チャレンジする人

地元愛に溢れた町の人々に囲まれ、子育てをしながら地域の「助っ人」として活動中

2022年1月12日
富岡町
      • 移住を決めたきっかけ
        富岡の人々の地元愛に触れ感動したこと
      • 移住してよかったこと
        ゼロからまちが変化していく姿を近くで見られること
      • 移住を希望する人へメッセージ
        いきなり移住するのではなく、まずは福島の環境を知るなどステップを踏んで本格的に移住するのがいいと思います!

      富岡町を含む双葉郡一帯の「助っ人になる」ことを目指してその名が付けられた「一般社団法人ふたすけ」。双葉郡内に暮らす人々の地域活動や移住・定住などの支援を手掛けています。今回お話を伺ったのは、そのセンター長を務める鈴木亮さんです。

      東京に拠点を置く環境系NPO団体の活動の一環で東日本大震災前から福島と関わっていた亮さん。その活動を通して2012年に出会った香織さんと結婚しますが、時を同じくして亮さんは復興支援団体の福島県担当に任命され、単身で福島市に移住することになります。さらに、富岡町の避難指示が解除されると支援団体の拠点を富岡に移し、単身で活動を続けました。

      その後、香織さんの妊娠を機に家族で富岡に暮らすことを考え始めた鈴木さん。周囲からは富岡で子育てをすることに心配の声もあったそうですが、町に住む個性的で情熱を持った人たちとの出会いを通して2人の福島への思いはより高まり、家族での移住を決断しました。

      そんな鈴木さんご夫婦に、福島との関わりのきっかけや移住の経緯、移住後の新しい生活についてお話を伺いました。

      移住のきっかけは「人」

      鈴木亮さん

      ――お二人とも富岡に移住する前から福島との関わりがあったそうですね。

      亮さん はい。いくつかの関わりがありましたが、特に大きかったのは福島のお酒との出合いです。ある時、会津若松市にある酒蔵に3日間泊まってお酒を造るツアーに参加したのですが、そのおいしさに衝撃を受けました。「一生このお酒を飲みたい」と思うほどおいしくて、それ以来、新酒の時期には必ず福島のお酒を注文するようになりました。

      そうしてどんどん福島のお酒の虜になっていく、そんな時期に起きたのが、東日本大震災でした。「もうあのお酒が飲めなくなってしまうかもしれない。何とかしよう」と考え、福島の有機農業者の地域再生事業のお手伝いをはじめました。福島のみなさんとは他にもさまざまな関わりがありましたが、このお酒にまつわる出会いが特に記憶に残っています。

      香織さん 以前所属していた環境系NPO団体の活動の一環で二本松市東和地区の有機農家さんのもとを何度か訪ねたのが私と福島の関わりのきっかけです。夫ともその活動を通して出会いました。震災後の厳しい状況の中でも奮闘する農家さんたちの姿に何度も胸を打たれたことが、福島との縁を深めたいという気持ちにつながりました。

      ――移住の経緯を教えていただけますか?

      亮さん 富岡町の避難指示が一部解除された2017年に仕事のため富岡に移住しましたが、当初帰還された方はわずか300人ほど。避難指示解除とはいえ多くの課題が残る中、帰還された方々は「ここを何とかしたい」という思いでいっぱいだったと思います。

      そんな中、町に帰還された方と移住してきた方、合計40人くらいで実施した町民劇に参加させていただくことになりました。当時は妻の出産が近づいていたため東京に戻るか富岡に残るか迷っている時期でもありましたが、劇を通して今の富岡の姿を届けようと集まった仲間との時間が「富岡から離れがたい」という思いにつながり、家族での移住を検討するようになりました。

      香織さん 私は正直なところ、住む場所としては福島を考えてはいませんでした。夫から「富岡に一緒に住まない?」と提案されて一番に気になったのは、やはり子供の健康面。もう一つ気がかりだったのは、福島や富岡の現状をご存じではない人々の目です。「なぜ福島?」「子供がかわいそう」といったことを私自身も言われましたので、なおさら富岡への移住には抵抗がありました。

      そんな時に出会ったのが、富岡町に住む個性的で熱い思いを持った方々でした。彼らはみんな富岡町への溢れるほどの愛を持っています。そんな町民の方々を見て「こんなに愛を持った人たちに囲まれて育つなら子供も幸せだろう」と思うようになりました。

      「退屈しませんよ。毎日がドラマチックですから」

      鈴木香織さん

      ―― 「ふたすけ」では具体的にどのような活動をされていますか?

