移住者インタビュー

どこでやるかじゃなく、何をするか。夫婦で営む「Heart Beat Base」が目指す”みんなのたまり場”

2024年9月18日

「移住と聞くと、目的があってその地を決めて、『そこに住むんだ』というはっきりとしたビジョンがあるものだと思ってしまう。でも、私たちは『ただ引っ越してきただけ』という感じなんです」と話してくれたのは、60歳を過ぎてから福島県南相馬市原町区へ移住し、カフェ「Heart Beat Base」を開業した宗像由美子(むなかた・ゆみこ)さんと夫の宗像直樹(むなかた・なおき)さんです。

由美子さんは長年、埼玉県で音楽教師として働いていましたが、2022年に退職。都内のIT企業でエンジニアとして働いたのち、同じく退職した直樹さんとともに、2024年4月に南相馬市でカフェを始めました。

なんか面白い”みんなのたまり場”をつくりたい

2024年9月現在、「Heart Beat Base」は週4日、日替わりでスパイスカレーやおばんざいを提供するカフェとして営業中。取材でお邪魔した日は、スパイスカレーの日。紫蘇、パクチー、ネギなどが山盛りのエスニックキーマカレーと、牛すじ&エビとココナッツの2種盛りカレーをいただきましたが、見た目のインパクトもさることながら、一口食べて驚きました。

見た目からは想像できない複雑なスパイスの香りと奥行きのある味わいが、口いっぱいに広がったのです。

一目でワクワクする、緑がいっぱいのエスニックキーマカレー。山盛りの薬味の下に、キーマカレーが隠れています。添えられたスープや、キャラメリゼされたナッツもおいしい
有頭エビを丸ごと使って濾したというエビカレーと、とろとろに煮込まれた牛すじカレー。手間ひまがかかったカレーは、細部までこだわりが詰まっています
ラズベリーとレモンの爽やかな味わいが楽しめる「ラズベリー&レモン」(写真左)、黒糖の甘さとミルクのバランスが良く、弾力のあるタピオカがおいしい「黒糖タピオカミルク」(写真左中)、小松菜をベースにオレンジとリンゴとレモン汁を加えた「グリーンスムージー」(写真右中)、スパイスカレーで使用するスパイスをアレンジした自家製スパイスシロップにクラフトコーラを加えてソーダで割った「スパイスシロップソーダ」(写真右)など、ドリンクメニューも豊富

実は由美子さんは、これだけ本格的な料理を提供しながらも、最初からカフェを開こうと思っていたわけではなかったと言います。

由美子さん 「食べものでも、音楽でも、 読み聞かせでも、きっかけはなんでもいいから、みんなが集まれる場。『あそこに行くとみんながいて、子どもがいるんだよ』と言われるようなたまり場的なものをつくりたいと思っていたんです。カフェは、その次の次ぐらいに実現すればいいと思ってました」

Heart Beat Base女将の宗像由美子さん

もともと教師をしていたこともあり、子どもたちが集まってくるような場をつくりたいと思っていた由美子さん。職業柄、自宅には趣味で集めていた民族楽器がたくさんあったため、「そういう変わった楽器が噂になって、子どもたちが集まればいいなと思っていた」と言います。

ところが、移住してきてわかったのは、原町は子どもが少ない地域だということ。しかも、引っ越してきた人間がいきなり変わったことをやっても、人は集まりません。そのことに気づいた由美子さんは、人が集まる場をつくる足がかりとして、カフェを開くのがいいかもしれないと考えるようになりました。

由美子さん 「料理は、昔からすごく好きだったんです。実家が農家だったので、家のことを子どもがやるのは当たり前で、そのひとつとして食事をつくっていたのが始まりだったと思います。

人が喜ぶものを考えながらつくって、喜んでもらえたときにすごく嬉しいという感覚は、小さい頃から染み付いていて、自分にとっては普通のことでした。しかも、カフェだったら起業支援金で経費が補助されるので、案外これがいいんじゃない?と思うようになりました」

