移住者インタビュー

地元・浪江に「ただいま」と帰ってこられる場所をつくりたい

2024年1月19日
浪江町
  • Uターン
  • 起業・開業する
  • Uターンのきっかけ
    浪江町に「帰りたい」と思った人が帰れる場所をつくりたかった
  • おむすび専門店を起業した理由
    老若男女問わずあたたかい気持ちになれる食べ物だから
  • 開業時に利用してよかった制度
    浪江町の「チャレンジショップ制度」、福島県の「創業促進・企業誘致に向けた設備投資等支援補助金」

浪江町出身の栃本あゆみさんは2021年10月にUターンし、おむすび専門店「えん」を営んでいます。浪江町の「チャレンジショップ制度」を利用して開業し、2023年8月に独立店舗をオープン。店内には、ほかほかのごはんと海苔の香りが漂います。お客さんとの会話が弾むというカウンターで、地元でお店を営む想いを聞きました。

「ただいま」と帰ってこられるように

――浪江町にUターンするまでの経緯を教えてください。

地元の高校を卒業後、友人と一緒に上京しました。特にやりたいことがあったわけではなくて、都会に出てみたい憧れって感じで。高校生の頃から早く働きたい気持ちが強かったので、簿記や販売職の資格を取り、羽田空港で飛行機のダイキャストモデル(※)やお土産の販売をするのが初めての仕事。ネイルの卸販売や飲食店のお手伝いなども経験しました。働くなかでできた友人や知人から声をかけてもらって仕事をすることが多かったです。
(※)ダイキャストモデル:金型を使った鋳造法を用いて製造される模型。

そうして働くうちに、東日本大震災が起こりました。私は東京に残り、飲食店のコンサル会社で物件探しや資金調達、メニュー提案など、飲食店のトータルプロデュースをする仕事に就きましたが、家族のことを想う日々。原発事故の影響で浪江町は全町避難になり、家族は県内外を転々としていたんです。最終的には福島市に中古物件を買って生活は落ち着いたのですが、避難生活中に父と祖父母は亡くなってしまいました。私の実家がある室原という地区は、2023年にやっと住めるようになりましたが、地元に帰るという家族の願いは叶わず、悔しい思いをしました。

帰りたくても帰れない、私たちみたいな家庭はたくさんあると思うんです。「生まれ故郷で生を終えたい」というご年配の方だけでなく、浪江出身の若い家族からも「浪江に戻りたいんだよね」という声を聞きます。町としては約6年、地区によってはそれ以上の期間、地元に戻れず別の場所で住んでいたら、新しい生活基盤ができて当然。転職や転校までは、なかなか難しいですよね。

父や祖父母の無念もあり、今も避難先で暮らす町民の方たちの気持ちには特に寄り添いたくて。浪江町に「ただいま」って、帰ってこられる場所を作ろうと思いました。

――ただ帰ってくるだけでなく、「ただいま」と思えることを大事にされたんですね。

震災後になくなってしまった建物は多く、町並みもずいぶん変わりました。お墓参りなどで地元に帰ってきても、知っている町の姿との違いから、「ただいま」という感覚はあまり持てないんじゃないかなって。私自身もそうだったんです。だからこそ、気持ちとしても「ただいま!」「おかえり!」と言い合える場所が必要だと思いました。

おむすびで縁を結びたい

――おむすび専門店で開業したのはなぜですか?

東京で飲食店の仕事を長くしていたこともあり、自分が浪江で起業するなら食に関することがいいなと思っていました。ただ、私が浪江町に戻ってきた2021年時点で町の居住人口は約1,700人。飲食店として経営を成り立たせるには、市場が十分とはいえませんでした。そのため、第一により多くの方が食べたいと思えるものであること、コロナ禍だったのでテイクアウトのニーズに対応できるようなものを考え始めました。

アイデアをいろいろ出す中、私自身がおむすびを食べて心温まる経験をしたことを思い出しました。東京での生活に心細さを感じたとき、おむすび専門店のおむすびを食べて、ほっとしました。コンビニで買ったものを電子レンジで温めて食べるのとは全然違って、母親が握ってくれたような懐かしさも感じたんですよね。

課題と想い、どちらも叶えられると思い行き着いたのが「おむすび」でした。

卵黄醬油漬け。家庭ではなかなかできない具材のおむすびを求めて、町内外からお客さんがやってくる

――「えん」という店名にはどんな想いを込めたのでしょう?

