移住者インタビュー

調剤事務員として南相馬市で再就職。偶然の出会いが暮らしを明るくしてくれた

2024年10月16日

・出身地とお住まい
宮城県大崎市田尻出身→南相馬市で一人暮らし

・現在のお仕事
南相馬市小高区の薬局で調剤事務員

・移住後の変化
コミュニケーションをとることに積極的になり、挑戦したかったデザインの勉強もスタート

南相馬市小高区に新設される薬局に就職するため、故郷の宮城県から移住した大沼桃香さん。縁もゆかりもなかった地での一人暮らしに最初は不安もあったそうですが、職場での出会いやご近所さんに支えられ、気づけば3年の月日が経ちました。本業に励むだけでなく、興味のあったデザインを学び始めてから日々がいっそう楽しくなったという大沼さんに、南相馬市での暮らしについて聞きました。

元上司から薬局の立ち上げに誘われ、南相馬市へ

職場と同じ小高区にある「パンとカフェ アオスバシ」で取材に応じてくれた大沼さん

――南相馬市に移住するまでの経緯を教えてください。

高校卒業後に地元・宮城県にある医療事務の専門学校に進学し、その流れで宮城県の薬局へ就職したのですが、2年ほどで退職してしまいました。その後は福祉関係の職に就くなど、調剤事務の仕事からは少し離れていたんです。でも、薬局で働いていた当時の上司が退職後も気にかけてくださり、連絡を取り合っていました。そんな中、南相馬市で新しい薬局の立ち上げのお話があり、一緒にやらないかと声をかけていただいたんです。

新卒で働き始めた頃は、覚える仕事も悩みも多く、思い返してみると仕事を楽しむ余裕はなかったです。でも、お客様とのやり取りは好きでしたし、やりがいも感じていました。もうちょっとできることがあったんじゃないかと悔いが残る部分もあり、もう一回頑張れる場所があるならと、勢い半分で南相馬へ行くことを決めました。

――南相馬市には縁もゆかりもなかったのですよね。様子がわからない土地へ移住する不安はありませんでしたか?

東日本大震災で被災した地域という印象があったので、私以上に家族が心配していました。生活のイメージができないようで、大丈夫なのかって。当時は22歳。若者が地元の田舎町を離れて一人暮らしをするときは都会に行くものでは、という考えもあったようで、一時は反対されたこともありました。

でも、最終的には私が頑張ると決めたことを応援してくれて、引っ越し準備なども家族総出で手伝ってくれました。

――どのように家探しをしたのですか?

当時はインターネットで住宅情報サイトを検索することしか思いつかなかったです。単身者向けの物件がなかなか見つからず、大変でした。引っ越すまでの時間の猶予もあまりなかったので、両親や上司と慌てて探し、空いているところにとりあえず入ったという感じでしたね。こちらに来てから、同じ南相馬市内でも小高区、原町区、鹿島区で生活圏が異なることや、空き家・空き地バンクの存在を知りました。

選ぶ間もなく入居した家ではありましたが、ご近所さんにも恵まれ、今は居心地が良いです。職場には小高区の事情に詳しい方もいるので、頼りながら安心して暮らしています。

職場が地域とつながる窓口に

――現在のお仕事について教えてください。

受付で患者さんから受け取った処方箋とお薬手帳の内容を確認し、薬剤師と相談する時に患者さんと薬剤師の間に入ってサポートをするのが私の役割です。薬に関する専門用語を患者さんに分かりやすく説明したり、なまりの強いご年配の患者さんの言葉を言い換えて薬剤師に伝えたり。お互いがスムーズに話ができるように心がけています。絆創膏などの商品管理などをやることもあります。

――まるで翻訳のような仕事ですね。印象に残っている患者さんとのやりとりはありますか?

