移住者インタビュー

アートやデザインをもっと身近に。南相馬市小高区に変化を起こし続ける

2022年7月29日
南相馬市
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「震災以降、福島が唯一無二の土地になった。そこに面白みを感じて、移住を決めました」

そう語るのは、2017年に東京から福島に移住してきた西山里佳さん。現在は南相馬市小高区でデザイナーとして事業を行う傍ら、地域に開かれたクリエイティブスペース『粒粒(つぶつぶ)』を運営しています。

富岡町出身の西山さんは高校卒業後、デザインを学ぶために東京の専門学校へ進学し、卒業後はそのままデザイナーとして働き始めました。

東京で、グラフィックデザイナーとして「CDジャケットを作りたい」という夢を叶えた西山さんは、「福島に戻るつもりはまったくなくて、むしろもっと都会に行きたかった。ゆくゆくはニューヨークに住みたいとすら思っていました」と笑顔を見せます。転機が訪れたのは、2011年に起こった東日本大震災でした。

震災をきっかけに福島に抱いた思いとは何だったのか。心境の変化と、実際に移住するまでの軌跡を伺いました。

震災をきっかけに「地方でもデザインの仕事ができるかも」

のどかな田園風景が広がる南相馬市小高区

デザイナーを目指して上京し、夢見ていた仕事に就いた西山さんのなかに、「地方へ移住」「地元へ帰る」なんて思いは少しもなかったそうです。ところが震災をきっかけに、気持ちに変化が生まれます。

そこかしこで地方創生が叫ばれ始め、ふと地方に目を向けると、思った以上にデザインの力が活用されていることに気づいたそう。それまでデザインの仕事は東京など都会でしかできないと思いこんでいた西山さんのなかに、「地方でもデザインの仕事ができるかもしれない。面白いことができるかもしれない」という感情が生まれました。

けれどその時点では、移住先を福島に決めていたわけではありませんでした。「福島でも、他の地域でも、どこでもよかったんです」と西山さん。いつか独立し、地方でデザイナーとして働くことを目標に経験を積む傍ら、全国さまざまな地域について情報収集を行いました。

たくさんの地域をリサーチする過程で、西山さんのなかで「福島が唯一無二の土地」という認識が強まっていったそう。「当時は徐々に原発事故の避難指示が解除されているタイミングで、福島県外に出ていた人がどんどん戻ってきていました。だから目まぐるしい速度で変化していて。こういう地域は他にない、すごく面白いなと感じたんです」

『粒粒(つぶつぶ)』を運営する西山さん

2017年にフリーランスデザイナーとして新たなスタートを切った西山さんは、まず東京から実家のある福島県いわき市へ移住しました。いわきでは「東京と同じようなデザインの仕事ができた」といい、仕事自体はとても楽しかったそうです。が、一方で「もっとプロジェクトの立ち上げや、起業のスタート地点からデザイナーとして関わるような『ゼロイチの仕事』に携わりたいという気持ちもありました」

そんなときに知ったのが、南相馬市が行う起業型地域おこし協力隊事業「Next Commons Lab南相馬」でした。ここでなら、自分のビジョンによりマッチしたことができるかもしれないと直感した西山さんは2018年、地域おこし協力隊として南相馬市小高区への移住を決めました。

生きているだけで表現している。それを伝えるための場作り

地域おこし協力隊の任期は3年。デザイナー業と並行しながら、始めの2年はコーディネーターとして、移住促進・支援事業に携わりました。残りの1年はコーディネーターから起業家側に転身。デザイン業も順調に売上を伸ばし、2020年2月には法人化しデザイン事務所「marutt株式会社」を立ち上げました。

移住してすぐは東京からの仕事も受注していたそうですが、現在抱えているのはほぼ地元の仕事だそう。新しく事業をスタートする事業者に伴走し、デザインを通してブランディングからお手伝いする仕事に注力しています。まさに移住前に夢見ていたことを叶えた西山さんですが、活動はこれだけにとどまりません。

