事業紹介

誰かが誰かを見守る楢葉町で。ならは薬局からつなぐ地域医療の輪

2026年7月1日

2020年、楢葉町に開業した、ならは薬局。東日本大震災と原発事故による全町避難を経て医療資源が限られるこの地域で、在宅医療や住民の健康相談などを担いながら、地域に寄り添う薬局として歩みを続けています。その立ち上げから関わり、現在も管理薬剤師として地域医療を支えているのが、茨城県から楢葉町へ移住した飯塚織恵(いいづか おりえ)さんです。

「楢葉町は、誰かが誰かを見守っている温かい町です」

そう語る飯塚さんは、薬を渡すだけではなく、住民の暮らしや健康を支えるため、医療や介護などの多職種と連携しながら地域に深く関わってきました。

飯塚さんが楢葉町へ移住した経緯や、この地域で目指している医療のかたち、そして移住者として感じている楢葉町の魅力について伺いました。

「自分にできることがあるなら」楢葉町への移住を決意

飯塚さんは群馬県出身。結婚を機に茨城県へ移り住み、長年、薬剤師として在宅医療に携わってきました。

2011年の東日本大震災当時は「被災地支援へ行きたい」という想いを抱きながらも、子どもがまだ小さかったこともあり、職場や家族の反対で断念した経験があったと言います。その後、2016年の熊本震災での災害支援をきっかけに、福島県薬剤師会のメンバーと意気投合。交流を続けるなかで、「楢葉町に新しくできる薬局の立ち上げを手伝ってほしい」と声がかかりました。

「最初に話を聞いた時は、正直迷いました。けれど、現地を訪れて楢葉町の医療資源が少ない現状を目の当たりにして、自分にできることがあるならやってみたいと思いました」

とはいえ、家族と離れて暮らすこと、夫と大学生の息子さんの食事の心配などで、移住への迷いは尽きなかったと言います。そんな飯塚さんの背中を押したのは、家族と職場の人たちでした。

「主人に相談したら“やれることがあるなら行ってきたらいいんじゃない”って言ってくれて。職場も、“落ち着いたら戻ってきてくれればいいよ”って送り出してくれたんです」

こうして2020年5月、コロナ禍の真っ只中、飯塚さんは愛犬とともに楢葉町へと移住し、新たな一歩を踏み出しました。

薬だけではなく、その人の暮らしをみる

ならは薬局は、福島県内初の公設民営薬局で、地域の復興拠点「笑ふるタウンならは」に整備されました。処方箋の調剤だけでなく、健康相談や介護に関する相談にも応じるなど、地域住民の暮らしを支える役割を担っています。

そんなならは薬局で大切にしているのが、「薬を渡して終わり」ではなく、その人の暮らしまで含めて関わることだと飯塚さんは言います。

「薬が生活にどう影響しているのか、飲めていない場合はなぜなのかを、生活と結びつけて考えるようにしています。飲み忘れの背景には、生活リズムや家族環境、身体の状態など、さまざまな理由があります。薬のことだけをみるのではなく、その方の暮らし全体を知ったうえで、『どうすれば無理なく続けられるか』を医師と一緒に考えています」

飯塚さんが目を向けているのは、薬そのものではなく、その人の暮らしです。医療や介護の資源が限られる楢葉町では、訪問看護や在宅医療を担う医師も多くありません。そのため、住民のちょっとした変化や困りごとに気付き、必要な支援へつなぐ役割も薬局に求められています。

顔の見える関係が、地域を支える

薬局で住民と向き合うなかで、飯塚さんは一つの課題を感じるようになりました。それは、一つの専門職だけでは支えきれないケースが多いことです。

「この地域は、本当に医療も介護も福祉も資源が少なく、多職種間で情報を共有しながら支えていくことが大切だと考えています。資源がないなら、あるもので工夫するしかない。だからこそ、職種同士が密につながることが大事なんです」

そんな想いから、飯塚さんが2022年7月に立ち上げたのが「ならは多職種連携の会」です。きっかけは、日頃から交流のあったケアマネジャーや生活支援コーディネーターとの何気ない会話でした。