今日、取材に来る前の仕事でもありました。常連のおばあちゃんが前回いらっしゃった時、急に雨が降ってきたので、傘をさして隣の病院まで送っていったんですね。そのことを覚えてくださっていて、『あの時、傘さしてくれたよね』って声をかけてくれたんです。一緒に差し入れもいただいちゃって。

ちょっとしたやりとりでも、患者さんって私たちの顔や名前や言葉をしっかり覚えてくれてるんだなあと心が温まりました。休日にまちなかで顔見知りの患者さんに声をかけてもらうこともあって、面白いな、いい瞬間だなと感じることもあります。

一度は諦めたデザインの勉強が、今楽しい

――デザインの勉強をされていると聞きました。

そうなんです。実はそれも、移住してWebに関する仕事をしている患者さんからのお誘いがきっかけだったんですよ。その方の会社のイベントへ話を聞きに行き、デザイナーの育成を行っていることを教えてもらいました。

進学を考える時、絵を描くことが好きだったので、デザイナー職もぼんやりと頭にあったんです。でも、周りにそうした職業の人はいなかったので、仕事としては考えられなくて。やってみたいという思いがずっとあったからこそ、今回はいい機会だと思い、チャレンジすることにしました。

――具体的にはどんなことを学んでいるのでしょう?

私が受けている講座は、Septeni Ad Creative株式会社のクリエイター育成プロジェクト「HATAage」です。私は小高区のオフィスで週1回、薬局の定休日に受講していますが、毎日通っている先輩もいて、勉強のペースはそれぞれ。オンラインで学習することもあります。マイペースに進められ、レベルに合ったフィードバックをいただけるのが本当にありがたいです。

デザインの勉強は、HATAageの拠点や在宅で行っている

今は画像編集ソフト「Photoshop」の使い方を覚えながら、広告バナーなどの画像作成に取り組んでいます。たくさんの機能があるので、最初は何をどうすればいいのやらという感じでしたが、最近ようやく、自分の頭でイメージした通りに制作できるようになってきて楽しいです。自分の好きなデザインを探して気になったところを言語化してみるなど、デザインの考え方も少しずつ教わっています。

画像生成や写真編集はスマホひとつでできる時代かもしれないけれど、そうではなく、仕事で使える技術として身につけられていることを実感しています。最近は、空の色を綺麗にグラデーションさせるやり方を学びました。

薬局の仕事では慣れてきたことも多いですが、デザインに関しては新しく学ぶことばかり。少しずつステップアップできている感覚が、仕事のリフレッシュにもなっています。

――独学ではなく、先輩や仲間と一緒に学べるのは楽しそうです。

先輩たちが今やっていることを聞いてみたり、私が学んでいることにアドバイスをもらったり。先輩たちがすでに習得したスキルのことを相談すると『懐かしい!』なんて言われながら、和気あいあいとやっています。デザインに限らず、プライベートのことで助けてもらうこともあって、交友関係も広がりました。

――これからの理想の働き方を教えてください。

ゆくゆくは薬局の事務兼Webデザイナーとして働いていけたら理想的です。今の職場はありがたいことに副業やダブルワークへの理解があって、デザインの勉強に関しても、どんどん挑戦しなさいと応援してくださるんですよ。薬剤師の先生の中には看護学校で講師をされている方もいます。そんな働き方に刺激をもらっています。

薬局の窓口に立って患者さんとお話することはすごく好きなのですが、コロナ禍を経て、自宅でも仕事ができるよう手に職をつけておきたいと感じたのも、デザインを学び始めた理由のひとつ。ライフステージが変わっても働き続けられる自分でいたいという思いもあります。

やわらかな笑顔と明るい声かけの対応に、元気の出る患者さんも多いそうです

――南相馬市への移住を検討している方へメッセージをお願いします。

これから移住をされる方や移住を検討されている方をあまり不安にさせたくはないのですが、3年という月日を過ごす中で乗り越えた苦労もありました。南相馬で一人暮らしを始めて、自分がたくましくなったように思います。なんでも自分でやっていかなきゃならないからこそ、前にも増して明るくコミュニケーションをとれるようになったり、必要な時には助けを求められるようになったり。周りが優しく支えてくれる環境が南相馬にあるからこそ、そうしていられるんですけどね。

仕事でも生活でも、お互いが思いやりの気持ちを持って接することが大事なのかなと。これからは私も、新しく来られた方にホッとしてもらえるような振る舞いをしていきたいです。

大沼桃香(おおぬま ももか) さん

1999年生まれ、宮城県田尻町出身。高校卒業後、医療事務の専門学校へ進学。宮城県内の調剤薬局へ新卒で就職。福祉関係の事務職を経て、2021年7月、南相馬市の新店立ち上げメンバーとして調剤薬局に再就職するのを機に南相馬市へ移住。2023年秋よりデザインの勉強をスタート。

※内容や所属は記事公開当時のものです。
文・写真:蒔田志保