福島は挑戦する場を与えてくれた。統合医療サロン「remind」開業の物語

静岡県静岡市で理学療法士として働いていた鷲巣誠(わしず・まこと)さんと、福島県郡山市出身の妻・桂以子(けいこ)さんは、病気になる前に自分の心と身体に目を向けるきっかけを届けたいと、2023年に福島県川俣町へ移住し、統合医療サロン「remind」をオープンしました。その一環で、ハーブ研究所「Herbalot」も立ち上げ、オリジナルブレンドのハーブティーを製造・販売しています。
起業したことで自分たちらしい生き方を実現できたという二人の歩みは、出会いと変化の積み重ねでした。なぜ、川俣町で新たな一歩を踏み出すことになったのでしょうか。
妻との出会いで変わった身体との向き合い方
「40年間、漢方や植物の力なんて信じていなかったんですよ(笑)」
西洋医学だけでなく、東洋医学や植物療法も取り入れた施術を、オーダーメイドで行なう統合医療サロン「remind」を営む誠さんの口から飛び出したのは、意外な一言でした。
もともと理学療法士として病院や訪問リハビリの現場で働いていた誠さん。その価値観を大きく変えるきっかけになったのが、妻・桂以子さんとの出会いだったと言います。

桂以子さん 体調が悪そうだったら、「はい、これ飲んでみて!」「どうなった?」「じゃあ次はこれ!」と、半ば無理やり漢方を渡すんです(笑)。漢方は飲むタイミングがあって、「なんかおかしいな」「このままだと風邪を引きそうだな」と思った時に飲むのが大事なんですけど、意外と自分では、そのサインに気づけないんですよね。
誠さん 実は最初は全然信じていなくて、ただ言われるままに飲んでいたんです。でも、不思議と身体の調子がよくなってきて、「漢方って効くんだ」と実感するようになりました。体調を崩してから治すのではなく、崩れる前に整えられるんだって。
ただ、漢方やハーブってちょっとハードルが高い印象があって。みんなが気軽に取り入れられるとしたら何だろうと考えた時に、ハーブティーならいいんじゃないかってひらめきました。
こうして誠さんは、独学でハーブを学び、ブレンドハーブティーをつくるようになりました。
福島の人たちに、挑戦の場を与えてもらった

取材の席で出していただいたのは、ハイビスカスやローズマリー、ペパーミント、レモングラスをブレンドし、天然由来の甘味料であるステビアで自然な甘みを加えたハーブティー。爽やかな香りとすっきりとした飲み心地で、こわばっていた体と心が、すっとほぐれた
二人は、静岡で暮らしていた頃、桂以子さんの実家へ帰省するたび、福島市の土湯温泉にある「空café」によく立ち寄っていました。ある日、オリジナルのハーブティーをオーナーに飲んでもらうと、思いがけない一言が返ってきます。
「すごくおいしいから、マルシェに出店してみる?」
その言葉に背中を押され、 2019年に初出店。

わからないことだらけでしたが、福島の人たちの温かさに助けられたと言います。
桂以子さん なにより「まずはやってみな!」って、挑戦する場をつくってくれたんですよね。たとえお客さんが来なくても、「まずはやってみることが大事だから」って。その一歩を踏み出させてもらえたことが、本当に大きかったです。
それからは、毎月のように福島へ通うように。友人からも「こんなに福島へ来るなら、もう住んじゃえば?」と言われるほど。ハーブティーのブレンドワークショップを開くなど、活動は少しずつ広がっていきました。

誠さん 僕はずっとサラリーマンだったので、自分の好きなことや得意なことを仕事にしている人たちの世界を、それまで知りませんでした。そういう人たちと出会って、「こんな生き方もあるんだ」と思えたんです。出会う人も本当にいい人ばかりで、気づけば福島がどんどん好きになっていました。
人生は一度きり。40代で移住と起業
この経験と出会いは、誠さんの仕事観も揺さぶります。
誠さん 理学療法士として働くなかで、「このままでいいのかな」という思いがずっとありました。僕が関わっていたのは高齢の方がほとんどで、すでに症状が進んでいます。もちろん、機能回復を目指し、自立した日常生活を送るためには、リハビリは大切です。でも、できれば不調が深刻になる前から関わりたい。病気になる前の段階である「未病」のサポートをする仕事をやってみたいと思っていました。
そんな折、思いがけない話が舞い込みます。友人から桂以子さんに「川俣町の地域おこし協力隊になってみないか?」という話がもちかけられたのです。

桂以子さん やりたいことが見え始めていた夫にとっても、新しい環境で挑戦するチャンスだと思いました。まだ40代だし、違うことをやったら気づきがあるかもしれない。理学療法士は国家資格で、また病院で働こうと思えばいつでも戻れる仕事です。違うと思ったら戻ればいいんだから「挑戦してみたらいいじゃん」って。
誠さん 僕は「やってみなよ」って言われると、全然やったことがなくても、ピョンって飛び込んじゃうタイプなんです。だいたいあとで苦しむんですけど(笑)。人生は一度きりなので、自分の知らない土地や環境に身を置いて挑戦してみようと思いました。
川俣町への移住後、桂以子さんは地域おこし協力隊として活動を開始。誠さんも「未病」をテーマにしたサロンを立ち上げる準備を始めました。
引っ越しも開業準備も、周囲のサポートが支えに

