生活・その他

女子サッカーで地域を元気に。「日本一地域に愛されるチーム」を目指すFUKUSHIMA WWW.

2026年7月22日

2025年3月。福島県浜通りに女子サッカーチーム「FUKUSHIMA WWW.(フクシマ ウィーアー)」が誕生しました。

浜通りは、ナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」が立地し、かつては女子サッカーチームも活動していた地域です。震災と原発事故を経て、その環境は大きく変わりましたが、今またこの地で新たな女子サッカーチームが動き始めています。

全国から集まった選手たちは、双葉郡で暮らし、企業や団体で働きながらサッカーに打ち込んでいます。仕事を終えるとグラウンドへ向かい、練習に励む日々。地域のイベントにも積極的に参加し、住民との交流を深めています。

チームを運営するREADY SOCIAL株式会社代表取締役の佐藤夏美(さとう なつみ)さんは、「日本で一番地域に愛されるチーム」を目指して、家族とともに大熊町へ移住。チームをゼロから立ち上げました。

どのような想いで女子サッカーチームを立ち上げ、どんな未来を描いているのか。佐藤さんとキャプテンの井久保茉桜(いくぼ まお)選手に話を聞きました。

地域の課題と女子サッカーをつなぐ

「スポーツで地域を元気にできないか」

そう考えるようになった原点は、広告事業を手がけていた頃の経験にありました。

当時、海外のサッカーチームの日本視察や合宿の受け入れに携わるなかで、佐藤さんはあることに気付きます。

「選手やサポーターが、その土地の文化に触れたり、地域の産品を購入したりすることで、地域に新たな価値やにぎわいを生み出せるのではないかと感じたんです」 

佐藤さんは、スポーツを活かした地域づくりを学ぶようになります。

その後、福島12市町村の移住・定住支援に携わるようになり、移住者や帰還者、事業者、まちづくり会社へのヒアリングを重ねながら、移住・定住施策の形成に関わってきた佐藤さん。そのなかで、地域が抱える課題を目の当たりにします。

「大熊町、双葉町、浪江町などでは、人口の少なさや地域・産業を支える担い手不足など、さまざまな課題を抱えていると感じました。未来に向けた取り組みもまだ十分とは言えず、『自分に何かできることはないだろうか』と模索していたんです」

そんなときに出会ったのが、宮崎県都農町の事例でした。地域で働きながらサッカーを続ける選手たちを、住民がまちぐるみで応援する。その姿を目の当たりにした佐藤さんは、「このモデルなら、スポーツ選手だった自分の強みを活かしながら、浜通りの課題解決に取り組める」と感じたと言います。

さらに、佐藤さんにはもう一つ、以前から抱えてきた想いがありました。学生時代に女子サッカー選手としてプレーしてきた経験から、競技を続けたくても続けられない現実を見てきたのです。

「全国的に見ても女子サッカーの競技人口は多くありません。卒業後に競技を続けられる環境も限られていて、ずっと『女子サッカー選手の価値を高めたい』という想いがありました」

地域の課題と、女子サッカー界の課題。一見別々に見える2つの課題を結びつけることで、新しい地域づくりができるのではないか。そうして生まれたのが、「FUKUSHIMA WWW.」という構想でした。

一緒にチームを育てていきたい

「スポーツを通じて人を呼び込み、地域活性化につなげる女子サッカーチームをつくりたい」

構想から約2年。2024年11月からスカウトを開始すると、すぐに全国から選手が集まり始め、2025年3月には活動をスタートしました。

「本当に超爆速でしたね(笑)」

そう振り返る佐藤さんを突き動かしていたのは、浜通りへの強い想いです。

「この地域が、私を奮い立たせてくれるんです。ここには震災や原発事故による影響が続いており、風化させてはいけない問題だと思っています。そして浜通りなら、結果を出せるんじゃないかという漠然とした期待もありました」

選手集めで重視したのは、競技力よりも人間性です。

「強さや勝利へのこだわりよりも、人に優しくできることや、相手の立場に立って考えられること。そうした人間性を大切にして声をかけていきました。自分たちのやりたいことだけを叫んでも、地域の人たちに応援してはもらえません。地域の皆さんと信頼関係を築きながら、一緒にチームを育てていくことが大切だと考えています」

その想いに共感し全国から集まったのは、登録選手17名とスタッフ5名(2026年7月現在)。すでに7名の選手が双葉郡へ移住し、地域で働きながら競技に取り組んでいます。

