緯は?移住後の生活やいまやりたいことは?移住者6人の声をお届け

2024年9月26日

2024年8月30日、田村市・川俣町・富岡町・川内村・葛尾村・飯舘村の6市町村に移住した6人が内堀雅雄福島県知事と意見交換を行う「避難地域12市町村 移住トークセッション」が開催されました。移住者だからこそ感じる地域の魅力や課題など、会場で上がった声をご紹介します。

6市町村から6人が参加

会場となった富岡町の「トータルサポートセンターとみおか」

トークセッションに参加したのは以下の皆さんです。
※名前をクリックするとトーク内容に飛びます

佐原孝兵さん(川俣町)
東京都出身。2022年に川俣町に移住。現在、同町地域おこし協力隊員として映像制作を行っている。

河本凪紗さん(田村市)
大阪府出身。2021年に田村市に移住。現在、株式会社ホップジャパンで広報・企画営業に携わる。

竹原愛梨さん(富岡町)
島根県出身。2021年に大熊町に移住。その後、富岡町に転居し、一般社団法人とみおかプラスで移住相談員として勤務している。

安達貴さん(川内村)
東京都出身。2020年に川内村に移住。現在、かわうちワイン株式会社でブドウの栽培やワイン醸造に携わる。

米谷(まいや)量平さん(葛尾村)
福島市出身。2019年に葛尾村に移住。現在、一般社団法人葛尾むらづくり公社で復興に係るさまざまな事業に携わる。

花井由貴さん(飯舘村)
福島市出身。2018年に飯舘村に移住。現在、カスミソウを中心とした花き栽培に携わる。

以上、移住者6人に加え、オブザーバーとして2022年に双葉町へ移住した合同会社浜田経営労務相談室代表の浜田昌良さんが参加し、藤沢烈ふくしま12市町村移住支援センター長がファシリテーターを務める形で意見を交わしました。

【川俣町 佐原さん】二拠点生活でリフレッシュ

佐原さん:地域おこし協力隊員として、町をPRするドキュメンタリー映像を制作しています。町の現状を知ってもらい、遊びに行くきっかけになればと思いながら、町民が生きる姿を描いています。今年度で地域おこし協力隊の任期が満了になります。現在も仕事で東京に通っているので、二拠点生活です。今後も川俣町を拠点に活動して東北での仕事を増やし、軸を固めていきたいです。

知事:福島の人は優しく穏やかで、とっても素敵な県民性を持っています。一方で、佐原さんが得意としているPRというものが、ちょっと苦手な一面もあります。そういう意味で、佐原さんが携わっているような映像の仕事はこれからますます重要になると思います。帰れる場所が二つあるって良いなと思うのですが、二拠点生活の良さはどのように感じていますか?

佐原さん:東京にいる時には畑のある風景が恋しくなったり、川俣町にいる時にはたくさん買い物をしたくなったりします。二つの拠点それぞれにその場所にしかない刺激があって、移動も含めてリフレッシュできる機会が多いことにメリットを感じています。

知事:オンとオフのスイッチの切り替えが楽になって、双方での生活や魅力がより光りそうですね。二拠点生活のメリットに共感する方は増えると思いますので、佐原さんの生活スタイルを発信していただけると、きっと響く人がいるのではないかなと思います。

佐原さんの移住ストーリーはこちら
https://mirai-work.life/magazine/8861/

【田村市 河本さん】やりたいことに没頭できる場所

河本さん:移住のそもそものきっかけは、大学卒業後、東京の企業に就職し働いていたのですが体調を崩してしまったことでした。今後の働き方について悩んでいた時に、学生時代にインターンシップに参加したホップジャパンのイベントに来てみないか、と声を掛けてもらったんです。思い切って参加してみると、インターンシップで訪れた頃とは違い、たくさんの人で賑わい、ビールも作り始めている。そんな景色を見て、この地域は今後ますます人を呼び寄せる面白い場所になる!という可能性を感じました。その場で社長に直談判し、その後入社させてもらい、移住しました。ここにいると、ある意味みんな尖ってる。だから自分も尖っていていいし、他人と自分を比べることなくやりたいことに没頭できる。この環境が自分に合っていると思います。それまでの生活では出会うことのなかった魅力的な方々にたくさん出会えていることが、移住して良かったことです。

