移住者インタビュー

【起業家座談会】「ここ」が私たちのチャレンジの舞台

2023年3月20日
南相馬市
  • チャレンジする人
  • 起業・開業する

 「福島12市町村をフィールドにチャレンジする」。今回はこうしたテーマで、南相馬市を拠点に活躍する3人のキーパーソンにお集まりいただきました。 

お話しいただいたのは、南相馬市鹿島区でミュージカル団体「トモダチプロジェクト」の運営や、歌・ダンスレッスンを行うシンガー・ソングライターの狩野菜穂さん、同市小高区で酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-」を営む佐藤太亮さん、同市原町区で飲食店「川口商店」、サウナ「発達」を運営する川口雄大さんという、個性あふれる3人。2022年に狩野さんが南相馬市鹿島区にオープンし、運営する「ドリームゲートスタジオ」での座談会は、熱く盛り上がりました。 

 チャレンジの地に、被災地である南相馬市を選んだ理由 

狩野 震災当時は東京の杉並区に住んでいました。息子の野球チームが毎年南相馬市のチームと試合をしていたので、支援物資としてバットを送ったのがきっかけです。その後もいろいろとやりとりがあり、原町区のパン屋さん「パルティール」のテーマソングをつくることになって贈ったんです。毎日電話口で話すパルティールの只野さんは、震災直後の酷い状況のはずなのにとても明るかったから、一緒になって「よし頑張ろう」と思える曲をと、いかにもチャリティーソングといった曲ではなく、すごく明るくて跳ねた曲をつくりました。そうしたら「こんな曲が欲しかった」と涙を流して喜んでくれて、2011年11月に現地に歌いに行きました。それが始まりですね。

狩野さん 

佐藤 僕が小高区に関わるようになったきっかけは、いろいろあるんですけれど…。最初、酒蔵をつくる場所として海外での展開も視野に入れていたのですが、もともと日本の発酵文化の美しさに引かれていたので、やはり日本でやりたいと思ったんです。妻が福島県いわき市出身で、実家も家業が続いており、会社も二つ経営していたので、そちらを手伝う可能性もある。そうしたこともあって福島という選択肢が生まれました。 

震災が起きたのは僕が大学に入った年の3月11日。この日は僕の誕生日で、埼玉の実家でみんなに祝ってもらっていた時でした。今まで生きてきた中で一番の災害であることに加え、その後に徐々にエネルギーのことが社会問題となる中、「福島から現実を発信していくことに意味がある」、「福島で酒蔵をやったら、酒蔵をつくるという自分のやりたいことが叶うし、発信もできる」、「妻の実家も近い」といったように思いが重なっていったんです。そのタイミングで南相馬市の起業促進の先達とも言える小高ワーカーズベースの和田さんに会って、移住を決めました。 

■小高ワーカーズベースの記事 
https://mirai-work.life/magazine/3207/

佐藤さん 

川口 震災当時は東京で働いていました。震災後に地元の南相馬市に帰ったのですが、当時の自分にやれることが何もなかったんです。なのでいったん東京に戻って、「毎年ひとつできることを増やす」という目標を立てました。2013年頃に南相馬に再び帰ってきたのは、こちらに好きな人がいたことと、家業の川口商店を継ぐためです。 僕で4代目なのですが、米や馬のエサの卸売りというそれまでの形態で継ぐのは無理だったので、屋号だけ継いで、飲食店にしました。 

結果的に好きな人には振られてしまい、この気持ちを癒してくれるのはやはり人だよなと思って、人との距離が近い飲食店を未経験で始めることにしました。苦労しましたが、周りに助けられながら経営のノウハウも少しずつ身についていき、2021年はサウナを、2022年は宿を開業することができました。 

川口さん 

移住者と地元の人がつながるために大切なこと 

川口 僕は、仲良くなりたいと思う人には「敬語を使わなくてもいいですか?」と前置きしてから話し始めるんです。そうすると、年齢や職業も関係なく話せますし、つながることができます。そういう人に自分のやりたいことを伝えると、大抵協力してもらえるんです。僕は、自分だけでは何もできないとわかっているから周りに協力を求めることができますし、求めれば助けてもらえるんですよね。 