川俣町は、JR福島駅から車で約30分。利便性の良さはありつつも、山々に囲まれた自然豊かな町です。二人にとっては縁も人脈もない場所で、新しい暮らしと事業の準備を同時に進めていきました。
移住にあたっては、福島県12市町村移住支援金を活用しました。しかし、制度があっても順調だったわけではないと言います。特に苦労したのが自宅兼店舗となる物件探しでした。
桂以子さん 地域おこし協力隊の活動開始日が決まっていたので、とにかく時間がありませんでした。移住相談窓口もほとんど利用することなく、物件は自分たちで探しました。でも、川俣町は借りられる一軒家自体が少なくて。空き家が見つかっても大規模な修繕が必要だったり、商売には使えなかったりして、本当に苦労しました。
ようやく見つけた住まいも使い勝手に課題があり、早々に住み替えることに。知人の紹介で、現在の拠点へ移りました。

友人からは「個人で事業をするなら、ホームページは信頼につながるからあったほうがいい」と助言を受け、福島県12市町村起業支援金を活用して制作しました。
誠さん 正直、起業するのに何が必要なのかもわかってなくて。その都度、福島の友人や知人に教えてもらいました。起業支援金の申請まで時間がなく、ホームページの制作や写真撮影、文章づくりなどを、2カ月で進めなければなりませんでした。それも周りのみんなが親身になって力を貸してくれたんです。

こうして、2024年8月に統合医療サロン「remind」をオープン。店名には「気づき」という意味があるのだそう。病気になってから治療するのではなく、自分自身がもつ本来の力や身体からのサインに目を向け、健やかで豊かな毎日を送ってほしいという願いが込められています。
現在はサロンでの施術に加え、サロンへ通うことが難しい高齢者を対象にした訪問施術やカフェやイベントでの出張施術も実施し、地域で暮らす人々の健康をサポートしています。
何度も顔を合わせ、町の人と関係性を育んできた
応援してくれた友人知人はもちろん、イベントで出会った人がリピーターになってくれたり、口コミで評判が広がったり。事業を軌道に乗せることができたのは「完全に人に恵まれたおかげ。本当にそれしかない」とお二人。

川俣町には知り合いはほとんどいなかったそうですが、地域とのつながりは、どのように築いていったのでしょうか。
誠さん まずは知ってもらわないと始まらないので、町のイベントにはできるだけ顔を出し、いろいろな人と出会って話をするところから始めました。移住者って最初はどうしても警戒されてしまうところがあるんです。でも、何回か顔を合わせて話をするうちに、少しずつ打ち解けて、知り合いが増えていきました。
川俣町には、マルシェや田植え、農作業の手伝いなど、地域の人と交流できる機会が数多くあるのだとか。そうした場へ積極的に足を運び、つながりを育みました。地域おこし協力隊として活動しているのは桂以子さんですが、夫婦そろって地域へ出向くことが多かったことから、「誠さんも協力隊でしょ?」と勘違いされるほどだったそうです。
桂以子さん 山のほうに住む高齢の方だと、訛りが強くて、最初は何を話しているのかわからないこともありました。でも誠は、そんな方ともずっと笑顔で話しているんです。あとで「何を話していたの?」と聞くと、「わかんない」って(笑)。それなのに、「ぜひうちにも来て施術してほしい」と言われるようになって、お宅へ伺ううちにすっかり仲良くなっているんですよね。
誠さんの人懐っこさと、桂以子さんの明るく温かな人柄が、自然と地域でも受け入れられていったのです。
ハーブティーがつなぐ川俣町での暮らし

誠さんは、「ハーブティーがすべてをつないでくれた」と話します。
イベントへの出店を重ねるなかで、多くの人と出会い、郡山市のお茶の小野園さんとのコラボレーションも実現。今年からは知り合いの農家とともに、川俣町山木屋地区でハーブの栽培も始めています。
「Herbalot」のハーブティーには、自ら育てたハーブも使用。人工甘味料や香料は使わず、ハーブ本来の香りや味わいを大切にしています。一つのティーバッグには5〜7種類ほどのハーブをブレンドし、0.1グラム単位で計量しながら、一包ずつ手作業で仕上げているのだとか。
桂以子さん 私たちが目指したのは、「これなら続けられそう」「こんなにおいしいんだ」と思ってもらえるハーブティーです。ハーブティーに「あまりおいしくない」というイメージをもっている人も多いと思うのですが、その印象を変えていきたいです。
だから、誠がブレンドしたものでも、おいしくなければ「これは違う」「これはおいしくない」って正直に伝えて、納得できる味になるまで何度も試作を重ねています。その一杯が、ふわっと気持ちを軽くしてくれたり、「よし、頑張ろう」と前向きな気持ちにさせてくれたり、身体と向き合う最初の一歩になってくれたらうれしいです。

自らの不調に悩み続けた桂以子さんと、リハビリを通じてその人らしい日常生活が送れるようにと身体に向き合ってきた誠さん。そんな二人が出会い、新しい物語が紡がれてきました。
自分たちの想いにまっすぐ向き合い、一人ひとりに寄り添う。今は「本当にやりたかったことができています」と楽しそうです。
夢中で毎日を送っていると、身体からのサインをつい見逃してしまうことがあります。ある日突然、ブレーキがかかる前に、自分の身体や心の声に耳を傾けてみる。その小さな積み重ねが、健やかな毎日につながっていくのかもしれません。「remind」や「Herbalot」は、そんな日常をサポートしてくれる頼もしい存在になりつつあります。
二人が一歩を踏み出した先には、自分たちも、みんなも、笑顔になれる暮らしがありました。
取材・文:奥村サヤ 撮影: 中村幸稚 編集:平川友紀