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想いを持ち地道に続ければ、そこにストーリーが生まれる。「地元×移住者交流会」から見る、地方で起業する意味

2026年3月10日

ふくしま12市町村移住支援センターでは、福島12市町村への移住者と地元住民の交流の場をつくる取り組みを行っています。移住者が地域とつながり、安心して暮らし続けられるよう支援する「福島12市町村つながりづくり支援事業」です。

事業では、テーマを設定して、福島12市町村内各地で交流会を開催しています。この記事では、起業をテーマにした「センパイ移住者とつながる 地域に根差した事業を学ぶ 地元×移住者交流会」の様子をレポートします。

移住者と地元の方が混ざり合う機会を作りたい

福島12市町村のなかでも起業意欲をもつ若い移住者が多く集う南相馬市小高区。「センパイ移住者とつながる 地域に根差した事業を学ぶ 地元×移住者交流会」(以下、交流会)を運営する一般社団法人オムスビの代表、森山貴士さんも、2014年に東京から南相馬市にやってきた移住者です。ITエンジニアとしての経験を活かしつつ、カフェの開業やイベントの運営など、複数の事業を展開しています。

今回お邪魔したのは、全7回開催される交流会の第5回。会場は、森山さんが手がけたカフェ&コワーキングスペース「アオスバシ」です。以前は寿司店だった建物をリノベーションした施設で、南相馬市小高区で活動する起業家やフリーランスの皆さんの集いの場となっています。

写真:アオスバシHPより引用

オムスビのウェブサイトには、今回の交流会についてこう書かれています。

『移住者のぶち当たる壁を身をもって体験してきたセンパイたち。彼らとつながり、乗り越えてきたノウハウを学び、そして乗り越えた先の取組で生まれているコミュニティを体験し、参加できる状態をつくります。』

森山さんは、このメッセージに込めた想いをこう語ります。

「起業家が集まる地域として南相馬市小高区やその周辺地域が注目されているのはいいことだと思っています。しかし、それが地域に変化を与えるような動きになっているかといえば、決してそうとはいえません。地元の大半の人々にとって、移住者はまだまだ“自分には関係のない存在”です。そうした壁を乗り越えなければ、この地域を以前のように活気のある地域にすることは難しいでしょう。今回の交流会で、起業をした移住者と地元の方が混ざり合う機会を作り、起業の価値を地元の皆さんとも共有できればと思っています」

森山貴士さん。交流会ではファシリテーターを務める

時が止まった土地で時計を作る

この日の交流会には2人の先輩移住者が登壇しました。ひとりは、株式会社Fukushima Watch Company代表の平岡雅康さんです。埼玉県から南相馬市小高区に移住して時計メーカーを創業し、世界を舞台に福島ブランドの腕時計を製造・販売しています。もうひとりは、地方自治体のふるさと納税事業の伴走支援・コンサルティングを手がける三ツ目株式会社の布川岳史さん。南相馬市のふるさと納税支援の担当者として、本社がある新潟県三条市から南相馬市に赴任しました。

この日のテーマは、「地域の商品を売れるものにするには?」。輪になって顔が見える距離感で意見を交わしながら、商品を作る立場、商品の認知拡大を支援する立場、それぞれのゲストの話を聞きました。集まったのは、商品開発に興味があるという大阪からの移住者や、地元出身・在住の市役所職員の方、公認会計士としてものづくり企業をサポートしたいと参加した方などさまざま。浪江町や双葉町など、南相馬市小高区周辺の町に住む移住者の姿もありました。

森山さんの司会進行のもと、まず話を聞かせてくれたのは平岡さん。東日本大震災後のボランティア活動で南相馬市を訪ねたのが、この地とのつながりのきっかけだと言います。2019年に埼玉県で時計製造の事業を立ち上げましたが、3年後の2022年に南相馬市小高区に拠点を移しました。

「私がボランティアで足を運んでいた頃の福島は、場所によっては完全に時が止まってしまっているかのような雰囲気でした。そんな地域で時を刻む道具を作ることに意義を感じ、移住を決断しました」

平岡雅康さん

大きな志、高い品質、将来性。起業にはさまざまな要素が必要ですが、そのベースとなる理念やストーリーも欠かせないもの。平岡さんは、「この地に拠点を移してみて、福島12市町村は起業のストーリーを描きやすい場所だと感じた」と言います。時計の産地として世界に知られるのは、スイスのジュネーブ。平岡さんは「いつか福島を日本のジュネーブに」との大きな夢を描きながら、時計づくりに取り組んでいます。

