フェンスもチャイムもない学校。大熊町立 学び舎 ゆめの森のシームレスな学び
東日本大震災以降、大熊町の小中学生たちは、避難先の会津若松市で廃校などを利用し勉強に励んできました。2019年4月、町の一部地域で避難指示が解除されると、大熊町教育委員会は町内に新しい学校の建設を計画。2023年4月に、小中一貫の義務教育学校と認定こども園が一体となった「大熊町立 学び舎 ゆめの森」が開校しました。
副校長の増子啓信先生に、2023年9月に完成した校舎をご案内いただきながら学校の取り組みをうかがいました。
子どもたちが考えた11の「オノマトペ」
町立にあった2つの小学校(大野小学校、熊町小学校)と大熊中学校が統合して生まれた学び舎 ゆめの森。校舎がある大熊町大川原地区は町内でいち早く避難指示が解除されたエリアで、復興の拠点として開発が進められてきました。校舎はその大川原地区内に整備された公営住宅に隣接しています。街並みと学校を隔てるフェンスは一切ありません。そこには、町の人々と子どもたちが自然に接点を持つ場として学校を運営したいという思いが込められています。
通学する子どもの数は31名(2023年10月現在)。家族と一緒に会津若松から戻った子どももいれば、体験入学をきっかけにこの環境を気に入り、関東や関西から家族とともにやってきた子どももいます。ゆめの森の教育が移住・定住の選択肢のひとつになっています。建物内には認定こども園もあり、0歳児から中学3年生にあたる15歳まで、町内のほとんどの子どもが平日昼間の時間をこの学び舎で過ごしています。学童保育も併設されているため、授業が終わるとそのまま学童ルームに移り過ごす子どももいます。
校舎は2階建てで、大きく11のエリアに分かれています。
- のびのび学び室…異なる学年の子どもたちが混じり合って学ぶ小学校エリア
- ぐんぐん学び室…より専門性の高い探究の学びを行う中学生の学習エリア
- どきどきアトリエ…創作工房、家庭科室、音楽科室、ランチルームを含めた創造と交流のエリア
- さんさんアリーナ…体育館アリーナとサブアリーナの大小2つの運動場があるエリア。体育館は災害時には避難所としても活用できるよう設計されている
- すくすく遊び室…年齢ごとに緩やかに分けた保育室を中心とした認定こども園のエリア
- ぽかぽか広場…認定こども園と小学校エリアの間にある中庭
- わくわく本の広場…学び舎の中央にある大きな吹抜けの図書ひろば
- きらきらお話の庭…絵本コーナーを中心にした低年齢の子どもたちのための図書コーナー
- にこにこサポータールーム…昇降口のすぐ横に設けたガラス張りの教職員スペース
- るんるん対話の森…学校×民間による連携学習の場であり、創造性を育むグループ学習エリア
- ふむふむ研究所…教科教室と展示ギャラリーを組み合わせ、探究から発表まで異学年で混ざりながら主体的な学習をおこなうエリア
すべてのエリアの名前に冠された、いわゆる「オノマトペ」は、子どもたちも意見を出し合いながら決めたそうです。
「読書のまち」を象徴する視界いっぱいの本棚
学び舎に入ってまず目に飛び込むのは、中央のホールをすり鉢状に取り囲む一面の本棚。「わくわく本の広場」と名付けられたスペースです。「読書のまち」を町の指針に掲げ学校での読書活動に力を入れてきた大熊町。その取り組みを象徴する本棚として、子どもたちが好きな時に、好きな空間で本を手に取れる設計がなされています。町内の3つの小中学校から集められた約2万冊の本は本棚・背表紙・ISBNが紐づけられ管理されており、子どもたちはiPadを使って読みたい本を探し、借りることができます。本棚は最大5万冊まで収蔵できるそうです。
大小さまざまな本棚の中には、子どもたちの居場所づくりのためにあえて低くつくられたスペースも。隠れ家のような空間で本の世界に入り込めるよう工夫されています。
わくわく本の広場の一角には、ひときわ目を引く六角柱状の本棚があり、その中は二重螺旋階段になっています。この螺旋階段は、大熊町の避難先となった会津若松市の飯盛山にある「さざえ堂」を模して造られ、昇りと下りが別々の階段になる造りになっています。会津若松のみなさんの協力のもと学びをつないできた大熊町ならではのオマージュであり、「学び舎 ゆめの森のアイデンティティになっている」と増子先生は言います。