ご縁がうまれるような場所にしたくて名付けました。また、私はおにぎりではなく「おむすび」と表現します。人と人をむすぶ、という意味を感じるんですよね 。避難中の町民の方、浪江町で暮らす住民、仕事や旅行などで立ち寄ってくれる方……さまざまな人の、浪江町とのご縁を結んでいきたいです。

――開業する時には、浪江町の「チャレンジショップ制度」を利用されたそうですね。

はい。浪江町役場の隣にある「まち・なみ・まるしぇ」に格安な賃料とリース代で入居でき、1年後の町内での独立を目指して事業にチャレンジできます。厨房機器なども借りられるため、初期投資をかなり抑えることができてありがたかったです。

何よりも、実際に商品を販売し、お客さんのリアクションを見ることができたことは良かったです。電卓を叩きながら事業計画とにらめっこするだけでは、分からないことだらけ。いざお店を始めてみると、想像以上にお客様が来てくれて手応えを感じられました。新聞などのメディアで取り上げてもらった効果も大きく、私の名前を見て来てくれる同級生もいて、嬉しかったですね。

チャレンジショップのときのもの

――チャレンジショップを卒業し、独立する時に作ったという「ただいま券」についても教えてください。

「ただいま券」は、えんの想いに共感してくれたNOFATE株式会社さんにお声がけいただき始まったプロジェクトです。避難先で暮らす浪江町民が使える1,000円分の引換券です。クラウドファンディングで資金を募ると、移転前から来てくれていた常連さんや遠方に住む友人、えんや浪江町を応援するたくさんの方々が支援してくださり、約300枚のただいま券をお届けできました。

返礼品の一つに、ただいま券と同じ内容の「応援チケット」というものも作りました。支援者が送る相手を選べるもので、支援者自身もご利用いただけます。今日ちょうど、東京で働いていた時の同期が応援チケットを持って遊びにきてくれて。支援してくれた時もビックリしたんですけど、こうして浪江町まで来てくれるのは本当に嬉しいです。

応援チケットを持って、えんに来てくれたご友人と

チャレンジを応援してくれる町だから

――チャレンジショップでの経験を経て独立して早4ヵ月。新店舗はいかがですか?

おかげさまで、売上は以前と比べて倍以上になりました。建物工事が延びて開店が遅れたのでお客さんが減ってしまうかもと不安もあったのですが、今のところは好調です。浪江町役場で働く常連さんも多かったので、そこから距離が離れることも気がかりでしたが、独立した駐車場もあるからか、以前より来やすくなったと言ってくれる方もいます。えんのおむすびを食べて喜んでもらえるのは、一番のやりがいですね。

――お客さんにとっても、いい場所だったんですね。新築で始めた理由はありますか?

自分で建てる費用を考えると新築するつもりはなかったのですが、都合のいい物件を見つけられなかったんです。すごく悩みましたが、福島県創業促進・企業誘致に向けた設備投資等支援補助金(2023年度は公募期間修了)が活用できたので新築に踏み切れました。

実は、移住してくるときも家探しには苦労したんです。犬を飼っているのでペット可の物件を探していたのですが、本当に見つからなくて。浪江町の町営住宅に空きが出たタイミングで、ようやく入居できました。暮らすにも働くにも家は必要なので、もう少し物件が見つかりやすい状況になるといいと思います。

――最後に、浪江町でチャレンジを検討している人にメッセージをお願いします。

浪江町は、福島12市町村の中でもチャレンジをする人が集まってきている町だと思います。個人だけでなく企業も多く入ってきているし、今年4月には福島国際研究教育機構(F-REI)も立ち上がりました。伝統も大事にしつつ新しいものを取り入れる風土があり、新しいことを始めやすい環境が整っています。

事業に対して真剣に取り組んでいるかどうかって、伝わります。小さな町ですが専門知識を持っている方も多いので、本当に困っているときには手を差し伸べてくれる人も多いですよ。

■おむすび専門店「えん」
所在地:浪江町権現堂新町68−2
TEL:080-6471-3678
営業時間:11:00-14:00/17:30-21:00(火・水曜定休)
Instagram @omsubi_en_fukushima

栃本あゆみ(とちもと あゆみ) さん

1987年、浪江町出身。高校卒業後に上京し、販売や飲食店のコンサルタント業を経て、2021年10月にUターン。同年11月に、浪江町役場横にある「まち・なみ・まるしぇ」でおむすび専門店「えん」を開業。2023年8月、JR浪江駅前通りに独立店をオープン。塩むすびや鮭などの定番ものから、野馬追漬けやにんにく味噌など、専門店ならではのバリエーション豊かなおむすびが人気。

※内容は取材当時のものです。
文・写真:蒔田志保