目指すは世界が振り向くジン。300年先の地域を思う「naturadistill」の酒づくり

福島県双葉郡の中西部に位置する川内村。北から南に連なる雄大な阿武隈高地の裾野にある自然豊かな村として知られています。標高500〜600メートルの高原がその大部分を占めることもあり、村には凛とした空気が漂っています。
この川内村に2024年11月にオープンしたのが、株式会社Kokage代表取締役の大島草太(おおしま・そうた)さん率いる「naturadistill(ナチュラディスティル)」の蒸溜所。面積の約90%を森林が占める川内村の大地で育まれた地下水と、日本固有の素材を活かした唯一無二のクラフトジンをつくっています。
「世界でも通用し、評価されるジン」を目指すnaturadistillのクラフトジンとはどのようなものなのでしょうか。創業者の大島さんがジンをつくるに至った背景や、蒸溜所設立に込めた思いについてお話を伺いました。
日本固有の植物のポテンシャルを活かし、唯一無二の価値をつくる
もともとは薬屋の倉庫だった場所を改装したという蒸溜所は、村の中心部を通る大通り沿いにあります。蒸溜を行なう1階は2024年11月にオープンしており、レストランやバーとなる2階は2025年6月にオープン予定で現在改装中です。
naturadistillが製造するのはクラフトジン。すでに稼働を始めた蒸溜所を、案内していただきました。
大島さん 「ジンとは、アルコールが37.5%以上の蒸溜酒でジュニパーベリーなどで香りづけされたお酒のことです。僕たちはジンに特化した蒸溜所として、カヤや橘、クロモジなど日本固有の自然の香りを追求したジンをつくろうとしています」
アルコールの原料や香りづけに使用する素材によってさまざまなアレンジが可能となるため、近年、つくり手が増えているクラフトジン。製造工程におけるnaturadistillならではのこだわりは、ボタニカルを1種類ずつ漬け込み、蒸溜にかけているところです。
大島さん 「蒸溜は、液体から沸騰させて気体になったものをもう一度液体にするという作業です。アルコールの沸点は78度で、一般的にはすべて同じ温度で蒸溜したものを製品にするのですが、うちはとにかく植物ごとの違いを出したい。
例えば柑橘系は高温にすると香り成分が壊れてしまうので、20度程度の低温で沸騰させる減圧蒸溜器を使うなど、それぞれの素材に適した蒸溜を行なって、最後にブレンドして製品にしています」
大島さん 「効率を重視しなければならない大手企業だと手が回り切らないことでも、小規模の蒸溜所だとできるというのは強みかもしれません。小規模といっても月1,000本以上は製造できるので、収支のバランスを見ながら、この規模だからこそのこだわった香りの出し方をしていくことで、海外でも評価されるお酒をつくっていきたいと考えています」
さまざまな出会いと経験を通して起業を決意した大学時代
栃木県出身の大島さんが川内村と出会ったのは、福島大学在学中に受講した「地域実践特修プログラム(ふくしま未来学)」がきっかけでした。福島第一原発事故の被災地の課題解決を学ぶ内容で、フィールドワークとして訪れたのが川内村だったといいます。
この頃、海外への関心も高まっていた大島さんは大学2年のときにバックパッカーを経験。その後、1年間休学してカナダ・トロントへ。現地で知り合った友人から何気なく言われた一言が大島さんのその後の選択につながりました。
大島さん 「僕が『福島から来た』と言ったら『人が住める場所なのか?』とすごく驚かれて。そのことにショックを受けたのと同時に、福島への思いがさらに強くなりました」
帰国した大島さんがあらためて目を向けたのは、地域で根ざして活動するさまざまな人の姿。最終的に活動の拠点として選んだのは、川内村でした。
大島さん 「全国いろいろな地域を見て回りましたが、やはり川内村に居心地の良さを感じました。少し前までは『水が合う』という表現をしていたのですが、その理由は人と人、人と自然の距離感がちょうどよいからだと最近、言語化できるようになりました」
自分でも川内村で何かしたいと始めたのは、地域で採れた蕎麦粉を使ったワッフルを販売する事業でした。
しかし、出店を始めて2ヶ月ほど経った2020年はじめ、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが起こります。それでも細々と活動を続けていた大島さんのもとに、地域の人から相談が舞い込むようになりました。その一つが「規格外で廃棄になってしまうリンゴを何かに使ってもらえないか?」というものでした。
そこで大島さんは、県内の高校生や大学生を巻き込みながら2022年春に福島発のフルーツハーブティーブランド「Tea&Things」を立ち上げます。
また、同時期に出会ったのがクラフトビールを醸造・販売する「株式会社ホップジャパン」代表の本間誠(ほんま・まこと)さん。「クラフトビールを軸にして産業の循環をつくり、人・もの・ことをつなぎ、人々を笑顔にする」ことを目指す本間さんの考えに共感した大島さんは、自身の事業は続けながら、ホップジャパンで働くことにしました。
