移住サポーター

このフロンティアで、自分の「やりたい!」を爆発させよう!

2022年11月13日

原発事故の影響で一度は住民ゼロになった南相馬市小高(おだか)区。取材前に立ち寄った喫茶店では、おじいちゃんやおばあちゃんたちが楽しげに話していた。まさに今「住民たちの活気があふれるまち」という雰囲気が漂っていてワクワクする。角を曲がると今回の目的地である「小高パイオニアヴィレッジ」が見えた。この町のワクワクの中心地だ。

起業型地域おこし協力隊で100のビジネスを生み出す

中に入ると、大学の講義室を思わせる大階段が広がり、パソコンを開いてスクリーンを凝視している人や、メモを片手に議論を交わす二人、ビデオ通話を使って遠隔で会議を行う人などがひしめき合っていました。ここ、小高パイオニアヴィレッジは小高区や周辺地域で活動する起業家のために開かれたコワーキングスペースです。運営会社である「小高ワーカーズベース(以下、小高WB)」の代表・和田智行さんに、地域おこし協力隊制度を活用して起業希望者を受け入れる取り組みについて伺いました。

大階段が広がる小高パイオニアヴィレッジ

地域おこし協力隊は大きく二つのタイプに分けることができると言います。一つ目は、協力隊を設置する市町村が決まった課題を隊員に与える「ミッション型」、二つ目は小高WBが行う、隊員自らが地域資源を活用してなりわいを創っていく「起業型」です。

 2016年の避難指示解除に先んじて、2014年に小高WBを立ち上げた和田さん。「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」をスローガンに、自らも食堂や商店、ガラス工房を生み出してきました。

そして小高WBの立ち上げから3年が経ち「自分たちだけで100のビジネスを生み出すことは難しい」と感じ始めていた頃に、南相馬市から地域おこし協力隊制度の導入について相談があり、和田さんは迷わず起業型を提案しました。こうして、行政(南相馬市)と地域団体(小高WB)が連携して起業したい若者を呼び込み、独立起業に向けて伴走するスタイルを採用することになったのです。

地域のためではなく自分のために、被災地ではなくフロンティア

これまでの採用者は13人、応募はその2〜3倍ありました。13人のうちUターン者は1人だけで、ほとんどが福島県外からのIターンです。現時点で、3年間の任期を終えた卒業隊員は5人。うち4人はその後も定住して事業を継続しています。

コワーキングスペースにはまちで活動するメンバーが集まる

和田さんが応募者に必須だと考える素養は「やりたいことがあって、それをこの地域でやる意義があって、やり切る気持ちがあること」。活動するフィールドが被災地なので、応募者はどうしても「地域のために、社会のために」という考えが先行しがちです。

けれども地域貢献を目的にすると、その活動が地域や社会に求められていないと感じた瞬間に心が折れてしまったり、うまくいかなかったときに「私はこんなに良いことをやろうとしているのに、誰も分かってくれない」という思考になったり。自分のやりたいことがまず先にあって、その成果であるサービスや商品が結果として地域や社会を良くしていく、という順番でないと続かないとのこと。

「やっぱり人間って、自分のためじゃないと頑張れないんですよね。これをやった先になりたい自分に近づけるとか、欲しい暮らしが手に入るとか。だから僕は『課題解決事業』とか、『ソーシャルビジネス』っていう言葉があんまり好きじゃないんです。要は、自分がやりたいと思ったことを事業化していくっていうことかなと」

同様に、和田さんは小高区という地域そのものの捉え方も「かわいそうな被災地」ではなく「フロンティア」だと強調します。

震災前、自らITベンチャーを立ち上げて経営していた和田さんは、当時から社会を覆う閉塞感を感じていました。お金を稼ぐことを最優先にする、終わらない競争の中で勝ち残っていく——、そういった既存の価値観の最先端を走りながら、「50代、60代までこんな働き方は無理だな…」と疲弊することもしばしば。

そんなときに東日本大震災が発生。避難指示区域に指定された小高区では、一度住民がゼロになり、いわば強制的に社会がリセットされました。避難指示が解除になった今、ここにいるのは自分の意志で選び、本当にこの地に住みたい人だけです。

「限られた人が限られた資源を使って、本当に残したいものを残し、本当に必要なものを作る。人も資源もここには少ないから、余計なことやっている暇はないんです。そうやって厳選して丁寧に積み上げていくと、自分たちの理想の社会や暮らしを作れるんじゃないか。そういう意味で『フロンティア』という言い方をしています」

小高ワーカーズベース代表を務める和田さん

町の人たちが見つけたふわっとした課題

これまでに募集した起業型地域おこし協力隊のプロジェクトは「馬のシェアリングサービス」、「コミュニティブルワリー」などユニークなものばかり。課題設定は、小高WBと南相馬市役所の有志メンバーが一緒になって地域課題の棚卸しをするところから始まります。和田さんの声かけに対し、市役所からは20〜40代の若手職員が手を挙げました。

ちなみに、2022年10月現在募集中のテーマは「自由提案」と「アグリプレナー」。アグリプレナーとは農業(アグリカルチャー 起業家(アントレプレナー )を掛け合わせた造語です。南相馬市の協力隊事業としては初挑戦となる農業分野での募集となります。

小高区では原発事故の影響で農家が減り、耕作放棄地が増えました。また人間がいなくなった間にサルやイノシシなどが里に降りてきて、農業を再開しても作物が食い荒らされるという問題も生じています。「課題といっても、僕らの方で『だから農業をしてください』と決めるのではなくて、ふわっと課題を設定しているだけです。自由な発想で応募してもらいたいですね」