狩野 私も同じかもしれません。ポケモンの声優・松本梨香さんのステージに、トモダチプロジェクトが出演することになった時、演出家はうれしそうに台本を見せてくれるのですが、私は歌のステージしかやったことがないので、演出も予算感も分からないし、全部自腹なの? と心配になりました。ただ、自分がつくった歌を子どもたちがステージで歌って踊って、喜んでいるというイメージは描けます。こういうことをやりたいんだって周りに伝えると「なっぽ(狩野さんの愛称)は本当に何も知らないな」って助けてくれる人がたくさん出てくるんですよね。補助金の情報をくれたり、衣装をつくってくれたり。こっちの人は世話を焼いて相手に喜んでもらうことがうれしいんです。だから私も「ありがとう!」って個々の関係性を大事にしつつ、みんなが喜ぶものを提供できるように努めています。 

佐藤 僕も一緒です。移住先で何か始めようとしても自分たちだけではできません。南相馬に引っ越して「ここで酒蔵をやりたいんです」と近所にご挨拶してすぐのある日、遅めに起きたら庭の草が刈られてたことを、今でも覚えてるんです。挨拶した近所の人がやってくれたんですね。周りに聞いて、どなたかわかったのでお礼に行ったのですが、近所のお父さんたちも集まって来て、「酒をつくるってことは水が必要だよな? いい水源あるよ」「酒米ならいい農家さんを知っているよ」と、すごく盛り上がって。そういったとこから縁が広がりましたね。 

川口 挨拶は本当に大事! 僕は地元に戻ってきてから地域に溶け込むのに時間がかかったのですが、それは挨拶しなかったからです。実家だったから、ふらーっと帰って来て、飲食店の準備をしていたんですけれど、商店街の人に「オープンするのに挨拶もないのか」と言われて、冗談で言っている話かと思っちゃったんですよね。だって地元だから。そうしたら、オープンの招待をしても誰も来てくれませんでした。それ以来、挨拶は心がけています。 

狩野 わかるわかる。私がこのドリームゲートスタジオを建てた時も、紅白まんじゅうを持って挨拶に回りました。「子どもたちがたくさん来て騒がしいと思いますが、すみません」と。こちらから先に挨拶しておけば「子どもたちが来てくれてうれしい」となるけれど、言わなかったら「うるさい」と言われてしまうかもしれません。近所とのコミュニケーションを楽しめないと、ここで暮らしていくのはつらいかも。 

川口 そうそう。「挨拶なしでは、コミュニケーションも何も始まらない」。これは伝えたいですね。 

福島12市町村でチャレンジする醍醐味や課題は? 

狩野 初めから、歌やミュージカル団体をやりたいという目的を持って来たわけではありませんでした。2011年11月に初めて南相馬市に来て、津波の後の北泉海岸を見た時に、ここで起きたことが理解の域を超えていて、涙の一滴も出なかったんです。地元の人から話を聞くことしかできませんでした。 

自分が東京から来たとか、そんなことどうでもよくて、ただここにいる人たちが、私がつくった「パルティール」の歌を歌って踊って楽しんでくれたらそれでいい。みんなに楽しい気持ちになってもらうために、なるべく自分の存在感を出さないようにして、地域の声に耳を傾けるようにしていました。 

ですが時間の経過とともに、復興支援として目立った活動を期待するような支援者の方は次第に少なくなっていきました。トモダチプロジェクトを続けていくなら、スタジオもずっと借り物というわけにはいかないし、生活していかなくてはいけません。だから会社を立ち上げたり、スタジオをつくったりした感じですね。 

自己実現のためにここに来たわけではないし、何かが叶う場所というわけではないけれど、自分の思いをきちんと持って移住すれば、周りに協力してもらえる場所だと思います。思いを形にできる場所。 