地方ならではのブランディングが成功のチャンスになる

ビジネスの拠点を地方に移すことに不安はなかったのか。そんな質問に、「まったくなかった」と答える平岡さん。その理由は、「はじめから世界をターゲットにしていたから」だと言います。販路の拡大にもっとも駆使しているツールはSNSです。南相馬市小高区を中心とした地域の歴史や文化をリサーチしてデザインに盛り込むなど、福島ブランドであることを前面に打ち出し、それを時計好きのSNSコミュニティなどで積極的に発信して、ファンを増やしてきました。オンラインでの販売に加え、国内では約20店舗での取り扱いがあり、さらに、ドイツやチェコ、トルコなど、海外にも販売代理店が広がっているそうです。

さらに、平岡さんの時計は南相馬市のふるさと納税の返礼品としても人気を得ています。南相馬市のふるさと納税事業を支援する布川さんは、ものづくりでの起業を成功につなげる方法のひとつとして、ふるさと納税の可能性を語りました。

布川岳史さん

「ふるさと納税は、地域の外に認知や販路を広げるきっかけになる仕組みともいえます。一般のマーケットではなかなか注目されにくいものに注目が集まり、それをきっかけに一般のマーケットへと販路が広がるケースもあります。ECサイトの代替機能ととらえることもできるでしょう。地域で愛されている特産品であることなど、返礼品として選ばれるためにはさまざまな条件がありますが、平岡さんの時計のように地域に根差したストーリーがある製品であれば、選ばれる可能性は高いと思います」では、選ばれる製品になるためには何が必要なのか。平岡さんは、SNSでの見せ方に力を入れていると言います。時計のデザインだけでなく、SNSに掲載する写真にも高いデザイン性を持たせ、同じ時計であっても違った趣きに感じられる写真を自ら撮影して、フォロワーを飽きさせない工夫をしています。また、海外の時計愛好家にも興味を持ってもらえるよう、Instagramは意図的に海外を意識して発信。一方、Xは日本国内をターゲットに、と使い分けているそうです。さらに、国内の取扱店舗を増やすため、全国各地の時計専門店が運営しているSNSを積極的にフォローし、ダイレクトメッセージなどでコンタクトを取ることで販売店を増やしていったと言います。

とはいえ、SNSの運用当初はフォロワーが少なく、リアクションの少なさに心が折れてしまいがちなもの。平岡さんは、最初はフォロワーが少なくてもあきらめずに運用を継続することが大事ではないかと話します。また、一般ユーザーの投稿やコメントに積極的に「いいね」を押すなど、アカウント間の交流も密に図っているそうです。そうした地道なSNSの運用と、ユーザーとの「絡み」が、成功や差別化につながっていることが分かりました。

福島12市町村に限らず、地方は人口減少の流れに歯止めがかからない状況が続いています。そのことだけを考えれば、地方での起業には勝算がないように感じられるかもしれません。しかし、地道な発信によりブランディングや競合との差別化ができれば、東京以上のビジネスチャンスが得られるかもしれない。そんな気付きが、平岡さんと布川さんの話にはありました。

起業が特別ではない環境を地域につくりたい

第5回までの交流会を振り返り、森山さんはその手ごたえを語ります。

「参加した方々へのアンケートでは高い満足度で回答をいただいていますし、運営側も楽しく関われています。交流会を具体的なつながりに結び付けていくことは簡単ではありませんが、まずはその足がかりとして、面白い人が地域にたくさんいることや気軽につながれるコミュニティがあることは知ってもらえたかなと思います」

今回の参加者のなかには、珍しい野菜を育てる農業生産者の方がいました。その方から「販路についてアイディアが欲しい」と投げかけがあると、他の参加者からユニークなアイディアが次々に飛び出すなど、さっそく新しい交流が生まれ始めていました。また、過去の参加者のなかには、交流会での出会いに触発され、諦めかけていたものづくりにあらためてチャレンジしようと動き出した方もいるそうです。

伝統行事を受け継いでいる人、仲間と一緒にスポーツを楽しんでいる人、飲食店や小売店の人、行政の職員など、地域を構成する人々のなかに起業する人も普通に混ざり合い、それぞれにつながったり学んだりできれば、起業はより成功しやすくなるのではないか。そんな環境を作るべく開催された交流会でした。

※所属や内容は取材当時のものです。
文・写真:髙橋晃浩