知事:移住して良かったことを「人との出会い」とまとめていただきましたが、それってすごく大事なこと、本質だと思います。ここにいるみなさんは、人との出会いがあって今ここにいるのだと思うんです。

田村市は広いエリアのうち、都路町のみが避難区域になりました。河本さんは都路町で仕事をして、田村市中心部の船引町にお住まいだそうですね。福島県には59市町村があって、避難地域を抱えている場所は12市町村。この12市町村と47市町村には違いがあります。もっと大きく見ると、福島県と他の46都道府県でも違う。その違いは住んだ人にしか分からないことです。ものすごく貴重な体験をされていると思いますので、ぜひその視点を大切にしてくださいね。

【富岡町竹原さん】誰もがチャレンジしやすい環境

竹原さん:生まれ故郷の島根県にも原発があり、東日本大震災をきっかけに原発に興味を持ちました。2019年に東京電力のインターンシップで真新しい大熊町役場を訪れた時、周りに人がいないことに違和感を覚え、この町が人でいっぱいになるところをこの地に住んで見ていたいと思い、東京電力へ入社し、福島第一原子力発電所の廃炉作業に携わりました。この地域には、何かにチャレンジしている若者がたくさんいます。誰もが挑戦しやすい、チャレンジしやすい環境がこの地域の魅力です。その影響を受けて、直接的に町の復興に関わりたいという思いが強くなり、現在は転職し移住支援に関わる仕事をしています。

移住後に出会った夫は双葉町の出身です。移住者同士で知り合う機会は多いのですが、夫のおかげで私が知らない震災前の景色を知っている人たちとつながりを持つことができています。そういった体験を通して、だんだんと地元民になりつつあると感じています。この地域には、チャレンジしている人がたくさんいるんですが、今は皆さんが個々で頑張っているような印象があるので、今後はその個々がつながるような施策があると良いと思います。

知事:それぞれの地域でいろいろな集まりはありますが、移住者の皆さんができるだけ横断的に多くの方に出会えるネットワークは、つくらなければならないものの一つだと思います。県としても、ぜひ市町村と相談して、新しい場を作っていきたい。そこでアイデアが生まれれば、また新しい動きが出てくることにもなると思います。

【川内村安達さん】人のつながりをテーマにしたまちづくりを

安達さん:川内村での暮らしは決して便利とはいえません。医療機関は小さな診療所だけ、スーパーもない環境は、東京出身の僕にとっては、なかなかハードルが高かった。でも、良いところもいっぱいあるんです。一番は夏が快適なこと。窓を開けて寝ると、夏でも風邪を引いてしまいます。県内でも涼しい地域の一つといわれ、いわき市の友人も驚くほどです。

川内村で観光ができる場所は限られています。訪れた人に「おかえり」と言えるような、帰ってくる場所としての観光地、人のつながりをテーマにしたまちづくりを、かわうちワイナリーでのワイン造りを通してチャレンジしてみたいと考えています。また、福島といえば日本酒のイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、県内には10以上のワイナリーがあります。ぜひ、県にもワイン産業へのサポートをお願いしたいです。

知事:都会からすると当たり前の環境が十分にないというのは、この地域の現実です。どのように当たり前の環境をつくり、新しい要素を入れて本当の復興にしていくか。その一つの軸が、安達さんが作っているワインをはじめ、地域の産業を創っていくことだと思います。年々おいしくなっていくかわうちワインを味わっていると、自分の子供が成長しているような思いが生まれます。

