移住者インタビュー

結婚を機に大熊町へ。充実した毎日を伝えたい

2023年2月28日

 福島第一原子力発電所が立地する大熊町に、昨年東京から一人の女性が移住してきました。彼女の名前は近藤佳穂さん。この町での暮らしが「楽しい」と声を弾ませます。 

今まで地方暮らしを考えたことはなかったという近藤さんですが、なぜ大熊町への移住を決めたのでしょうか?移住までの経緯や、実際に大熊町に暮らしてみた感想、そして町への思いを伺いました。 

 遠距離恋愛、結婚を経て大熊町へ 

 近藤さんは2022年7月大熊町に移住しました。 

「『大熊町の暮らしは不便じゃない?』と、よく聞かれます。でも、とりたてて不便なことが思いつきません。強いて言うなら道がガタガタなことですかね(笑)」 

海外駐在をしていた父の影響でホテルマンに憧れていたという近藤さんは、大学卒業後、横浜の老舗ホテル「ホテルニューグランド」に就職。カフェダイニング、フレンチ、バー・テラスなどのレストラン部門や経理部門で5年半ほど勤務してきました。 

「ホテルはお祝い事や記念日など、人生の『ハレの日』にご利用いただくことが多いですよね。チーム一丸となって、最高のパフォーマンスでおもてなしをすることにやりがいを感じていました」 

大熊町との出会いは、学生時代の同級生で現在は夫の克夫さんがきっかけでした。克夫さんが新卒で東京電力に就職し、勤務地の大熊町に単身移住。2年間の遠距離恋愛を経て結婚したのちも近藤さんは東京で暮らしていましたが、2022年6月に町の避難指示が一部解除されたタイミングで、大熊町へと移り住んだのです。 

被災地への移住に迷いはなかった 

「別居婚を続けるという選択肢もありましたが、せっかく家族になれたのだから、やっぱり一緒に暮らしたいと思ったんです」 

避難指示区域だった地域への移住に迷いはなかったのでしょうか。 

「ありません。東京電力で働くスペシャリストが隣にいるわけですから。不安なことを話せば細かく答えてくれますし、熱意を持って仕事に取り組む彼を支えたい、そばにいたいという気持ちの方が大きかったですね」 

さらに、近藤さんには大熊町に移住しようと決意させてくれた存在がもう一人いたそうです。 

「震災のドキュメンタリー番組で大熊町で活動する『HITOkumalab(ヒトクマラボ)』代表の佐藤亜紀さんの特集を拝見したのです。地域の方々に寄り添いながら、町を盛り上げている姿にとても感銘を受けました。その姿に勇気をもらい、私も大熊へ行こう!と思うことができました」 

のびのびとできる今の家が好き 

常磐線が全線開通した2020年から月に一度は大熊町を訪れていたという近藤さん。避難指示が解除される前から大熊町移住定住支援センターや役場を訪れ、新居となる物件の情報を集めていました。 

しかし、復興拠点となっている大川原地区の災害公営住宅は単身者向けにつくられていて、ファミリー向けの物件が少なく、思うような物件に出会うまでに思いのほか時間がかかったといいます。 

隣町の富岡町まで物件を見て回り、最終的に決めたのは大熊町の復興拠点から少し離れた場所にあるアパートでした。 

「被災によって放置された空き家が目立つ地区なので、宅配のドライバーさんや役場の人にまで『ここって住めるんですか!?』と驚かれます。このアパートに決めた理由は、単に間取りが気に入ったからです(笑)。広くて、周りを気にせずのびのび暮らせそうでしたし、自分たちが好きな家に住みたいという思いを優先して大熊町の物件にしました」 

隣の富岡町にはスーパーやコンビニもありますが、東京に住んでいたときから車の運転に慣れている近藤さんにとって、目的地まで5分かかるか、15分かかるかは大差ないのだそうです。 

