地域と関わり、技術を身につける。東北唯一のマイスター・ハイスクール「小高産業技術高等学校」
JR常磐線・小高駅には、たくさんの自転車が停まっています。その自転車に乗るのは福島県立小高産業技術高等学校(以下、「小高産業技術高校」)の生徒たち。学校名に「産業技術」とあるとおり、第二次産業と第三次産業の担い手を育成する目的で2017年に設立されました。学び舎には現在、約400名の生徒が通っています。
小高産業技術高校は、2021年5月に文部科学省の「マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)」に東北で唯一指定され、製造・流通業界で活躍する方を産業実務家教員として迎えて実践的な授業を行っています。生徒たちはどんな授業を受けているのでしょうか。副校長の山内浩さん、地歴公民科教諭の佐藤里美さん、マイスター・ハイスクールCEOの五十嵐伸一さんにお話を伺いました。
工業高校と商業高校が統合し、小高の地で再出発
「マイスター・ハイスクール」とは、文部科学省が2021年にスタートした高等学校教育改革を推進するための事業で、工業高校などの職業教育を中心とする専門高校と自治体、産業界が一体となって最先端の職業人材育成に取り組む学校を「マイスター・ハイスクール」に認定。現在、全国に15校あります。
その中の一つである小高産業技術高校は、旧福島県立小高工業高等学校(以下、小高工業)と旧福島県立小高商業高等学校(以下、小高商業)が2017年4月に統合されて誕生した学校です。工業科のなかに機械科と電気科、産業革新科(電子制御コース、環境化学コース)、商業科のなかに流通ビジネス科と産業革新科(ICTコース、経済・金融コース)を設置し、全5クラスで授業を展開しています。
各学科では座学に加え、技術の習得を目指した実習授業を行っています。例えば、機械科では3Dプリンターを使った工作、産業革新科のICTコースでは情報システム開発のプログラミングなど、その内容はさまざま。各種設備機器を導入し、最先端技術が学べる環境を整えています。
「『産業革新科』は、県内では他にない学習内容となっています。環境化学コースで取り組む化学分析や、商業科で経済・金融を中心とする学習ができるのは本校の大きな特色です」(山内さん)
知識と技術、どちらも学べる授業を通して生徒たちは資格の取得にも積極的です。特に工業科では、毎年多くの生徒が「第一種電気工事士」や「危険物取扱者」の国家資格を取得しています。
生徒たちは授業と並行して社会へ出るための準備も行います。挨拶などの仕事におけるコミュニケーションの基礎、服装を整えるなどのビジネスマナーを学ぶことで、卒業後すぐにプロとして活躍できる力を身に付けます。
「資格を持っていることは、就職活動をするときにも強みになります。本校の卒業生を採用した企業からの評判もよく、家族や先輩の勧めで入学してくる生徒も多いんですよ」(佐藤さん)
主体的に考え、手を動かすテクノロジストを育む
小高産業技術高校では、「地域復興・創生への中核を担う、ふくしまの未来を創るテクノロジストを育成する」という目標のもと、産学官連携による学習プログラムを構築してきました。その中心人物がマイスター・ハイスクールCEOの五十嵐さんです。
小高産業技術高校に所属しながら、南相馬ロボット産業協議会会長も務める五十嵐さんは、南相馬市内外の企業や高等教育機関など、地域とのつながりを生かした課題解決型教育に力を入れています。
「南相馬市にあるロボットの開発実証拠点『福島ロボットテストフィールド』の研究者や小高区で地域の課題解決に取り組む起業家などに、産業実務家教員として授業に来ていただいています。日ごろから最先端の技術開発や地域住民の生の声にふれている方のアドバイスを受けながら、目の前の課題をどう解決していくか、生徒たちは試行錯誤を重ねているんです」(五十嵐さん)
例えば、企業から「若者に和菓子を手に取ってもらうにはどうしたらよいか?」「おいしさを伝える手段を考えてほしい」といった課題が提示されるそうです。それに対して、POP広告を考える、ネット広告を利用して広報活動に取り組むなど、学んだことを生かして生徒たちは提案を行います。
「実際にある課題解決に取り組むことで生徒も学びに熱が入りますし、企業と生徒の間で刺激し合うことで、地域全体の産業のレベルも上がるはずです」(五十嵐さん)
学習内容は担当教員と産業実務家教員、場合によっては生徒も交えて一緒に考えます。しかし、課題解決は一筋縄にはいかなかったり、課題に取り組む過程で生徒の興味に変化が生まれたりすることもあるといいます。その場合は、一度つくった学習の年間計画を見直すこともあるそうです。