店名の「Heart Beat Base」は、わくわくドキドキする場をつくりたい、という想いで名付けたそう。カフェには民族楽器のほか、由美子さんの蔵書が並んだ本棚も置かれています

さらに現在、由美子さんはカフェを経営する傍ら、「生涯学習まちづくり出前講座」という南相馬市の制度を活用し、1ヶ月に1度のペースで、高齢者を対象とした民族楽器のワークショップも行なっています。

由美子さん 「お年寄りの好奇心たるやすごいんですよ! 私が持って行った民族楽器を何度も触って、『先生、これいい音するね〜 』なんて楽しそうにしていて。 しばらくは子どもではなく、高齢者を対象とした活動を増やそうと、ちょっと方針転換をしました。

急がなくても、 時間をかけてちゃんと続けていけば、やがて遠方からでも子どもたちが集まってくれるようなワークショップもできるかなと。『あそこに行くとなんか面白いんだよね』という場所にしたいという目標は変えず、やりかたを少し変えながらやっています」

由美子さんが集めた民族楽器の一部。カフェに入ると、見慣れないすてきな楽器が棚一面に並べられているのが、目を引きます

好きなことをして生きるという理想と現実の狭間

教師として働いていた頃、教員免許と運転免許の2つしか免許を持っていないのがつまらないと思った由美子さんは、あと4年で定年退職というときに、「1回辞めてみよう」と教師の職を離れました。そして、ずっと好きだった料理に関する資格を取るために、1年ほど専門学校に通い、調理師免許を取得したのです。

由美子さん 「それがすごく面白くって!調理師学校に通った1年は、本当に自分にとっては宝物。そこで知り合った人たちも素敵だったし、習ったことも面白くて、 なんて人生は芳醇なんだろうと思いました」

料理のことを話すときのキラキラした由美子さんの目。年齢にとらわれず、自分の心に従って生きている姿はとても眩しく感じます。しかし、そもそもなぜ関東で暮らしていた由美子さんと直樹さんが、南相馬市へ引っ越すことになったのでしょうか。そこには、ひょんなご縁と出会いがありました。

本格的な料理をずっと習ってみたかったと笑う由美子さん。退職金を使って、調理師学校へ通ったそうです

もともと幼馴染みだった夫の直樹さんと数十年ぶりに再会し、再婚することになるまで、由美子さんは定年を目前にして「これから一人でどう生きるのか?」と、骨を埋める場所を探して全国を歩き回っていたそうです。そのとき、浪江町でカフェを営む知人のもとを訪れたことが、転換点になったと言います。

由美子さん 「全国をいろいろと歩いていると、だいたいどこも気に入って、そのときは、そこへ移住する気になるんです。けれども、なんだか現実味がなくて踏み切れないということの繰り返し。

でも、浪江町でカフェを開いている知り合いを訪ねたときに、『一番好きなことをやりなさい。好きなことをやるのが一番だから』と言われた言葉が、自分の中に深く残ったんです。

そのとき、場所はどこでもいいような気がするし、決定打がないのであれば、知り合いがいたほうがいいかなと思いました。このあたりには他にも知り合いがいたので、年を取ってから、みんなで楽しくおしゃべりするのも悪くないかなと思って、住む場所を探すようになりました」

そんなときに出会ったのが、ちょっと変わった不動産屋さん。「あなたは福島に来て、何をやりたいの?」と問われたそうです。 そこで、音楽を教えていたことや子どもが好きなこと、調理師の免許があることなどを話し、自分の持っている経験やスキル、好きなことのおいしいところだけを切り取って楽しく生きていければいいなと伝えたところ、1ヶ月と経たずに紹介されたのが、現在Heart Beat Baseを開いている一軒家でした。