2021年3月に協力隊の任期満了を迎えた2ヶ月後、小高区耳谷にある築20年の空き家を改装し、「marutt」のオフィス兼クリエイティブスペースである「表現からつながる家『粒粒』」をオープン。不定期に、地域の人に向けたワークショップなどを行っています。

『粒粒』を立ち上げた経緯として、西山さんはこう語ります。

「アートやクリエイティブって聞くと、敷居が高いと感じる人が多いですよね。小高を含め、地方の人たちはとくにそうだと思います。でも暮らしや生きていること自体、全部が表現なんだって私は考えているんです。気づいていないだけで、実は皆一人ひとりが自分を表現しながら生きている。そういう意識を持ってもらいたいと思って、ワークショップを行っています」

これまでには、「真っ白なつぶくん(『粒粒』のオリジナルキャラクター)を選んで自分の好きな色を塗る」「参加者が作成したページを自由にスクラップして作るZINE」などのワークショップを実施しました。「どちらもものづくりのプロセス。でもいかにそう思わせずに体験してもらうか、ということに重きを置いています」

ワークショップで色が塗られたつぶくん(手前)と、作成されたZINE

デザインを身近に感じてもらえるように

以前から、アーティストと地域の人たちが気軽に交流できる場を作りたいと考えていたそう。そんな西山さんの思いが、じわじわと小高の人たちの意識を変えていっているのだと言います。

「デザインってどんな仕事なのかわかりにくい部分も多いですし、とくに地方では謎めいた印象があると思うんです。でも私がここにいることで、以前よりデザインを身近に感じてもらえるようになってきたんじゃないかなって。それがとても嬉しいですね」

『粒粒』の周りには、のどかな田園風景が広がっています。近隣の農家さんから、パンフレットやロゴの制作などを依頼する機会も少なくないのだとか。

近隣農家より依頼があり、maruttで制作したパンフレット

依頼の流れや金額など、デザインになじみがない人たちにとっては心配なことも多いはず、と西山さん。そこをクリアする秘訣は、何でも気になることはざっくばらんに聞ける関係性を築くことなのだそう。「あとは、いつもお米やお野菜をいただいている分、なるべく安くやります、みたいな感じで」と、地域に即した柔軟な姿勢も大切だと教えてくれました。

アーティストと地域の人をつなぐアトリエを作りたい

「表現からつながる家『粒粒』」と西山さん

現在はデザイン事務所兼クリエイティブスペースとして運営している『粒粒』ですが、今後は民泊申請をし、より開かれた空間にしていく計画があるそうです。

「宿泊できるアトリエを作りたいという思いがずっとあって。ここでそれを実現したいですね」

アーティストや、何かを制作したい人が滞在して、集中して制作に取り組めるような場所を作りたいという西山さんの夢は、ここ『粒粒』だけに留まりません。

「この辺一帯、結構空き家が多いんです。なので、この構想を少しずつ広げていきたいなって。田んぼの向こう側の家にアーティストが滞在して、近所の人から野菜をもらって。そうしたらその方がお返しにアート作品を渡して、なんて物々交換が気軽に起こって。そしてその作品に将来何百万もの価値がついたとか、そんなことになったらすごく面白いですよね。この地域を、そういう場所にできないかなって夢見ています」

西山 里佳(にしやま りか) さん

双葉郡富岡町出身。高校卒業後、上京しグラフィックデザイナーとして、音楽、アパレル、出版などのデザイン業務に携わる。2017年にフリーランスの活動をはじめ、2018年にコーディネーターとして起業型地域おこし協力隊「Next Commons Lab南相馬」に参画。2020年2月に法人化しmarutt(マルット) 株式会社を設立。現在は浜通りエリアを中心に活動中。

文・岩崎尚美 写真・中村幸稚