一人ひとり異なる「好き」を伸ばす教育
「学校とはこうあるべき、というものをなるべく排除した」
増子先生は、学校のコンセプトをそう話します。この学校には「自分の教室」がありません。子どもたちは登校するとまず「ホームベース」と呼ばれる共用のスペースに向かい、自分の荷物を置きます。その日の各時間割りの授業をどこでやるのか、決めるのは先生と子どもたち自身。わくわく本の広場の一角やテラスなど、あらゆる場所が教室となり、自由な環境で授業が行われます。ロッキングチェアに揺られながらタブレットで学習するような光景も、ここでは日常です。
「好きなものや興味のあることは子どもたち一人ひとり違うはず。ここでは、それぞれの好きを伸ばす教育をしたいと思っています。そのために、学ぶ場所についてもできるだけ多くの選択肢を子どもたちに提示しているんです」
また、学び舎 ゆめの森にはチャイムがありません。時間を知らせることで学びが中断することも、また間延びしてしまうこともなく、できる限り制約のない学びが展開されています。
一方、ある程度専門性の高い学びが必要となってくる後期課程(中学生相当)に向けては、国語、数学、理科、社会、技術、美術など、各科目に特化した教室を用意。デジタル教材を駆使するなど、学年が上がるにつれて深まる探究心を満たす環境も充実しています。
「大熊町には『温故創新』という教育理念があります。これまでの歴史や文化の価値を大切にしつつ、その中から新しいものを生み出そうという考え方です。この言葉を踏まえ、アナログとデジタルのそれぞれの良さを活かし、個別最適な学びを提供しています。効率良く学べるところはデジタルを使って効率的に学び、それによって生み出された時間を教員と触れ合いながら深める探究的な学びに使うといった取り組みです」
劇的な町の変化が時代に沿った教育につながった
増子先生は、校舎建設の基本計画の策定が始まった2019年に大熊町の教育委員会に赴任。生まれ変わる大熊町にはどんな校舎がふさわしいのか、陣頭に立ってその計画を練り上げました。
「当時の町長や教育長から、どこにもない学校、学校らしくない学校をつくろうとミッションがきました。方針として掲げたのは、一斉画一ではない教育を通して子どもたちの資質や能力を育むこと。その実現のために、南側に窓があって四角い部屋が並んでいて長い廊下があるような校舎の概念を捨て、設計業者には“悩んだら突き抜けるほうを選んでください”と伝えました。いい意味で本当に突き抜けた、唯一無二の素晴らしい校舎が完成しました」
0歳から15歳まで一貫して学べること、周囲をフェンスで囲うことなく町とつながること、自分の教室をつくらず学び舎全体が学びのスペースとなること、チャイムがないこと。すべての取り組みにおいて壁を置かずシームレスであることが、学び舎 ゆめの森の大きな特徴。この学び舎だからこそ実現できる学びの姿です。
「こう言っていいのかわかりませんが」と前置きしつつ、増子先生は本音を語ります。
「震災があったからこそ、この教育ができている。もし震災がなければ、今もごく普通に義務教育を続けていたと思います。奇しくも町が劇的に変化したことが、人口減少や多様性といった時代のテーマにもマッチした教育にいち早く取り組む原動力になりました。成果が出るのはまだまだこれからですが、子どもたちがこの学び舎に馴染み、誇りに思ってもらえれば、成果は自然に上がるのではないかと思います」
そう話す先生の横を、男の子が楽しそうに通り過ぎていきました。そのあとを、「学校が大好きと言ってなかなか帰ってくれなくて」とお母さんが笑いながら追いかけていきます。町が目指す学校づくりは、子どもたちの興味を自然に学びにつなげることに早くも成功しているようです。
■大熊町立 学び舎 ゆめの森
住所:〒979-1306 大熊町大字大川原字南平2019番1
TEL:0240-23-5341
HP:https://manabiya-yumenomori.ed.jp/
※所属や内容は取材当時のものです。
文・写真:髙橋晃浩