飯舘村で「フリーミッション型地域おこし協力隊」の定着率が高い理由とは?
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地域おこし協力隊とは、市町村ごとに委嘱された隊員が地場産品開発などの地域おこしや農林水産業への従事、住民支援などの活動を行いながら、最終的にその地域に定住することを図る取り組みです。福島12市町村でも多くがこの制度を活用していますが、今回注目するのは飯舘村。取材時点では、これまで採用した隊員全員が任期終了後も村に定着しています。中にはいちど転出したものの、再び村に戻って起業準備を始めた人も。彼らにとって飯舘村にはどんな魅力があるのでしょうか。
村に戻ってコーヒー豆販売を準備中
「1年ぶりに飯舘に戻り、なんだか実家に帰ってきたような感じがしています」
2023年12月に飯舘村地域おこし協力隊を卒業した松尾洋輝さん。その後一時は村外で仕事をしていましたが、2024年末に飯舘村に戻り、村の地域おこし協力隊起業支援補助金を利用してコーヒー豆の販売を始める準備をしています。
「自宅に設置できるサイズの焙煎機を購入しました。厳選した豆を仕入れ、ていねいに焙煎した豆が欲しいという方に小ロットで通信販売していく予定です。もちろん村のイベントなどにも出店し、僕が焙煎したコーヒー豆の味を楽しんでいただきたいと思っています」
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松尾さんは少々異色の経歴の持ち主と言えるかもしれません。1995年、宮城県仙台市生まれ。最初のキャリアはゴルフのティーチングプロでした。レッスンの仕事以外にも、同じくプロゴルファーの弟と一緒に動画チャンネルを開設したり、音楽ユニットを結成してオリジナル楽曲を配信したり。ゴルフ人口が減少する中、さまざまなジャンルと掛け合わせることで同世代にこのスポーツの楽しさを広めようと、いろいろな挑戦をしてきたといいます。2020年、24歳のときには活動を法人化すべく合同会社を設立しました。
そんな松尾さんが、なぜ飯舘村へやってきたのか。それをひもとく前に、村の地域おこし協力隊の制度と、他の協力隊員の方々について少し紹介しましょう。
何をやるかは本人次第のフリーミッション型
飯舘村の地域おこし協力隊には現在、フリーミッション型と企業雇用型の2種類があります。企業雇用型の募集開始が2024年と最近なのに比べ、フリーミッション型のほうが歴史は長く、最初の方の着任は2019年3月のことでした。
フリーミッション型は「起業型」とも呼ばれ、最長3年間の活動期間中または期間終了後に「村内で飲食店や小売店等を開業し、村産品の活用や村のPRに積極的に取り組んでくれる方」(飯舘村役場ホームページより)が想定されています。
役場の村づくり推進課の副島淳さんによると、このフリーミッション型でこれまで6名が着任し、取材(2025年1月)時点では4名が卒隊。松尾さんを含めて、全員が村内で活動中だといいます。協力隊の「定着率」は全国で約65~70%(総務省「令和5年度地域おこし協⼒隊の定住状況等に係る調査結果」)といいますから、母数がまだ一桁とはいえ飯舘村の成果は注目されてよいかもしれません。
■飯舘村フリーミッション地域おこし協力隊のみなさん(着任順、任期終了者を含む)
- 松本奈々さん(合同会社MARBLiNG共同代表、「図図倉庫」運営)2019年~2022年
- 二瓶麻美さん (ものづくりイベント「山の向こうから」主宰)2019年~2022年
- 大槻美友さん (キャンドル作家、工房マートル運営)2020年~2023年
- 松尾洋輝さん(コーヒー豆販売の起業準備中)2021年~2023年
- 横山梨沙さん (コーヒーポアハウス運営)2022年~
- 髙橋洋介さん(菓子工房Cocitto運営)2024年~
なぜ飯舘村では定着率が高いのか。その理由のひとつは、次の副島さんのコメントの中にも見つけられそうです。
「フリーミッション型の隊員は自由に動けるぶん、村に来て『やること』が予め決まっていないと厳しいです。だから、何をしたいのかが曖昧な人は採用していませんし、たとえやりたいことが具体的でも、その内容が村の状況に合っていないと判断すればお断りすることもあります。そうやって採用の段階でミスマッチを無くす努力が大切だと思っています」
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住まいを探すための空き家バンクなどの情報を網羅
最初はクリエイターとして来村
松尾さんが4人目の協力隊員として飯舘村にやってきたのは2021年1月のことでした。
「2020年に会社を立ち上げ、さまざまな活動の傍ら動画制作などの仕事も請け負うようになりましたが、正直、十分な収入につながらず悩んでいて……。そのころ、参加していた起業家コミュニティでいくつかの町村の地域おこし協力隊の人たちと知り合う機会があり、すごく興味が沸きました。協力隊として自分のスキルを活かす道もあるのではないか思い、日本全国を探したところ、たまたま飯舘村の募集を見つけたのです」
このときの募集は、廃校になった村の小学校校舎をクリエイティブ拠点として生まれ変わらせるプロジェクトの一環でした。その拠点で「作品づくりをしたいアーティストやクリエイター」を募る枠があり、松尾さんは得意とする動画編集とも親和性が高いと判断。村の情報発信にも貢献できると考えて応募したといいます。