応援してくれる人の顔が見えるまち

その一人が、キャプテンの井久保茉桜選手です。東京都出身で、大阪や北海道のチームを経てFUKUSHIMA WWW.に加入しました。

トレーニングをする井久保選手(写真中央)

「新しいチームの立ち上げに関われる機会はなかなかないので、話を聞いたときは、純粋に楽しそうだなとワクワクしました」

井久保選手は、挑戦への期待を胸に浪江町への移住を決めましたが、震災や原発事故を経験した浜通りについて、ほとんど知識がなかったと言います。

「初めて来たのは2025年2月です。昼間は特に気にならなかったのですが、夜になると街灯が少なくて、思った以上に暗くて驚きました。まだ一部バリケードが残っている場所もあって、正直少し戸惑いましたね」

現在は、浪江町で暮らしながら、震災後に活動が休止していた大熊町の総合型地域スポーツクラブ「NPO法人おおくまスポーツクラブ」の再開に関わる仕事に就き、競技と両立する日々を送る井久保選手。移住から約1年が経ち、浜通りの印象にも少しずつ変化があると言います。

「大阪や北海道のチームにいた頃は、職場やチーム以外で地域の人と関わる機会がほとんどありませんでした。でもここでは、仕事で出会った人が試合を見に来てくれたり、イベントで知り合った人が声をかけてくれたりするんです。買い物中にも、『試合見たよ』『頑張ってね』って声をかけてもらえることもあって、応援してもらっている実感があります。その分、『地域の人たちのために頑張りたい』という気持ちも強くなりました」

まずは、地域を知ることから始める

FUKUSHIMA WWW.の選手は、試合や練習だけでなく、お祭りやカラオケ大会への参加など、地域イベントにも積極的に参加しています。仕事にサッカーに地域活動にと、大忙しの日々です。

さらに、浜通りの歴史や震災・原発事故について学ぶ機会も設けています。現在は月に2回ほどクラブ内で研修を実施。福島第一原子力発電所を視察したり、地域住民から話を聞いたりしながら、地域への理解を深めているそうです。

また、浪江町の地域おこし協力隊として活動する選手もおり、現地視察ツアーのガイドを務めるなど、自分なりの言葉で浜通りの現状や魅力を伝えています。

「選手たちは就業先でも、避難生活を経験した方や除染・復興工事に携わった方の話を率先して聞いています。『当時はどうだったんですか?』と、何気ない会話のなかから地域のことを知ろうという姿勢があって、本当にすごいなと思います」(佐藤さん)

そうした日々の関わりが、少しずつ地域との距離を縮めていきました。

女子サッカーで浜通りの未来を描く

FUKUSHIMA WWW.の選手の皆さん

発足から1年半。佐藤さんは、想像以上の反響を感じていると言います。

「地域の方々が親戚の子を見守るように応援してくれるんですよ。『うちはまおちゃん』『うちはみつばちゃん』みたいに、それぞれ応援する選手がいて。娘や孫のような存在として見守ってくれているんです」

こうした地域とのつながりを土台に、佐藤さんは次のステージを見据えています。今後目指すのは、さらに仲間を増やして5年間で130人の移住を創出すること。また、女子サッカーチームとしてはなでしこリーグ参入が大きな目標の一つですが、それと同じぐらい大切にしているのが、女子サッカー選手が自分らしいキャリアを築ける環境をつくることです。

「競技だけで生活できているサッカー選手は、まだほんの一握りです。選手たちには、サッカーだけを頑張る人生ではなく、その先の長い人生もワクワクしながら生きてほしい。仕事もサッカーも、どちらも諦めない環境をつくりたいんです」

現在は住民有志による「FUKUSHIMA WWW.を応援する会」も発足し、130人が登録しています。クラブの活動は、多くの地域住民に支えられています。そんな佐藤さんに、あらためて浜通りの魅力を伺いました。

「浜通りは、チャレンジする人を応援してくれる地域です。新しいことを始めると逆風が吹くこともありますよね。でも、ここでは『頑張れ』と背中を押してくれる人がたくさんいる。成功しても失敗しても応援してくれるあたたかさがあり、そのあたたかさに支えられながら活動しています。サッカーをする人も、そうでない人も、一度この地域に来てみてほしいです。きっと新しい一歩を踏み出したくなりますよ」


■FUKUSHIMA WWW.(フクシマウィーアー)
Instagram:https://www.instagram.com/fukushimawww/

※所属や内容は取材当時のものです。
取材・文:奥村サヤ