過去には、この“ふわっとした課題設定”のおかげで、和田さんの発想を超える事業が生まれてきました。避難によって一度はバラバラになってしまった小高区のコミュニティ再生に必要なのは、人が集まれる場だ。人が集まる場といえばお酒だ。という発想で生まれた「コミュニティブルワリー」プロジェクトに対し、応募してきたのが佐藤太亮(たいすけ)さん

当初、和田さんが想定していたのはクラフトビールのブルワリーでしたが、佐藤さんの提案は日本酒の製造過程に副原料としてホップなどを入れる「クラフトサケ」という、まったく新しいジャンルのお酒でした。

酒蔵を立ち上げた佐藤さん(写真提供:haccoba)

また、佐藤さんがブルワリーではなく酒蔵にこだわる理由もありました。「日本中にある酒蔵は、地域の文化や暮らしに密接に関わっているコンテンツです。ゼロからスタートする小高区で、この先200年、300年続く酒蔵を自分たちが作っていきたい。街が作られていくのと一緒に歩みたい」

「そんな想いを聞いたらもう、即採用!ですよね(笑)」と和田さん。佐藤さんには酒造りの経験がなかったので、実現可能性だけを見ると決して高くありません。ただ、やりたいことがあり、ここでやる意義があり、やり切る気持ちがあるという、必要なピースがピタッとはまっていたのです。

着任1年目に、佐藤さんは新潟県の酒蔵で修行しました。協力隊は受け入れ地域で活動することが原則ですが、南相馬市の理解と協力によって実現したのです。そして2021年、佐藤さんは小高区で”みんなで育てる酒蔵”をコンセプトにした酒蔵「haccoba(はっこうば)」を立ち上げました。

「haccoba」の一部商品のラベルデザインは、佐藤さんと同時期に起業型地域おこし協力隊として活動し、小高区でデザイン事務所「marutt株式会社」を立ち上げた、デザイナーの西山里佳さんが手掛けるなど、小高WBのなかでの協業も生まれています。

 自分の「やりたい!」が一番大事

小高パイオニアヴィレッジ外観

小高WBが協力隊のサポートとして行っていることは三つあります。一つ目は起業の伴走支援。事業計画を作ったり、一緒に金融機関に行ったり、物件探しを手伝ったり。二つ目はコミュニティとのハブになること。同じようにチャレンジしている協力隊の先輩や、周囲で活動している起業家とつながる場作りをしています。三つ目は仕事をするためのスペースや設備の提供。ここ、小高パイオニアヴィレッジもその一つです。

「ただ、創業支援といっても大したことはやってません。やり切れる人ばかりを採用しているので、みんな勝手に走っていく。起業家の支援は手厚ければ良いわけではなく、むしろ周りから『やめとけ』と言われても突っ走っていくぐらいじゃないと形にならない。コップの水があふれるみたいに、『やりたい!』っていう気持ちがあふれていく。コップが満たされないうちは、いくら環境を整えても起業って難しいと思います」

移住を希望する若者はコロナ禍の影響もあって年々増えています。ただ、あふれるほどの強烈な「やりたい!」が見つからず悩んでいる人も多いはず。和田さんいわく、見つけるコツは“衝動”にあるといいます。

「『本当はこれをやりたいんだけど、経済的に不安だし、周りからの反対もあるし…』と、僕たちは毎日のようにやりたい衝動を抑えて合理的・効率的な選択をしています。ただ、僕はその衝動に向き合うことが大事なんじゃないかなと思う。衝動が湧き上がった時に、しっかり客観的に自分の内面を見る。それを何回か繰り返していると、自分のやりたいことやありたい姿が見えてくると思います」

小高WBは2017年から地域おこし協力隊を受け入れ続けて今年で6年目。自身も起業家である和田さんに「地域×起業」という生き方の何が良いのか、と直球の質問をぶつけてみました。

「自分の人生を自分でコントロールできることじゃないですかね。どこかに勤めることを否定するわけではないけど、それって誰かに自分の人生を委ねているってことだと思うんです。政府や大企業に期待するのも、大きな組織に自分の暮らしを委ねちゃっている。

僕らは原発事故で、そうやって誰かに委ねてしまうことのリスクを身をもって経験したので、自立した生き方をしていきたいんです。誰かに任せない、自分の手で作る。起業を選択する人たちに共通の想いとして、そういうのがあるのかなと思います。

自分の足で立って生きてみると社会問題へのスタンスも変わるんです。不平不満を垂れるだけだったのが、不満は持ちながらも、その社会問題に対して『自分は何かできるはず』と思える。アクションも起こせる。微力ではあっても無力ではない。

例えばウクライナの問題もできることは何もないように思えても、ここで理想的な社会や暮らしを作っていることで、その軌跡がウクライナが復興していく時に役に立つかもしれない。あるいはもっと直接的に手伝えることがあるかもしれない。そうやって社会の問題を捉えることができますよね」


■小高ワーカーズベース
住所:福島県南相馬市小高区本町1-87 小高パイオニアヴィレッジ内
TEL:0244-26-4665
HP:https://owb.jp/

■Next Commons Lab南相馬(南相馬市の起業型地域おこし協力隊の総称)
https://nextcommonslab.jp/network/minamisoma/

■隊員募集中のプロジェクト(自由提案型、アグリプレナー)の求人情報
https://owb.jbplt.jp/

※所属や内容は取材当時のものです。
取材・文:成影 沙紀 撮影:及川 裕喜