安達さんの移住ストーリーはこちら
https://mirai-work.life/magazine/1082/

【葛尾村 米谷さん】田舎と都市。良さがわかる子育てを

米谷さん:地元新聞社で記者をしていた時に、葛尾村の取材を担当していました。避難指示解除により帰還が進む中、現地のマンパワー不足を肌で感じ、葛尾むらづくり公社への転職を選択しました。半年近くかけて妻を説得し、まだ0歳だった娘と3人で移住しました。娘には、田舎の自然の豊かさと都市部での生活、両方の良さが感じられる教育をさせたいと思っています。自然豊かな葛尾村で暮らしながら、村による送迎バスなどの支援を活用して田村市の水泳教室に通っていたり、郡山市までクラシックバレエにも通っています。葛尾村から車で1時間ぐらい走ってもそんなに気になりません。

知事:いろんな状況を熟知された上で移住を決断されたことが印象的でした。タイミングやご縁があって来られる方がいてもいいと思いますし、地域について事前に勉強したり経験を踏まえて熟慮しご家族の理解を得た上で地域に来ていただくのも一つの移住の形だなと思います。いま葛尾村でやりたいことはどんなことですか?

米谷さん:ブランド羊「メルティーシープ」を育てる牛屋さんや、エビを養殖しているHANERU葛尾さんなど、葛尾村には世界に羽ばたこうとしているプレイヤーがどんどん増えています。当社には繋げる役割があると思いますので、みんなで一緒に頑張っていく道を探っていきたいと思います。

【飯舘村花井さん】花農家として一日でも早く成功したい

花井さん:福島市で第3子を出産し、そろそろ職場復帰というタイミングで、義理の母から「飯舘村の復興⽀援策で新しく栽培ハウスを建設できるからやってみないか」と声を掛けられ、夫の地元である飯舘村に移住しカスミソウ農家として就農しました。子育てをしながらの農業は本当に大変で、悩むことが多いです。でも、一日でも早く農家として成功して、働きたいママを受け入れられるような環境を作りたいです。

知事:飯舘村の場合は周りの方、特に先輩農家さんで、花井さんと同じような経験をしてきている方は多いんじゃないかなと思うんですよね。そういう方々に遠慮なく相談できると、いろんなアドバイスをしてくれるのではないかなと思います。悩みもあると思いますが、そのぶん成長して、必ずより良い品質のカスミソウを育てられるようになると思いますので、ぜひ、ご主人と力を合わせて頑張ってほしいと思います。

「復興は団体戦」「最後は人」「土台にはリスペクト」

最後に、オブザーバーを務めた浜田さん、ファシリテーターの藤沢センター長、内堀知事が移住者の皆さんの話を受けて感想を語りました。

浜田さん:この地域には、チャレンジを許容する環境があります。そのことは大事にしたいですが、注意しないといけないのは、移住してくる方と元々その場所に住んでいた方とが思いやり合うことだと思います。移住者は比較的尖っている方が多いと思うんですが、地域に占める移住者の比率が高まってくると、その方の個性や感性である尖りを丸くしないまま、地域の中でいかにうまくやっていくかということがとても重要だと感じます。やっぱり復興って、団体戦だと思うんですよね。「あの人が輝いているから私も行きたい」とみんなが思ってくれる、そういうチームをこの地域で作っていきたいと思っています。

藤沢センター長:移住をされた方に移住の決め手を聞くと、皆さん「人」だとおっしゃるんですね。相性が合う人がいて、「この人がいるんだったら!」と決断する方が多いことがとても印象的で、今後も人を基軸にした移住の取り組みをしたいと考えています。今日も皆さんのお話を伺って、その思いを改めて強くしました。

知事:「復興は団体戦」、「最後は人」。お二人から大切なキーワードを出していただきました。そのベースにある大事なことは、リスペクトかなと思います。我々一人ひとりがお互いのことを尊重・尊敬する。その前提がないと、復興も地域の活性化も始まらないということを、皆さんの輝きを見ていて思いました。具体的な提言もいただいていますので、これをぜひ県の施策にも反映しながら、皆さんと一緒にこの地域の復興を前に進めていきたいと思います。

※所属や内容はイベント当時のものです。
写真:及川裕喜 文:五十嵐秋音