クラフトマンシップと日本固有の香りを掛け合わせ、世界に通用するクラフトジンを
アメリカ西海岸のものづくりのカルチャーが息づくクラフトビール業界では、つくり手同士が技術や情報を共有し、みんなでより良いものをつくりあげるのが当たり前。個人のワクワクがお酒を介して人と人をつなぎ、自分たちの酒をさらに深化させていく様子を間近に見ていた大島さん。
大島さん 「クラフトの酒づくりを通じてなら、海外の人たちの福島のイメージを転換させることができるのではないかと。自分が好きになったこの地域がいい状態で続くことや、日本の植物の香りが面白いと思ったところも含めて考えた時に、ちょうど当てはまったのがジンというお酒だったんですね」
最終的に蒸溜所を立ち上げる覚悟を決めたのは、尊敬する先輩経営者からのエールでした。
大島さん 「郡山市で『なか田』というフレンチレストランをやっている中田さんという方がいます。中田さんは日本でもトップクラスのシェフなんですけど、二人でご飯を食べにいかせてもらったときに『独立を考えている』と話したら『人柄も含めて向いてると思う』と言ってくださったんです。尊敬する方の言葉で踏ん切りがつき、そこから1年弱で独立しました」
どんなところが向いていると言われたのか訊ねると「人を巻き込めるところ」と回答した大島さん。その言葉のとおり、チームの顔ぶれも多様。それぞれ、宮城、東京、福島などに拠点を置きつつ、川内村から世界に通用するクラフトジンをつくろうと集まったメンバーです。
300年先を思って。自然とともに地域が持続する未来
今でも、暇さえあれば全国を旅して回っているという大島さん。先日は、車を走らせて富山県の山間部にあるレストランへ。山奥にもかかわらず、そこにはシェフの料理を求めて世界各地からお客さんが来ていたそうです。
大島さん 「海外の観光客が食べている様子を見て『ああ、こういうことだよなぁ』と。よく『地域に来てもらうためにはバスの本数を増やさなきゃ』といった交通アクセスの話になります。でも、アクセスが悪かったとしても行きたくなるような場所を地域にしっかりつくっていくほうが、本当に来てほしい人たちが来てくれることになると思うんですね。
だから、今の川内村の良さを残しつつ、それを味わいたい人たちが山を越えて来てくれるようになったらいいなと思っています」
naturadistillも目的地の一つとなるために。現在、大島さんたちが準備を進めているのが2階のレストラン兼バーです。テーマは「自然の魅力を詰め込む」と「五感の解放」。
大島さん 「ジンは香りが楽しめるお酒ですし、近くで養殖されている海老を使うなど、料理の味覚や視覚も楽しんでもらう。村の自然の音も取り込みながら、ここでしかできない体験を提供したいです。
目の前の通りは村のメイン通りなのですが、実は数年後には近くにバイパスができることが決まっています。村の人たちは『人が通らなくなる』と心配しているのですが、徒歩圏内に宿泊施設が3ヶ所あるので、ここで飲んだ人が回遊できるエリアにできたらいいんじゃないかなと思っています」
また、最終的には、蒸溜所の電力を100%再生可能エネルギーで賄うことも目指しているそうです。
大島さん 「川内村は村のほとんどを山林が占めているため水が豊かで、全世帯が地下水をポンプでくみ上げて生活しています。上水道施設がないので、水道代がかからず、かかるのは電気代だけなんですね。そこを再生可能エネルギーで賄いたい。
ゆくゆくはボイラーも木質バイオマスボイラーに変えて、CO2排出量をプラスマイナスゼロにする構想もあります。それで蒸溜ができれば、外からの電気や水道が全部止まったとしてもお酒をつくることができます。災害時には防災の拠点にもできるかもしれません」
オープニングイベントを終えた大島さんに、今後の目標について伺いました。
大島さん 「蒸溜所のブランド名『naturadistill』は、ラテン語の『自然』と蒸溜の『ディスティル』を掛け合わせた造語です。自然が好きな人たちや固有種というキーワードに興味をもった人たちが集まってくることで、素材の幅も関係者の幅も広がっておいしいジンができますし、より遠くにその価値を届けることができる。お酒を通じて文化や地域資源が深掘りされる仕組みづくりが、この場所を通じてできたらいいなと思います」
酒づくりは、その土地の自然資源と結びついて行なわれるもの。蒸溜所が川内村にあり続けることで川内村の自然も必然的に残っていきます。大島さんは、クラウドファンディングのページでこんなことを語っていました。
“カヤは種から成木になるまで約300年掛かると言われています。蒸溜所設立とともに施設の脇に植えるカヤの木が300年後成木となり遠い未来の蒸溜家がその実でお酒を仕込んでいたら最高じゃないですか”
naturadistillのあり方は、300年先の長いスパンで地域づくりを考える、一つのヒントとなるでしょう。
取材・文:岩井美咲 撮影:馬場大治 編集:平川友紀