「最初は、担当教員が学習計画を立て、産業実務家教員と授業内容を考えますが、年度末に生徒にアンケートを取り、学びを深めたいことや、やってみたいことを聞いて、翌年度の学習計画に反映したり、年度の途中でも生徒の様子をみながら内容を調整したりします。そうすることによって、生徒の自主性や学習意欲の向上を図っています」(五十嵐さん)
学ぶ側の関心を大切にした授業を提供することで、より専門的な知識を学ぼうという生徒も増えてきているようです。進学率は年々上昇し、3年前までは卒業後に進学するのは4割弱でしたが、令和4年度は進学と就職を選ぶ割合はおおよそ対等になりました。これまで少なかった国公立大学への進学を目指して入学してくる生徒も増えています。
学んだ知識や技術をかたちにして地域に還元
ユニークな取り組みの一例を、山内さんが教えてくれました。
「クラブ活動の一つである商業研究部では、地元のスーパーマーケットとコラボレーションして商品開発に取り組んでいます。オリジナル弁当の開発は毎年やらせていただいていて、学校内だけで完結するのではなく、生徒たちが店頭に立って販売して消費者まで届け、リアクションをいただくことを大切にしています。地域のみなさんや企業の協力があるからこそできる体験ですね」(山内さん)
一方、工業科の生徒たちは、全国高等学校ロボット競技会の全国大会に出場するなど、ものづくりの分野で活躍しています。
「この大会では、自分で設計と製作を手掛けたEVカー(電気自動車)を走らせていました。車が長く速く走れるようにプログラミングをして、創意工夫して動くようにするのが醍醐味のようです。こういったことを考えられる生徒たちの知識と実装技術の高さに驚かされます」(五十嵐さん)
多様な価値観にふれられる環境で学びを
高校生活を通して、地域の企業や住民と活動をともにすることで、郷土愛とまではいかなくとも、これから先も相双地域のことを心に留めていてくれたら。そんな願いを持ちながら、教員たちは日々、教壇に立っています。そして、活動のベクトルが東日本大震災に向くことも。
「東日本大震災が起きたのは、今在学中の生徒たちが保育園児や幼稚園児だった頃。原発事故で南相馬市から避難した子もいましたが、いろいろな地域にでかけたぐらいの曖昧な記憶しか残っていないんです。震災遺構・浪江町立請戸小学校や、東日本大震災・原子力災害伝承館に行くなど、幼いころは分からなかった震災のことを、今になり学ぼうという生徒もいます」(佐藤さん)
地元出身者でない教員が新しく着任した時には相双地域をめぐるバスツアーを実施するなど、東日本大震災が地域にもたらした影響について学ぶ姿勢は大人も同じです。南相馬市よりさらに南にある双葉町などをまわると、まだ避難指示が解除されていない区域も少なくなく、バリケードでふさがれている場所もあります。
「以前、小高工業や小高商業に勤務していた教員が中心となって、地元のことを教え合っています。生徒たちが住んでいる地域の状況を理解して、教育活動にも生かしてもらえたらと思います」(山内さん )
最後に、小高産業技術高校への進学を検討する人たちに向けてメッセージをいただきました。
「南相馬市は大震災や原発事故など、大変なことがありました。だからこそ、さまざまな人が新しく入ってきた地域でもあります。違う考え方の人と交流することで、自分自身の価値観も広げられるはず。多くの人と関わりながら前向きに未来を向いて、学んでいただけたらうれしいです」(山内さん)
「長期の休みには教員研修に行くなど、勉強熱心な教員が多い学校です。気になることや学びたいこと、なんでも質問してください。いろいろなことに挑戦できる環境が整っています」(佐藤さん)
「私たちは困ったときにどう行動すればよいかを自分で考え、実行できる力が身につく教育を実践しています。社会はますます急速に変化していきます。机に向かい知識を学び、実習室で手を動かしてものづくりの楽しさを体験する。その両方を大事にしながら、一緒に学んでいきましょう」(五十嵐さん)
取材当日、校内に足を踏み入れると入試受付の看板が目に留まりました。新入生もこの学び舎で好奇心を育んでいくのでしょう。小高産業技術高校の生徒たちがこれからどんな世界に羽ばたいていくのか、とても楽しみです。
■福島県立小高産業技術高等学校
住所:〒979-2157 福島県南相馬市小高区吉名字玉ノ木平78
TEL:0244-44-3141
Email:odakasangyogijutsu-h@fcs.ed.jp
HP:https://odakasangyogijutsu-h.fcs.ed.jp
■福島県立ふたば未来学園中学校・高等学校の紹介記事
https://mirai-work.life/magazine/4009/
取材・文:蒔田 志保 撮影:中村 幸雄