移住者インタビュー

移住することは自分と出会うこと。インドからやってきた夫婦が浪江町で得た、人生を考える時間

2026年10月14日

インド出身で、現在浪江町で暮らすバネルジー・トリシットさんとスワスティカ・ジャジュさん。それぞれ東北大学~東北大学大学院で学び、修了後は双葉町にある一般社団法人双葉郡地域観光研究協会(以下、F-ATRAs/エフ アトラス)で働いています。地域での暮らしにすっかり馴染み、職場の仲間や友人からは、親しみを込めて「トリさん」「スワさん」と呼ばれているそうです。

移住後の2025年に結婚し新たな生活を始めた2人に、日本に来た経緯や仕事のこと、地域の人たちとの交流、双葉郡や今お住まいの浪江町の魅力、移住を通して感じた気持ちの変化などを話していただきました。

双葉町でリジェネラティブ・ツーリズムの企画運営に従事

――お2人が日本に来たきっかけを教えてください。

トリシットさん 高校3年生のときに日本の外務省の交換留学プログラムに参加し、東京に10日間滞在しました。それまで日本に対しては、富士山・寿司・着物といった「ザ・日本」のイメージしかもっていませんでしたが、その10日間で日本がとても好きになり、本格的にこの国で学びたいと思うようになりました。大学では化学を専攻したかったので、英語で化学が学べる日本の大学がないか調べたところ、東北大学のプログラムが見つかり進学しました。

バネルジー・トリシットさん

スワスティカさん もともと詩が好きで、俳句など日本の文学にも興味がありました。インドのデリーで通っていた大学では英文学を専攻しましたが、その大学が福岡女子大学と交流協定を結んでいたことから、短期留学制度を使って11ヵ月間福岡で生活。一度インドに帰国後、あらためて文部科学省の奨学金制度に申し込み、東北大学に進学しました。

――浪江町に移住したきっかけを教えてください。

トリシットさん 大学時代、東日本大震災の影響で観光客が減っていた東北地方の魅力を英語で発信する活動に関わり、福島が大好きな場所のひとつになりました。ただ、福島市や郡山市がある中通り地方や会津地方には行ったことがありましたが、震災の影響が大きかった浜通り地方は一度も訪ねたことがありませんでした。

転機となったのは、2019年に参加した英語のプレゼンテーションコンテストです。その様子が新聞に掲載されたことをきっかけにF-ATRAsの代表理事の山根辰洋(やまね たつひろ)さんから声をかけてもらい、2020年から学生インターンとしてツアー造成やガイド業務で浜通りに関わるようになりました。大学院修了後、2024年に浪江町に移住し、現在は正社員として働いています。事務所は双葉町にあるのですが、自動車の運転免許を持っていなかったこと、また当時はまだ双葉町にはスーパーがなかったこともあり、生活面の利便性を考えて浪江町を選びました。仕事はほぼリモートで、週に1回程度、浪江町の自宅から双葉町の事務所に通っています。

スワスティカさん 私はトリ君から「浜通りのまち歩きツアーに参加してみない?」と誘われて2021年1月に初めてこの地域を訪ね、復興を目指す取り組みに興味をもちました。浪江町に移住したのは大学院修了後の2023年です。

ツアーの移動中、バスで解説するトリシットさん(バネルジー・トリシットさん提供)

――現在どのような仕事を担当していますか?

トリシットさん 旅行で訪ねた地域を以前よりもよい状態にして帰ることを目指す観光スタイル「リジェネラティブ・ツーリズム」を通じた地域再生に携わっています。この地域に来るインバウンドの旅行者や海外の学生に対して復興に関する教育プログラムを実施したり、地域文化を発信したりする仕事で、私が主に担当しているのはマーケットリサーチです。行政からの委託で地域の産業づくりや伝統文化の発信に携わることもあります。

スワスティカさん 私は、そのリジェネラティブ・ツーリズムについて旅行会社と直接コミュニケーションを取りながら行程を提案する仕事などをしています。また、翻訳・通訳も担当しています。

2人が浪江町に住むきっかけを作ったF-ATRAs代表理事の山根辰洋さん(中央)と(F-ATRAs提供)

小さなやりとりのなかに感じる地域の人々の温かさ

――浪江町での暮らしはいかがですか?