川口 川口商店を手伝ってくれる人は尖っている人が多いんです。例えるなら、川口商店を球体だと思ってそこにおのおのの得意なものを刺していってもらう。それをどう転がしていくのかが僕の役目だと思っています。尖っていないと残っていけないと思っているし、大きな組織に入るのではなくて、自分たちでやってみる、やってみせたほうが早い。サウナ「発達」も、地元の人はほとんど来ないんですよ。でも尖ったものをやっていれば、興味のある人は自然と来るじゃないですか。こちらでやっていることが、東京の方で注目されている話を聞いて、逆輸入的に地元の人が興味を持ったり。それくらいのことをした方がいいと思いますね。 

サウナ発達(サウナ「発達」HPより)

佐藤 僕らの目指す世界観が必ずしも地元と合っているかと言えばそうではないかもしれません。「なんか東京で流行っているお酒らしいね」とか、「このあいだ有名な人が飲みに来たらしいね」ということで地元の人に興味を持ってもらう。そのために外で評価してもらえるようになることも大事だと考えています。外に向けては「福島浜通りの酒蔵でつくった酒」というPRもできますし。 

川口 僕も同じで、サウナと飲食店を経営しているので、サウナを訪れた人たちに福島のおいしいものを食べてもらい、この地域の話をします。そこは狙ってやっていますね。 

事業を進めていくにあたって頼れる人や組織はある? 

佐藤 僕は、例えば川口さんのところに飲みに行って話を聞いてもらうだけで十分だったりするんですよね。もちろん、事業に関しては小高ワーカーズベースの和田さんに話を聞いてもらったりしますけれど、むしろ近所の人たちに「なんか元気ないね」って声をかけてもらうとか、そういう人が周りに少しでもいるだけで救われています。 

狩野 地元の年上のお姉さんたちにすごく助けられていますね。私は「引っ越して来たらまず、商工会女性部に入るといいよ」とアドバイスを受けてその通りにしました。もちろん挨拶も必要ですし、長いお話を聞いたりしなくてはいけない時もありますが(笑)。そこでりんご煮とかをもらって作り方を聞いたりしていると楽しいし、自然に可愛がってもらえるようになって。イベントの時も、すごく協力してくれるんですよ。女性が少ない地域ですから、貴重です。 

キーパーソン同士の横のつながりや地域活性化への思い 

川口 僕、初めて佐藤さんがうちの店に来た時のこと、全部覚えています。メディアの記者が、僕と佐藤さんをつなげたらおもしろそうと紹介してくれたんですよ。最初は店で飲んでいたのに、最後には店の前で焚火を囲む流れになって、その時に「小高で酒蔵をやりたいんだけど」という話を聞いて。この地域で何か始めたいと口にする人は多いけれど、本当にやる人は限られます。でも、佐藤さんはちゃんと実現してくれて、とてもうれしかったですね。なのでhaccobaのお酒をうちに置いているんです。 

狩野 3人ともお互いに存在は知っていましたし、イベントで一緒になったこともありますが、こんなにじっくり話をできるチャンスはなかったので、お互いの思いを知ることができてとてもうれしいです。私は、移住してしばらくは原町に住んでいましたが、小高にもとてもお世話になりましたし、浪江町のテーマソングをつくるときにはずっと浪江にいました。そこまでしなければその土地の歌なんてつくってはいけない、つくれないと思っています。 

佐藤 実はhaccobaとして、浪江に新しい酒蔵をつくる計画があるんです。でも、そう話すと「もう小高で酒づくりはしないのか」と言われてしまうこともあります。そんなことはなく、僕らは小高に軸足を置きながら浜通り全体で人の流れを生み出したい、文化的なつながりをつくっていきたい。土地に縛られない移住者だからこそ飛び越えていけると思っています。 

福島12市町村に、どういう人に来て欲しい? 

