移住者インタビュー

私らしくいられる場所で。キャンドルを通して福島の魅力を伝えていく

2022年12月12日
飯舘村
  • 里山暮らし
  • チャレンジする人
  • 地域おこし協力隊
  • 起業・開業する

曲がりくねった山道を進んだ先に広がるのどかな風景。ここは阿武隈山系北部に位置する飯舘村。2020年に、この村に地域おこし協力隊員として移住してきたキャンドル作家の大槻美友さんは、ドライフラワーに加工した福島県産の草花を使ったキャンドルを制作・販売しています。活動の拠点は古民家を自ら改装した「工房マートル」。一歩足を踏み入れると、たくさんの美しいドライフラワーとキャンドルで彩られた空間が迎え入れてくれます。

工房マートル

「好きなものを詰め込んだらこうなりました」と大槻さん。飯舘村で活動を始めるまでにはどのような経緯があったのでしょう。あたたかな陽だまりに包まれた「工房マートル」 で、じっくりとお話を伺いました。

大手企業の会社員からキャンドル作家へ転身

小学4年生から高校までを福島市で過ごした大槻さんは、山形県山形市にある東北芸術工科大学のデザイン工学部へ進学し、卒業後は大手メーカーに就職。配属先の北海道函館市で生活していた2018年、当時の大槻さんは仕事で心の余裕をなくし、思い悩むことが多い日々だったと言います。楽しみは、休日のひとりの時間を充実させること。「何か趣味を見つけたい!」と街へ繰り出すなかで出会ったのが、キャンドルの手作り体験教室を開いていた小さなキャンドルショップ「710candle」でした。

大槻さんはここで初めてキャンドル作りの魅力に触れ、何度も教室に通うようになりました。
「幼い頃からものづくりが好きだったんです。お花をあしらった彩りの美しさ、火をともすと心をホッとほぐしてくれるところに引かれて、気づいたらキャンドル作りに夢中になっていました」

大槻さんにとって、キャンドルに触れる時間は日々のプレッシャーから解放される癒やしのひととき。自分自身と向き合うきっかけになったと言います。「仕事のストレスで体調を崩してしまったこともあり、一度、好きなことに目を向けて環境を変えてみようと思ったんです」
大槻さんは独立を決断。「710Candle」で本格的なキャンドル制作の技術を習得したのち、福島市の自宅に戻り、その一角に小さな工房を構えました。

地域おこし協力隊として飯舘村へ移住

キャンドル作家として新しい人生を歩み出した大槻さんは、平日は自宅の工房で制作し、週末にハンドメイドマルシェに出店するワークスタイルに。体調をみながら、徐々にワークショップにも力を入れるようになっていきました。
「マルシェは作品を目の前でお客さんが手に取ってくださるのでドキドキしますが、とても楽しかったです。お客さんの反応が励みとなって、こうしたらもっとよくなるのではと試行錯誤しながらキャンドル作りに打ち込んでいました」

そんなある日、マルシェでお店に立つ大槻さんに声をかけた一人の女性がいました。飯舘村の地域おこし協力隊として活動していた二瓶麻美さん。大槻さんが飯舘村に移住するきっかけを与えた人物です。

二瓶さんは大槻さんのキャンドルを気に入り、自宅の工房でのワークショップにも参加してくれました。そこで「飯舘村の地域おこし協力隊として作家活動をしてみたら?」と誘ってくれたのです。

実は、大学在学中から地域おこし協力隊に興味を持っていたという大槻さんは、地域と関わりながらものづくりをすることに関心を寄せていました。また、東日本大震災を機に、故郷の福島に対する思いを強く持つようになったといいます。

「原発事故があったことで、福島がマイナスなイメージを持たれてしまうことに悔しさを感じていました。もっと福島のいい部分に目を向けてほしい、知ってほしいと思うようになったんです」

飯舘村は原発事故による避難指示が出された福島12市町村のひとつ。大槻さんは飯舘村をはじめとした福島県産の美しい草花を使ってキャンドルを作り、ここから福島の魅力を広めていこうと考え、飯舘村の地域おこし協力隊になることを決意します。

