移住者インタビュー

子育てしやすさで南相馬市を選択。海外経験とデザインスキルで地域の役に立ちたい

2026年8月19日
  • 出身地と現在のお住まい
    福島市→海外→福島県内→沖縄県→南相馬市
  • 現在の仕事
    かふうデザイン代表
  • 移住のきっかけ
    配偶者の転職

2024年末、沖縄県から家族4人で南相馬市に移住した有銘亜梨沙(ありめ ありさ)さんは、2026年2月にデザイン事務所、「かふうデザイン」を開業しました。南相馬に来たのは夫の転職にともなうもので、自身の選択ではなかったものの、この地域だからこそ、自分の持つ海外暮らしの経験とデザインスキルを活かせる余地があると感じたそうです。仕事場を兼ねたご自宅を訪ね、お話を聞きました。

デザインの力で目的達成のお手伝いを

――まず、「かふうデザイン」の事業について教えてください。

ロゴ、チラシ、パンフレット、ウェブサイトなどの各種デザイン、動画制作などを行っています。いちばん大事にしているのは、お客様の頭のなかにあるものを一緒に整理していって、「ちゃんと伝わる形にしていく」こと。私自身もデザインをしますが、以前から一緒に仕事をしてきたベテランのデザイナーと組んでいるので、私はディレクションという立ち位置の案件も多いですね。

南相馬市に来て感じたのは、この地域はほかと比べて、いろんな活動をしている個人・団体がとても多いということです。でも、例えばすごくいいイベントなのに、そのチラシを見ると、来場者のいちばん知りたい情報が小さくて見つけづらいとか、ちょっと残念だなというケースがよくあって。そういう部分に私たちが関わることで、活動の本来の目的を達成するお手伝いができるのではと考えました。

ちなみに、ビジネスパートナーのデザイナーは沖縄県在住です。私が沖縄のECサイト運営会社に勤めていたとき知り合った仲で、全幅の信頼を置いています。一昨年、私が夫の転職で沖縄から南相馬に来ることになり、仕事はどうしようかと思ったとき、彼女となら遠隔でも安心して組めると考えてデザイン事務所を立ち上げることにしたのです。先ほどのようなニーズを感じたことに加え、福島県12市町村起業支援金に採択されたことも、背中を押してくれました。

「かふう」は沖縄の言葉で果報、幸せ、よいこと、などの意味だそう

――知らない土地での起業は勇気が要ったのでは?

最初は就職も考えましたが、せっかくなら自分のやってきたことを活かしたいと思いました。ただ、同じ起業でも店舗系ではないため、営業はたいへんですね。いまはSNS広告への反応や個人単位のご紹介が主ですが、長い目で見ればやはり地元企業からの受注を増やしたい。まったくつてのない状態からのスタートなので、今後は商工会議所に入会するなどして地元の事業者さんとのつながりを開拓していきたいです。

途上国支援から地元・福島、そして沖縄へ

――有銘さんはもともと福島県の出身だとか。

生まれは伊達市で、福島大学を卒業するまでは福島市内に暮らしていました。卒業後、すぐにJICA(国際協力機構)海外協力隊になって、2009年から2年間、ボツワナに赴任。エイズ対策の啓発活動に従事しました。当初は、その後もいろいろな国でワーキングホリデーやボランティアなどの経験を積み、いずれその経験を子どもたちに伝えるべく先生になろうかなと考えていたんです。そのため大学では教員免許も取っていました。

JICA海外協力隊時代の有銘さん。地元NGOの活動資金集めのための小物づくりに取り組んだ(有銘さん提供)

――何がきっかけでその考えが変わりましたか?

2011年3月の東日本大震災は大きかったですね。当時はボツワナでの任期終了まであと3か月というタイミングでした。すぐに福島の実家へ戻るべきか迷いましたが、断水や物資不足の混乱の最中、戻っても迷惑になるだけだと考えて、結局任期を全うするまで帰国しなかったんです。3か月後に戻ってみると、ライフラインは復旧していたものの、あちこちで屋根を覆うブルーシートが目立ったり、自宅近くにも避難者向けの仮設住宅が建っていたりと、風景が変わってしまっていたのを覚えています。

私はあの、いちばん大変なときに福島にいられなかった。その想いから、海外ではなく福島で地元のために働きたいと考えるようになり、協力隊は卒隊しました。その後、JICA二本松(二本松青年海外協力隊訓練所)で広報業務、さらに東邦銀行に移って営業に携わりました。特にJICA二本松では、JICAという専門的な組織を外部へ分かりやすく伝えたり、子どもたちに興味を持ってもらったりする仕事で、とても面白かったです。このときの経験がいまの仕事にも活きていると思います。

――その後、沖縄に移住されました。経緯を教えてください。

夫の出身が沖縄だったからです。夫は当時、私と同じJICA海外協力隊員で、彼がウズベキスタン赴任から戻ってJICA二本松に勤めていたときに同僚として知り合いました。私が東邦銀行へ移ったのちに結婚しましたが、まもなく夫がエチオピア赴任となり、私は退職して同行したものの、数か月後に一人目を妊娠。さすがに現地で初産はためらわれたので一人で帰国し福島で出産しました。1年後、夫が任期を終えて帰国しOIST(沖縄科学技術大学院大学)に職を得たため、私も子どもを連れてそちらへ引っ越したわけです。