トリシットさん 浪江駅にもスーパーにも道の駅なみえにも歩いて10分ほどの場所に住んでいて、日常生活に必要なものはすぐに手に入るので、不便さは感じません。もっといろいろな種類の野菜が欲しいと思うこともありますが、インターネットで購入したり、電車で仙台へ行ったついでに買ったりしています。今、浪江町内にあるふたば自動車学校に通っているので、運転免許を取得して行動範囲が広がるのが楽しみです。

スワスティカさん 私は、車がない今の生活でも十分便利だと感じています。散歩やランニングが好きなので、歩いて生活できるのがうれしいんです。

スワスティカ・ジャジュさん

――インドから遠く離れた場所での生活で故郷が恋しくなることはありませんか? 

トリシットさん 日本に来てからもう10年以上が過ぎました。家族は今もインドにいますが、人生の半分近くを日本で過ごしていることになり、今では浪江町が自分の新しい故郷のような気持ちになっています。

スワスティカさん ときどきインドが恋しくなることはあります。一方で、5~6年住んだ仙台では地域のおじいちゃんやおばあちゃんと仲良くなって、仙台が故郷のひとつになったような感覚がありました。浪江町では、仕事を通じて地域の人達に昔の町の様子を聞く機会があります。本を読んで知ることもできますが、人から直接聞く話はリアルで素晴らしく、そんな時間を過ごすたびに、ここも自分の故郷だと思えるようになってきました。

2025年12月、ドバイの中学生を迎えた国際教育交流プログラムで通訳を務めるスワティカ・ジャジュさん(F-ATRAs提供)

――浪江町の人々との交流で印象に残っていることはありますか?

スワスティカさん 近所のコンビニではいつも店員さんが声をかけてくれて、「新しいスイーツが発売されたよ」などと教えてもらえることもあります。また、健康診断に行ったときにたまたま居合わせたおばあちゃんが「車で家まで送ってあげようか」と声をかけてくれたこともありました。お正月に外を歩いていたら、知らない方からお餅をいただいたことも。町の皆さんから温かく見守ってもらえている感覚があります。

トリシットさん 町内の中華料理店に初めて行ったとき、「決済サービスは何か使えますか?」と聞いたところ、そのときは現金しか使えませんでした。でも、その後またお店行ったら、店員さんが前回のことを覚えていてくれて、「今はこの決済サービスが使えるようになりましたよ」と教えてくれました。小さなことですが、そんなやりとりのなかに浪江町の人達の親切さを感じます。

「心に余裕をもって暮らしたい」――そんな方には浪江町がおすすめ

――浪江町で好きな場所やおすすめのスポットを教えてください。

トリシットさん 浪江町の海はいつ見てもきれいですね。私はインド西部の海沿いの都市、ムンバイの郊外で生まれ育ったので、海には「家」や「故郷」といったイメージを強くもっています。浪江の海を見ていると、そんな懐かしい感覚を思い出します。

スワスティカさん 私も海が好きです。請戸川リバーラインの桜並木を走るのも大好きで、週に3~4回走っています。

――これから浪江町への移住を考えている方に向けてメッセージをお願いします。

スワスティカさん 心の余裕をもちたい方におすすめしたい町です。都会で生活していると、心の余裕をもつのが難しいと感じることもあると思います。でも浪江町では自然と触れ合える機会が多いですし、「便利ってそもそもなんだろう」とあらためて考えることもできます。自分にとって何が大切なのか、自分はどんな価値観をもって生きていくのか。そんなことを考える余裕を、浪江町は私に与えてくれました。移住することは、「自分と出会っていくこと」なのかもしれません。

トリシットさん 都会でワークライフバランスを取るのが難しいと感じている人、仕事とプライベートのバランスを取りながら新しい何かに挑戦したいと考えている人には、浪江町への移住がおすすめです。自分がやりたいことに落ち着いて向き合える場所だと思います。私は浪江町に来たことで自分のアイデンティティや価値観を考え直すようになり、それが今の自分の人生の土台となっています。その土台のもと、ここで成長していきたいと思っています。

■トリシットさんとスワスティカさんの移住ストーリーは下記の動画でも紹介されています。
>>https://youtu.be/yeFdKMsa0i0?si=jCW93jJp0jZx0oNV

バネルジー・トリシットさん、スワスティカ・ジャジュ さん

トリシットさんはインド共和国・ムンバイ出身。2015年東北大学に入学。同大理学研究科博士課程を2024年に修了し浪江町に移住。スワスティカさんはインド共和国・ニューデリー出身。東北大学文学研究科博士課程を修了後、2023年に浪江町に移住。現在、ともに一般社団法人双葉郡地域観光研究協会に勤務。2025年結婚。

※所属や内容は取材当時のものです。
文・写真:髙橋晃浩