家の居間にあたるカフェスペースからは、緑豊かな景色が見えます

海も望める広大な公園がすぐそばにある自然豊かな立地も、キッチンが広いところも気に入り、この家に住むことを決めた由美子さん。実際に引っ越しを決行した頃には、直樹さんと再婚していたそうですが、直樹さんは、住み慣れた場所を離れることへの抵抗感はなかったのでしょうか。

直樹さん 「もともとは年金だけでは心許ないので、70歳ぐらいまでは頑張って働こうと思っていました。そのあとはシルバー人材センターにでも入って、ほそぼそと暮らそうかなと。でも、たまり場やカフェの話を聞いてなんだか面白そうだなと思って、一枚噛ませてほしいと再婚する前から話していました」

番頭の宗像直樹さん。経理と広報の責任者と営業日にはホール担当を兼任し、二人三脚で活躍するほか、IT企業で働いていた頃に培った知識を活かして、パソコン相談などを請け負っているそう

そして再婚後、由美子さんの希望通り、南相馬市に越してきたお二人。ですが、リフォームやキッチンの改修には、二人合わせても蓄えが心細かったため、移住を前提とした『「住んでふくしま」空き家対策総合支援事業』のリフォーム補助金、福島県12市町村起業支援金制度福島県12市町村移住支援金制度があることを知ったときは、心強かったと言います。

由美子さん 「『移住』というほど大袈裟なつもりじゃなく、引っ越しでお気楽にと思っていたんですけど、結果的に助成金はありがたくて。それがなかったら、今のようなカフェではなく、趣味の延長みたいなことをやっていたと思います」

もともと広かったというキッチンには、きれいに整頓された調理器具が並びます

とはいえ、助成金は原則として、実際に手元にお金が下りるまで、工事代など必要な経費をいったん全額立て替える必要があったため、移住当初はいつも綱渡り状態。年齢のこともあり、銀行からお金を借りるつもりはなく、金銭的な不安は尽きなかったと言います。

そのうえ、支援金を申請するための書類づくりも簡単ではありませんでした。実際、1回目の福島12市町村起業支援金の申請は通らず、二度目の申請でようやく審査に通ったそう。ふくしま12市町村移住支援センターの綿密な申請サポートを受けながら、利益を出すことを明確にするため、営業日数やコンセプトなどの方針、収支計画の内容について何度も練り直したり、面接の練習を繰り返し、必死で申請の準備をしたのだとか。こうしたハードルをいくつも乗り越え、「Heart Beat Base」は無事、開業に漕ぎつけたのです。

どこに住んでも、結局は自分次第

由美子さんと直樹さんは、この土地に来てから、お客さんや取引先の農家さんといった垣根を超え、“笑っちゃうくらい”たくさんの知り合いができたと言います。

由美子さん 「1週間ぐらい前、趣味で野菜をつくっている方が、ジャガイモを荷台いっぱいに積んだ軽トラで突然来て、『ここカレー屋なんだってな。ジャガイモやるから食えよ!』って言うんです。知らない人ですよ?

うちのお客さんから、ここがカレー屋だと聞いて来たそうなんですが『うちはじゃがいもをたくさん入れるようなカレーはないんです』って言ったら『なんだ、そうなのか?』って(笑)

そういうところから始まる人とのお付き合いは、すっごく濃くて。2日後には、その人の家に遊びに行って、ピーマンやトマトなどをいっぱいもらってきました。私たちも、農家さんとのお付き合いは大切だと思っているので、こちらからも直接訪ねるようにしています。そうすると自然と道が開けるみたいで、知り合いがどんどん増えてきたんです」

こっちに来てから知り合いが増えたよね、と笑うお二人

そうして広がったつながりに、助けられることも多いのだとか。たとえば「Heart Beat Base」では、カレーをつくるのに大量のセロリを使いますが、この周辺では質のいいものが手に入らず、由美子さんは困っていました。そんなとき、ある農家さんに「セロリを作ってもらえないか」とダメもとで相談したところ、「育てられるかわからないけど、ほしいんなら作るよ」と、作ってくれたこともあったそうです。