狩野 自分の力で地域に居場所をつくれる人、課題が多い中でも楽しみを見つけられる人、不便さも含めてどんな状況も楽しめる人に来て欲しいですね。この地域は震災から10年以上かけて築き上げてきたところがあるから、自己実現や補助金を頼りにした他力本願だと、弾かれてしまうかもしれません。そう言うと移住のハードルを上げてしまうのですが、本気でないと残れないと思います。 

川口 本気かどうか、気持ちは顔に出ますよね。飲食店でたくさんの人と話しているとわかります。 

佐藤 2人がおっしゃること、ごもっともです。一方で、この地域をなんとかしたいという思いの強い人だけでなく、もっとゆるやかな興味関心を持つ人にも来てもらいたいですね。例えばサウナや歌のイベント、酒蔵見学がきっかけでこちらに来て、直感的にまちが気に入って住む、というような人も増えて欲しいです。そうなれば、復興後も長きに渡って魅力あるまちになるんじゃないかなと思います。 

***** 

3人のパワフルさやフロンティア精神に終始圧倒される座談会となりましたが、最後に佐藤さんが話していたように、まずは、この地域に興味がある、好きな人・もの・ことがこの地域にある、そんなきっかけで訪ねてみるというのも大歓迎です。たくさんの先輩移住者と地元の方が、喜んで迎え入れてくれると思います。 


狩野菜穂(かの なほ)
さん

シンガー・ソングライター。山口県出身、南相馬市鹿島区在住。ビクター・エンタテインメントのFlyingDogレーベルから音楽ユニット「Taja」としてデビューし、機動戦士ガンダムシリーズの主題歌、挿入歌などを手掛けるほか、AAA、King&Princeなどへ楽曲提供。東日本大震災後、南相馬市原町区のパン屋「パルティール」のテーマソングをつくったことから、南相馬市に通うように。2013年に南相馬市と杉並区の子どもたちがミュージカルや公演を行う「南相馬&杉並トモダチプロジェクト」を設立。歌やダンスの指導も行う。2016年、南相馬市に移住。2019年に株式会社LITTLE STARを設立、代表取締役に。2021年、浪江町PRソング「いくどはぁ☆なみぃ」作詞、作曲。2023年1月、南相馬市鹿島区で「南相馬フェス」を開催。 

■トモダチプロジェクト
https://www.tomopro37nouta.com

■狩野菜穂さんのインタビュー記事 
https://mirai-work.life/magazine/327/ 


佐藤太亮(さとう たいすけ)
さん

haccoba,Inc.代表。埼玉県出身、南相馬市小高区在住。大学で経済学を学びながら、児童養護施設で学習支援の活動を行う。大手IT企業勤務後、ウォンテッドリー株式会社に入社。酒づくりの夢を実現させるべく適した場所を探していたところ、2018年末、南相馬市小高区で「小高ワーカーズベース」代表の和田智之さんと出会う。それを機に翌年4月、南相馬市起業型地域おこし協力隊(NCL)として活動を開始。新潟県の酒蔵での修行を経て、2020年6月に南相馬市に移住。2021年2月、酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-」をオープン。酒づくりを始める。日本酒の製法をベースにクラフトビールの製法をかけ合わせた独特の酒づくりを行っている。これまで醸造した酒は、20種類以上に及ぶ。2023年には、浪江町に2軒目の酒蔵をオープン予定。

■haccoba
https://haccoba.com

■佐藤太亮さんのインタビュー記事 
https://mirai-work.life/magazine/1163/ 

川口雄大(かわぐち たけひろ) さん

川口商店4代目。南相馬市原町区出身、在住。震災後、地元・南相馬市に戻り休業中だった川口商店の屋号を継ぎ、飲食店として再開。未経験ながらも、「人が好き」「人との距離が近い」仕事をしたいと飲食店という形態を選ぶ。震災直後、地元に戻っても何も支援できない自分に気付き、毎年1つできることを増やす、ということを実践し、震災時にできなかった、食事や風呂の提供などのスキルを身に着け、次に大きな災害が起こった時には役立てたいと考えている。2021年にサウナ「発達」営業開始、2023年、宿「巣」を営業開始予定。 

■サウナ「発達」
https://hattatsu.jp

※内容は取材当時のものです。
聞き手・進行・文:山根 麻衣子 撮影:中島 悠二