移住することに迷いや不安はなかったのかと尋ねると、「キャンドル作家として活動の幅を広げることもできるかもしれないので、チャンスだと思いました」と目を輝かせます。

福島の魅力を閉じ込めたキャンドルが人々の癒やしに

飯舘村の地域おこし協力隊に仲間入りした大槻さんは、村内の空き家を借り受け、自身でリノベーション。2021年5月に「工房マートル」をオープンさせました。工房には静かな時間が流れ、どこか懐かしさを感じるような落ち着きがあります。
「原発事故がなければ前の住人が住んでいたはずの家を利用させていただいているので、まったく新しいものに塗り替えるようなことはせずに、既にあるものをなるべく生かしたいと思いました。廃校になってしまった学校の机やイス、棚も利用させてもらい、村にあったもので作り上げた空間です」

大槻さんが作るキャンドルの一つひとつには、閉じ込めた草花の名前とその生産地を記したタグが付けられています。そこには、美しい自然を育む福島の大地や手塩にかけて草花を栽培している生産者への敬愛の念が込められています。

キャンドルに付けられた商品タグ。大槻さんは生産者と一緒に草花を摘み採ることもあるという

「工房マートル」で週末を中心に開催しているワークショップには、村外からもリピーターが多く訪れるそうです。
「仕事の疲れを癒やしたいからと言って、毎月ワークショップに参加してくださるお客さまもいらっしゃいます。かつて私がキャンドルに助けてもらったように、この工房がそういう場になっていったらうれしいです」

ここに来れば何かの1番になれる

2023年3月末で地域おこし協力隊の任期を終える大槻さんですが、退任後も飯舘村に住み、キャンドル作家としての活動を続けていきたいと話します。
「夢を語るなら、ここで細く長く続けていきたいです。続けていくことが実は一番難しいと思っているので、人とのつながりを大切にしつつ、自分のペースを守りながら今の暮らしを維持していけたらと思っています」

以前の職場で体調を崩した経験から、心の声に耳を傾けて生活することを大切にするようになったという大槻さん。飯舘村へ移住してから「ここへ来てよかった」と日々感じているそうです。そして、ご自身が村に来て地域の魅力や自分らしい暮らし方を見つけられたからこそ、村にもっと若い世代が増えてほしいと話します。

「自分の持つスキルで地域を新しいものに変えていこうという人よりも、この村で起きた出来事や大切にしてきたものに寄り添いつつ、好きなこと、やりたいことにチャレンジしたいという人がこの村に来れば、何かの一番になれると思います。地域とつながりながら、自分の活動をよりよいものにしていきたい、発信していきたいという人は、ぜひ飯舘村に来てみて! と言いたいです」

最後に、大槻さんに飯舘村の好きなところを尋ねると、「空が近くて、いつも上を見上げたくなるところ」と教えてくれました。自分らしくいられる場所で、好きなことにひたむきに向き合う彼女の笑顔はまぶしいぐらいに輝いていました。

■工房マートル
住所:〒960-1721 福島県相馬郡飯舘村飯樋原361
HP:https://atlemyrtle.thebase.in/
Facebook:https://www.facebook.com/atelier.myrtle/
instagram:https://www.instagram.com/atelier.myrtlee/

大槻 美友(おおつき みゆ) さん

山形県出身。転勤の多い父親に連れられ、東北の各地に住んだ後、小学4年生から高校卒業までを福島市で暮らす。東北芸術工科大学ではデザイン工学部プロダクトデザイン学科に所属。工業製品やユニバーサルデザインなどを学び、卒業後は大手メーカーに就職。転勤先の函館市で出会ったキャンドルに魅了され、キャンドル作家に転身。2020年4月より地域おこし協力隊として飯舘村に移住し、2021年5月にキャンドル制作の拠点「工房マートル」をオープン。福島県の花を使ったボタニカルキャンドルは多くの人を魅了している。

※内容は取材当時のものです。
取材・文:奥村サヤ 撮影:及川裕喜