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「決め手は雇用契約ではなく業務委託契約だったことです。勤務時間の縛りがなく、村の許可があれば副業も可能。それまでの仕事も継続できると思いました。ただ、僕は協力隊任期終了後もその拠点で活動を続けることを想定していたのですが、着任後まもなく、やむを得ない事情でプロジェクトが継続できないことがわかって……」
困った松尾さんの助けになったのは、役場の人はもちろん仲間の地域おこし協力隊など同世代の人たち。相談を重ねて「もう少しがんばってみよう」という気持ちになった松尾さんは、これまでの動画編集に加えて、大好きなコーヒーを活動の軸にしようと思い立ちます。実は、飯舘に来る前にオリジナルブレンドコーヒーの販売も手掛けていたからです。
「僕はもともとコーヒー好きではなく、ブラックでは飲めないタイプでした。でも、とあるコーヒー豆屋さんで淹れてもらった一杯がものすごくおいしくて。そこからコーヒーの勉強にのめり込み、小規模ですが販売も始めていたんです。飯舘でもこれがあるじゃないかと」
そこで松尾さんは、いずれ村でカフェを開業することを目標に活動を開始。まずは、仲間の協力隊員とコラボしてコーヒーイベントを開くなどしたほか、協力隊の先輩である松本奈々さんが村内に「図図倉庫(ズットソーコ)」というイベントスペースを開業すると、その中のキッチンカーでドリンクの提供も始めました。
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紆余曲折があってもやはり飯舘に
それでも松尾さんは、残念ながら任期終了までに十分な収入を得る基盤がつくれなかったといいます。任期3年間のほとんどがコロナ禍の最中。協力隊の研修や他地域見学もリモートになり、集客にしても交流にしても大きな制限があったことは不運だったとしか言いようがありません。
卒隊後も試行錯誤を続け、一時は福島県外の会社に就職したものの体調を崩して仙台の実家にUターン。そこで再び会社員となるも、やはり飯舘村への思いを捨てきれず、勤め先のSNS運用代行会社がフルリモート勤務を承認してくれたのを機に村に戻ってきたのでした。でも、そこまで飯舘村を思う理由はどこにあるのでしょう。
「飯舘は僕にとって、生きていく環境として理想に近い場所なんです。初めて飯舘に来たとき村の人の温かさには驚きました。仙台では隣家の人とも全く交流がない環境で暮らしていましたからね。都会とは全然違う、のんびりとした生活スタイルにも惹かれました。僕は将来、自家菜園で野菜を育てて暮らしたいと思っているのですが、ここにはその土地もあるし教えてくれる人もいます。それに、同じ田舎暮らしでも、ここなら役場の方も含めて知っている人がたくさんいる、という安心感は大きいです」
協力隊時代を振り返って「大変な3年間だったけど、やってきたことの意味はある」と語る松尾さんに、自身の経験を踏まえ、飯舘村での起業・開業に興味を持つ人へのアドバイスをお願いしました。
「ここはものづくりの場所としては最適だと感じています。ただ、店を構えるというのは大変なこと。オンライン販売などを通じて村外にもどれだけ売り先を持てるかが大きなポイントだと思います」
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協力隊の募集要項には「村内で飲食店や小売店等を開業し」とあるものの、村役場の副島さんによれば、けっして店舗だけに限らないと言います。
「村の人口が少ないので、村民だけを相手にした商売は正直、厳しいでしょう。これまでに開業した協力隊員の事業を見ても、やはり販路を村外に確保しているようです。村内に電車の駅はないしバス便もわずか。特に土日は昼間人口が減ります。面談時にはもちろん、そういう村の状況をきちんと説明しています。でも、何をやるにしても村民たちは温かく応援してくれますよ。もちろん自分からコミュニティに溶け込む努力は必要ですが、一度入ってしまえばいろいろな形で協力してくれる人がたくさんいます」
たしかにここは、「田舎でのんびり古民家カフェ経営」などを漠然と夢見ているだけでは成功できない、「厳しい」場所なのかもしれません。それでも、ここで自分の可能性を試したいと考えてやってくる人、松尾さんのように一度はその夢を諦めても再び戻ってくる人がいる飯舘村。そこには、それぞれのフリーミッションを追求しながらお互いに協力し合う地域おこし協力隊員の姿、そして彼らをヨソモノ扱いせず適度な距離感で支援してくれる村民たちの姿が浮かび上がってきます。地域おこしのカギを握るのは、やはり人だと言えるのではないでしょうか。
飯舘村では地域おこし協力隊(フリーミッション型)を募集中です。詳細は飯舘村役場のホームページをご覧ください。
https://www.vill.iitate.fukushima.jp/site/iju/11349.html
地域おこし協力隊についてもっと知りたい人は、こちらをご覧ください。
https://mirai-work.life/kyoryokutai/
※内容は取材当時のものです。
取材・文:中川雅美(良文工房) 撮影:古関マナミ