「広い土地に住んでいたら、 買い物や病院へ行くのは遠くて当たり前だと思っています。ギュッと施設が集まっている都会から見たら不便に感じるだけです」 

復興拠点から離れた大熊町の町並み。まだまだ空き家や空き地が目立つが、近藤さんは「これからの町の変化が楽しみ」なのだそう

日々の暮らしを楽しんでいることを伝えたい 

近藤さんは、大熊町で楽しく暮らしていることを意識的に発信しています。 

「震災がなければずっとこの町で暮らしているはずだった元住民の方たちが、私のSNSを見て『今の大熊町を知れてよかった』、『楽しく過ごしてくれていてうれしいです!』、『応援しています』とメッセージをくださるんです。温かいですよね」 

10年間、誰も住むことができなかったこの町に、さまざまな思いを持つ人がいることを理解している近藤さんは、自分の気持ちを発信することに最初は迷いがあったそうです。それでも「大熊町で楽しく暮らす若い人がいたら、それだけで元気をもらえるよ」と町の人に声を掛けてもらったことで、等身大の日々を伝えていけるようになったといいます。 

さらに、同世代の人たちとのつながりも近藤さんの生活を彩っています。 

「移住してからはどんどん外に出掛けました。かわうちワイナリーのブドウ収穫ボランティアに参加したり、町のイベントに出掛けているうちに、自然と同世代の人たちとつながりができていきました。今ではみんなでおうちパーティーをしたり、一緒にカラオケに行ったり、毎日がとても充実しています」 

スキルを生かして「フリーバーテンダー」に転身 

現在、近藤さんは「フリーバーテンダー」という肩書で活動中。店舗を持たず、イベントなどに赴いて、ドリンクを振る舞っています。これまでに、大熊町のマルシェイベント「ふらっとクマプレ」や川内村の「かわうち祭り秋の陣」、双葉町の「ふたばダルマルシェ」に出店し、地元のお酒や果物を使ったオリジナルカクテルなどを提供してきました。 

フリーバーテンダーは、町のイベントに参加した際に近藤さんのホテル勤務の経歴を知ったイベント関係者から声を掛けられて始めたそうです。 

「頼まれて挑戦してみたらすごく楽しかったんです。積み重ねてきた経験が、誰かの役に立って喜んでもらえることがうれしくて、自分の世界が広がりました」 

直近では初めていわき市に赴き、ピアノカフェバー「フェルマータ」で出張バーを開催。オリジナルカクテルやおつまみを振る舞いました。お店は盛況で、新しい土地でスキルを生かして自分の道を切り拓く彼女の姿に、たくさんの人がエールを送っています。 

ここに来る理由は特別じゃなくていい 

「充実した暮らしを送れているのは、家族の存在があるからこそ」と近藤さんは言います。 

「ずっと遠距離だったので、やっと家族らしい暮らしができるのがとてもうれしいです。夫の同僚には、単身赴任や遠距離恋愛をしている人もたくさんいます。安易かもしれませんが、私は『こっちにおいでよ、楽しいよ』と言いたいですね。まずは私が大熊町で元気に暮らしていることを伝えて、私みたいな人が増えていってくれたらいいなと思います」 

最後に、これから移住を考える人に向けて丁寧に言葉を選びながらメッセージを送ってくれました。 

「大熊町はのびのびしていて暮らしやすくて、ちょうどいい田舎です。被災地だから何か特別な使命感を持って来なければいけないわけではなくて、私のような普通の暮らしを送る人がいてもいいと思います。それが伝わって、この町に住む人が増えいくとうれしいです」 

大熊町の日々の暮らしの楽しさを伝えたいと話す近藤さん。その笑顔が、町に新しい風を運んでくれているようでした。 

近藤 佳穂(こんどう かほ) さん

東京都出身。大学卒業後、横浜の老舗ホテル「ホテルニューグランド」に入社。カフェダイニング、フレンチ、バー・テラスなどのレストラン部門や経理部門で5年半ほど勤務。2022年、結婚を機に夫の勤務地である福島県大熊町に移住。現在は、前職のスキルを生かして、各地で開催されるイベントなどでフリーバーテンダー・バリスタとして活動している。 

※内容は取材当時のものです。
取材・文:奥村 サヤ 撮影:及川裕喜