「ここで暮らしていると、そういうチャレンジ精神がある人たちと思わぬところで出会えるのが楽しい」と由美子さんは話します。

由美子さん 「思うんですけど、人っていうのは、そうやってつながっていくのが面白い。このまちは狭いので、お金の行き来だけではなく、都会では考えられないようなきっかけで人とつながっていくんです。もちろんいいことばかりではないですが、それは田舎に限らないですよね。

どこに住んでも、結局は自分次第なんだと思っています。自分はどういうふうに生きたいかということがちゃんと定まっていなかったら、 どこで生活しようが、何をしようが同じこと。何をしたって、うまくはいかない。

だから、きれいごとを言っても嘘をついても始まらないので、ここに越してきたことを話すときも『あんまり考えずに来ちゃったんですけど』と、正直に言うようにしています」

Heart Beat Baseのイラストが付いた箸袋

でも、この土地に来たからこそわかったこともあると言います。それは、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故のことでした。

由美子さん 「このあたりは、震災と原発事故で、各地で甚大な被害があった地域です。津波で家族を亡くされた方とも、何人も知り合いました。家族を亡くした悲しみや苦しみ、喪失感。あるいは地域によって、経験や得られたものが違うことで生じた分断や悔しさは、本やニュースからだけでは到底うかがい知れないものでした」

復興が進み、新しい建物がどんどん建っていく一方で、閉校になった学校もたくさんあったり、人が住んでおらず、家の中から木が生えているような風景が同居している。この光景はなんだろうということを、これからこの地で生きていくのに、ちゃんと見て、聞きながら生活していきたいと言います。

由美子さん 「時間とともに、どうしても起きたことは薄らいでいくでしょう。でもやっぱり人間というものがやってきたことがあり、そこであがきながら、それぞれが一生懸命生きている。ここに住んだからこそ、そういうことに気づくようになりました」

南相馬市は、津波や原発事故の影響もさまざまだった地域(1市2町)が合わさってできた新しい市。そこで実際に生活をして、ここで暮らしてきた人たちと同じ空気を吸わない限りわからなかったものが、たくさんあったと由美子さんは話します

予想外の展開がもたらす豊かさ

地域のイベントにも出店している。南相馬市のマチ・ヒト・シゴトの結び場 「NARU 」というシェアショップのリニューアルオープンイベントに出店したときには、カレーコロッケ弁当の販売を行なった

自分の心に導かれるまま、カフェの開業に至ったようにも思える由美子さんですが、これは決して一人では成し得なかったと言います。

由美子さん 「こっちに来てから開いたある演奏会のイベントの後、夫が『こっちに引っ越してきて、すごくよかったよ』って言ってくれたんです。『ここに来なかったら、こんな喜びは得られなかった。こんなふうに知らない世界を経験することもなかっただろうから、本当に連れてきてくれてありがとう』という言葉を聞いたとき、ふっと、何かがほどけました。

私のペースに巻き込んで申し訳なかったかな…なんて思ってたけど、演奏会も含め、 そういう楽しいことをたくさんできるような人生をこれから二人でつくっていきたいと、今は思っています」

直樹さん 「再婚してこちらに引っ越してきて、カフェを開いて。自分ひとりでは想定していなかったことばかりですが、カフェに来たお客さんが喜んでくれるのも、知り合いがすごく増えたのも、楽しいですよ」

やわらかい口調でありながら、チャキチャキと朗らかで、芯を感じさせる由美子さんと、口数は多くないですが、温かい雰囲気を感じさせてくれる直樹さん。ぜひお二人に会いに、そしておいしいご飯を食べるために、南相馬市にある「Heart Beat Base」へ足を運んでみてください。

取材・文:Mizuno Atsumi 撮影:中村幸稚 編集:平川友紀

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