私は子どもが保育園に入ってから、ハローワークの職業訓練コースでウェブデザインを学び、修了後は現地のスタートアップのECサイト運営会社に就職。2人目の出産を機に退職したものの、育児をしながら自宅でSNS用画像の制作など、小さな仕事は続けていました。

小児科の存在と子育てしやすさで南相馬市原町区に

――そして2024年末、再びご主人の転職で今度は南相馬へ引っ越したと。

夫から、次は浪江町にあるF-REI(エフレイ:福島国際研究教育機構)に転職すると聞かされたとき、正直「また引っ越しか」という思いはありました(笑)。福島に戻れるのはいいけど、浜通りはまったく土地勘がありません。特に浪江町周辺は震災直後の大変なときのイメージしかなく、小さい子どもを2人連れての移住に不安を感じなかったといえば嘘になります。ただ、夫も私も途上国の暮らしを経験しているので、まあ国内ならどこでも大丈夫、という気持ちのほうが強かったですね。ちゃんと電気も通ってるし、インターネットもあるなら最高じゃん、くらいで(笑)。

――住む場所はどうやって決めましたか?

地域選びについては、ネット情報の収集だけでなく、私の銀行時代の先輩にも意見を聞くなどしました。最終的に南相馬市原町区に決めた最大の理由は、病院です。特に下の子が病院のお世話になることが多いため、小児科専門医の存在はとてもありがたいのです。また、南相馬市は保育料や給食費の無料、子どもの医療費無料など、子育て支援がとても充実していることも魅力でした。

住居については、事前視察に来たとき、南相馬市の住まいの相談窓口「ミライエ」を経由して不動産会社にいくつか賃貸アパートを見せてもらいました。でも、ほんとうは広い一軒家が希望だったのですぐに決められず、あとで自分たちでネット検索していたら、たまたまいま住んでいる借家が見つかったんです。夫のF-REI勤務開始日のほうが先に決まっていたため、現地も見ずにバタバタと契約しましたが、駅からも近く便利で気に入っています。

――地域の住み心地はいかがですか?

子ども向けの施設が多くて助かります。沖縄だと、昼間は暑すぎるので屋内施設で遊ばせなければなりませんが、かなりお金がかかるんです。その点、例えば小高区にあるNIKOパークは、あれほど充実していて無料なんてすばらしいですよ。そもそも浜通りは風が涼しくて、日中でも海や屋外で遊べます。公園も多く、手軽に自然に親しめるのもいいですね。あと、上の子は初めて見る雪に驚いてとても喜んでました(笑)。

ご自宅の2階が執務スペース。お子さんたちを見ながらの作業も。

ここにはまだ足りないものがある。それがチャンス

――「かふうデザイン」はこれからどのように発展させていきたいですか?

規模を大きくするというよりは、仕事の幅を広げていきたいです。私が暮らした沖縄にはもともと外国人が多く、まちの人たちも外国人対応に慣れていました。国際研究教育機関であるOIST周辺はなおさらです。将来F-REIが本格稼働すれば、この地域にも外国人がたくさん来るはずですが、地域側の受け入れ態勢はまだ整っていないように感じます。このままでは外国人が買い物や食事に困るかもしれません。そういった部分で私たちはデザインを入口とした支援ができるのではないかと思っています。

また、福島に来てくれた外国人が暮らしやすいようなコミュニティづくりもできたらいいですね。私自身、海外で苦労した経験がありますし、南相馬に来てからは、市の移住相談窓口「よりみち」やtenten(福島県内への転入女性を応援する団体)主催のイベントを通じて移住仲間と知り合ったことが、安心につながっています。

――この地域に移住を考えている人にメッセージをお願いします。

私は、もし同じ福島県でも福島市や郡山市のような都市部に戻ってきていたなら、おそらく起業していませんでした。大きなまちには競合もたくさんいるので、私でなくてもいい、という気持ちが先に立ってしまったと思うのです。でも、ここは人が少ない分、「自分にしかできないこと」が見つけやすかったと思います。

将来のF-REIの本格稼働も見据えると、この地域にはまだ足りないものがいっぱいあります。例えば、飲食系ではベジタリアン・ビーガン対応の店も必須でしょう。そういう部分をチャンスととらえれば、なにかやりたいことがある人にとって、とても面白い場所ではないでしょうか。各種の支援金が充実しているし、移住・起業者仲間がたくさんいるのも心強いと思います。ちなみに、私はいま、この辺でだれかエスニックなカフェをオープンしてくれないかなと願っています(笑)。

有銘 亜梨沙(ありめ ありさ) さん

1986年、福島県伊達市生まれ。福島大学卒業後、JICA海外協力隊員としてボツワナに赴任。帰国後は福島県内でJICA二本松、東邦銀行に勤務。2019年、結婚を機に夫の故郷である沖縄県へ転居。ウェブデザインを勉強し、ECサイト運営のスタートアップ企業に勤める。2024年末、夫の転職で南相馬に移り、これまでの経験を活かしてデザイン事務所「かふうデザイン」を起業。8歳と3歳の二児の母。

かふうデザイン
HP: https://kafuudesign.com/
Instagram:https://www.instagram.com/kafuudesign/
TEL:090-8273-8670
営業時間:9:00〜17:00(定休日:土日祝)

※所属や内容は取材当時のものです。
取材・文:中川雅美(良文工房) 撮影:塩沼麻衣