美しく咲くバラの姿に心を打たれて。地域の縁をあらたに結ぶ「夜の森ローズガーデン」

双葉郡富岡町上手岡。浜通りの気配を感じるカラリとした青空の下、とあるハウスを訪れました。避難指示解除から帰還した有志たちで立ち上げた株式会社夜の森ローズガーデン(以下、夜の森ローズガーデン)は、県内で唯一、バラの養液栽培に取り組む企業です。
代表取締役の山本智子(やまもと ともこ)さんに、事業に対する想いやバラ栽培へのこだわりを伺いました。
深紅のベルベットのような大輪、淡いピンク色……栽培するバラは9品種

一輪では、凛として力強く。束ねると、あふれんばかりの華やかさ。バラには人の心を動かす不思議な魅力があります。
潮風が駆け抜ける富岡町。のどかな田園風景の一角に建てられた3棟建てのハウスの中では、バラが1年中咲き続けています。

一輪ずつ、天に向けてしゃんと背筋を伸ばすような立ち姿。夜の森ローズガーデンでは、養液栽培によって切り花用のバラを育てています。栽培しているバラの品種は9種類。深紅のベルベットのような大輪の「レッドエレガンス」や、淡いピンク色がやさしい「スイートアヴァランチェ」など、カラフルなラインナップが魅力です。
土を使わない養液栽培のため、ハウス内の環境はとてもクリーン。天井から降り注ぐ日差しはやわらかく、バラの生き生きとした姿を明るく照らしていました。
「枯れ葉一つ落ちていない、きれいなハウスが自慢なんです」と隣から語りかけてくれた山本さん。明るく芯のある声でハウス内の設備をひとつひとつ説明してくれました。
その奥では、パートで勤務する女性の方2名がバラのメンテナンスをしていました。健やかに、美しく育っているか。花への愛情を感じるまなざしでチェックをしながら、日々のお世話を行っています。作業を見学させてもらえるか声をかけると、快い返事と朗らかな笑顔を返してくれました。

バラの栽培を担当するパート職員は取材時(2026年8月)で7名。町内在住の50代の女性が多く、主な作業はハウス内の清掃・剪定・消毒などです。作業の合間には暮らしの情報交換で話に花が咲き、自家製野菜の分け合いをすることもあるそうです。
「きれいなバラを美しいまま届けたい」。そのための徹底した管理

夜の森ローズガーデンのこだわりは、きれいなバラを美しいまま届けること。そのためには、適切な温度管理とスピード感、そして適切な“切り前”の判断が必要です。
「切り前とは、収穫するタイミングの花の咲き具合を表す言葉です。バラは、組織内にためた熱エネルギー(積算温度)が一定になると開花する性質をもっています。切り前は、遅すぎても早すぎてもきれいに花が開きません。その見極めは、バラ栽培の専門家の指導によって身につけました」
切り前を判断したバラは、すぐさま収穫し、出荷準備を済ませ、その多くは県内市場へと配送されます。市場を通して、バラは県内各所や首都圏まで流通していきます。
「美しい状態を少しでも長く楽しんでもらえるよう、夜間の温度管理や遮光カーテンによる日焼け防止など、品質管理には気が抜けません。その甲斐もあってか『花が長持ちした』と喜びのお声をいただけることもあります」
そう語る山本さんの顔は、とても誇らしげでした。
「花のまち」でバラに託した地域振興と農業再生への願い

夜の森ローズガーデンが設立されたのは2019年。原発事故による避難指示が解除され帰還した地元有志たちが、町の農業再生を目指して立ち上げました。
当時の地域の農業は、風評被害により深刻なダメージを受けていました。だからこそ、土を使わない養液栽培が地域の未来を切り拓く一つのキーワードになると着目したのです。
数ある花のなかでもバラを選んだ理由。それは、立ち上げメンバーの一人が花き養液栽培のヒントを求めて視察に訪れた先で、美しく咲くバラの姿に心を打たれたからでした。バラがもつ「人の心を動かす不思議な力」を、その時に実感したそうです。
創業期においては、福島相双復興推進機構をはじめとした起業支援がハブとなり、バラ栽培の専門家による指導のもとノウハウを学びました。細やかな指導が実を結び、品質のよい、喜ばれるバラの栽培技術が定着していきました。
バラの養液栽培という特色ある事業は、徐々に地域のランドマークとしても機能し始めています。
「県内外の行政機関や農業関係者の視察も多く受け入れてきました。時には町外の方が、観光の一環としてハウスを見学に来られることもあります。復興事業の旗印として注目を寄せてもらえるのはありがたいことですね」
原発事故発生前より、富岡町は夜の森の桜並木や夜ノ森駅のつつじで知られた「花のまち」でした。桜やつつじに続く富岡町の新たなシンボルとしてバラを。地域振興を願い立ち上がった夜の森ローズガーデンの事業は、地域の新たな可能性を切り拓いています。
人生の節目に立ち合い、心をつなぐ花として。富岡町のバラを地域の宝物に

事業を始めてから山本さんが気付いた、バラのもう一つの力。それは「人と人とをつなぐ力」です。
夜の森ローズガーデンでは、バラの直販も行っています。切り花として1本単位から購入できるほか、花束などのアレンジメントにも対応可能です。価格も一般的な店頭価格と比べてリーズナブルに感じる方が多いようです。
「バラをお買い求めに来る方とは、そこから会話が広がって、地域のお店情報など暮らしの話題で盛り上がることも多いですね。何度もバラを買いに来てくださる方との交流は、私にとっても楽しい時間になっています」
バラは贈り物として多く選ばれる花。だからこそ、バラを介してその方の人生のワンシーンに出会うこともあります。
「ある日、一人の初老の男性がふらりとハウスを訪れてくださいました。『花が好きな妻へ、日頃の感謝を込めてバラをプレゼントにしたい』とご相談を受けて、ああ、なんて素敵なご夫婦なんだろうと胸が熱くなりました。プレゼントにバラを選んでくださったことに心から感動した瞬間を、今でも忘れられません」
そのほかにも、プロポーズ用にバラの花束を受注したケースも何件かありました。108本の赤いバラの花束に永遠の愛を込めて送りたい。そのような特別なシーンに出会うたび、バラという花のもつ力を実感したそうです。

「町内の小中学校とも交流があり、職場体験学習の見学を受け入れたり、入学式や卒業式にはバラをプレゼントしたりしています。東日本大震災の際に双葉署で殉職された警察官の皆さんへの献花も、長く続けていることの一つです。地域で育ったバラが地域を明るくすることに役立つのなら、これ以上の喜びはありません」
これからも、地域に根付いた事業を行っていきたいと話す山本さん。パート職員として事業をサポートしてくれるスタッフも随時募集しているとのことです。バラ栽培に興味がある方は、色とりどりのバラが織りなす風景を求めて、一度ハウスを訪れてみてはいかがでしょうか。
■株式会社 夜の森ローズガーデン
所在地:〒979-1141 福島県双葉郡富岡町上手岡下千里1136
TEL:090-1440-1136
HP:https://r.goope.jp/yonomorirose/
※所属や内容は取材当時のものです。
取材・文:橋本華加 写真:古関マナミ