      亮さん 移住・定住を検討する方の相談に乗ったり、地域の歴史や文化の伝承に取り組む語り部さんたちのネットワークづくりをしたりといった活動をしています。また、日常生活や就職などで困っている人と支援団体をマッチングさせる中間支援などにより、地域の方への「ささやかなお手伝い」をさせていただいています。

      ――新しい環境での子育てはいかがですか?

      亮さん ベビーシッターや家事代行のサービスが少ないため、正直困ることもあります。しかし、富岡町では生活に関する支援制度が拡充してきています。路線バスのルート以外で移動する場合に役場に申請をすることで無料でタクシーを利用できる「デマンドタクシー」というサービスはよく使わせてもらっています。町では今後も子育て世代が使えるサービスの整備を進めてくれるそうなので、これからもっと環境が良くなっていくことを期待しています。

      香織さん 子供のいる移住者の方が増えてきて、娘が通うこども園もどんどん賑やかになってきています。子供を連れて町内を歩いているとみなさん笑顔で手を振ってくれたり、「困っていることはない?」と声をかけたりしてくれるのはうれしいですね。

      ――お二人にとって富岡町の魅力はどんなところにありますか?

      亮さん 他の地域では得られないようなドラマを人々の生活から感じることができるところですね。地元の漁師さんや農家の方々がお仕事を再開されて喜んでいる姿からは、その感動を直に感じ取ることができます。「この町が好きだ」という方々の素敵なストーリーが町に溢れていて、退屈することがありません。

      香織さん ゼロから町が変化していく姿を日々間近で見られるところには私も感動します。富岡に来た当初は「毎日がドラマチックだね」と毎日2人で話していたくらいです(笑)

      ――生活の中で困っていることはありますか?

      亮さん 私たちが住む町営住宅には移住者の方も住んでいますが、まだ自治会がありません。いつ来るかわからない次の災害に備えるためにも、お互いが助け合える環境は作っておかなければと思っています。

      香織さん 徒歩圏内に子供を連れていけるような公園がないことですね。しかし、他に困っていることはあまりありません。買い物も、町内にスーパーやホームセンターがあるので日常生活に必要なものはたいてい揃います。売っていないものがあればネット通販を利用すれば済みますし、いわき市の中心部へは車で1時間かかりませんので、いわきで買い物をすることもあります。

      福島の雰囲気や環境に慣れてから移住するのも一つの方法

      ――今後の目標を教えていただけますか?

      亮さん 10年後を目安に、お店を営みながら有機農業に取り組むような暮らしを実現できればいいなと思っています。まだ具体的にどんなお店かは決まっていませんが、これから先も「ふたすけ」として困っている人をサポートし応援していくためにも、すべての人に開かれた場所を作りたいと思っています。

      香織さん 地域の人とスーパーなどで話をしていると、日常の中にある地域課題が見えてくることがあります。そういった地域の方の声を集めて支援団体に伝えたり、地域全体で考え話し合う機会を増やしたりしていきたいです。

      ――最後に、移住を検討されている方へメッセージをお願いします。

      亮さん 富岡町をはじめ福島12市町村に移住を考えている方には、2段階、3段階のステップを踏んで移住をされることをおすすめします。特に生活インフラが整った地域から移住をされる場合は不便に感じることが少なくないと思いますので、まずは浜通りでも比較的インフラの整っているいわき市に少しの間住んでみるなど、福島の雰囲気や環境に慣れてから移住をするのも一つの方法だと思います。

      香織さん 富岡町内には、ゼロからの町づくりに興味のある方がたくさんいらっしゃいます。そうした取り組みに興味をお持ちの方に、ぜひ地域の方や先輩移住者と共に町の未来を考えていただけたらうれしいです。

      鈴木亮(すずき りょう)さん、香織(かおり) さん

      亮さんは神奈川県鎌倉市出身。1998年より環境系のNPO活動に参加。2017年4月より単身で富岡町に移住し、2018年11月より「一般社団法人ふたすけ」センター長を務める。現在は富岡町内で親子4人暮らし。2021年9月からは宿泊温浴施設「ほっと大熊」での勤務も開始。
      香織さんは埼玉県出身。震災後、NPOの活動を通して亮さんと出会い結婚。現在は子育てをしながら「ふたすけ」の運営に携わる。

      一般社団法人ふたすけ

      https://futasuke.com/

      文:永井章太 写真:佐久間正人