「3人でご飯を食べている時に、『こんなことやりたいんだよね』って話したら、『いいじゃん、やろうよ!』って言ってくれて。そこから少しずつ広がっていったんです」

当初は限られたメンバーによる小さな集まりでした。しかし口コミで参加者が増え、現在ではケアマネジャーや訪問看護師、リハビリ職、管理栄養士、行政職員なども加わり、さまざまな専門職が参加するネットワークへと発展しています。会では、それぞれの職種がどのような役割を担っているのかを学び合い、地域で起きている課題について意見を交わしています。

飯塚さんが大切にしているのは、まずお互いを知り、顔の見える関係をつくることです。

「医療従事者同士であっても、互いの仕事内容を詳しく理解しているとは限りません。在宅医療といっても、『薬剤師がどんなことをしているの?』という声を耳にすることがあります。だからこそ、まずはお互いの役割を知ることが大切だと思うんです」

職種の垣根を越えて気軽に相談できる関係が生まれたことで、住民の困りごとにもよりスムーズに対応できるようになったと言います。

そのつながりの輪は地域の専門職だけにとどまりません。近年は医療や福祉を学ぶ学生たちも加わり、楢葉町での学びを通して地域医療の魅力に触れる機会が生まれています。

地域医療の面白さを、次の世代へ

飯塚さんが学生の受け入れに力を入れ始めたのは、薬局の人材確保がきっかけでした。

どうすれば若い世代に地域医療の魅力を知ってもらえるだろうか。そう考えていた頃、ある大学関係者とのつながりから思わぬ話が舞い込みます。当時、その大学の薬学部では地域医療や多職種連携を実践的に学べる場が限られていました。そこで飯塚さんが楢葉町での取り組みを紹介したところ、「ぜひ学生を実習に行かせたい」という声が上がったのです。

こうして始まった学生の受け入れは、今では薬学部だけでなく医学部にも広がっています。

学生たちは薬局業務だけでなく、在宅訪問への同行や地域住民との交流、介護や福祉の現場の見学などを通して、地域医療の現場を体験します。取材当日も、実習中の学生たちが楢葉町で学んでいました。実習を通してどんなことを感じているのでしょう。

「都会ではなかなか経験できないような人とのつながりがここにはありました。地域の人たちがお互いを気にかけ、支え合っている姿を見て、本当にいい町だなと感じています」

「想像以上の毎日でした。在宅訪問に同行することはあっても、介護や福祉、行政との関わりまで見る機会はほとんどありませんでした。ここでは、患者さんに対し、一人の地域住民として接している飯塚さんの姿を見ることができました。地域のさまざまな人や職種とのつながりのなかで支えられていることを知り、地域医療についての見方が大きく変わりました」

取材時、実習に来ていた学生たち

飯塚さんが学生たちに伝えたいのは、患者さんの暮らしに目を向けることです。どんな家で暮らしているのか。誰が支えているのか。受診する手段はあるのか。そうした背景を知ることで、患者さんへの向き合い方は大きく変わると飯塚さんは考えています。

「誰からも愛される薬局」を、この町で

移住してから、飯塚さんは地域医療の現場で多くの住民と関わってきました。そんな飯塚さんは、楢葉町の魅力をどんなところに感じているのでしょうか。

「自然の豊かさと食べ物のおいしさ、人の温かさ。この3つが一番の推しですね(笑)。そして、困っている人がいたら自然と声をかけたり、気にかけたりしてくれる人がいる。誰かが誰かを見守っているような関係性があるところが、この町の魅力だと思っています」

飯塚さんがならは薬局の開業当初に掲げた想いは、「誰からも愛される薬局」にすること。住民にとって、処方箋がなくても気軽に立ち寄れて、困ったときに相談できる存在でありたい。飯塚さんは、そんな薬局づくりを続けてきました。

「地域にあるものを活かしながら、人とのつながりを楽しんでいけたらいいなと思っています。そして、一緒に医療や介護を支えてくれる仲間が増えたらうれしいですし、大歓迎です」

地域医療に携わる一人の薬剤師として、この町で暮らす一人の住民として、飯塚さんは今日も地域の日常を支えています。


■ならは薬局
所在地:〒979-0604 福島県双葉郡楢葉町北田中満289-4
営業時間: 8:30~17:30(土曜日は~12:30)
定休日:日・祝日
TEL:0240-23-7183
HP:https://fukuyaku.org/pharmacy_searchs/12858

※所属や内容、支援制度は取材当時のものです。最新の支援制度については各市町村のホームページをご確認いただくか、移住相談窓口にお問い合わせください。
取材・文:奥村サヤ