移住者インタビュー

移住者も住民も、支え合える始まりの場所をつくりたい

2021年12月22日
楢葉町
  • 単身
  • 起業・開業
  • 移住したきっかけ
    東日本大震災の被災地で暮らしを支える仕事をしたかった
  • 楢葉町で飲食店を開いた理由
    住民も移住者も支え合えるコミュニティの場をつくりたい
  • これからの目標
    楢葉町が立ち上げるシェアハウス・ゲストハウスで移住者を支援したい

千葉県出身の古谷かおりさんは、楢葉町で住民も移住者も支え合えるきっかけの場所をつくりたいと、2017年に飲食店「結のはじまり」をオープンさせました。もともと建築関係のお仕事をしていた古谷さん。復興に貢献する起業家や若手リーダーを育てる「ふくしま復興塾(現・ふくしま創生塾)」で浜通りの現状を学んだ後、郡山市の建築設計事務所に転職しましたが、その事務所の仕事で浜通りに関わるようになったことがきっかけで楢葉町への移住を決意しました。

「結のはじまり」は海の見える道を曲がり、少し坂を上った先にあります。地元の方に教わりながら仕込んでいるという発酵食品の瓶が並ぶ店内で、東日本大震災から移住を決めるまでの気持ちの移り変わりや、お店に託す思いについてお聞きしました。

復興に携わる人々の思いの強さに引き付けられた

――最初の移住先は郡山市だったとか。移住のきっかけを教えてください。

美術大学で建築を学んだ後、ずっと憧れていた空間設計を得意とする建築事務所に入社しましたが、ハードスケジュールがこなせず退職してしまいました。その後、何がしたいのか分からないままさまざまな職を転々としていました。

東日本大震災が起こった時、当時の職場があった建物の外に避難すると、東京タワーの先端がグラグラと揺れているのが見えました。その時、東京ですら日常生活は突然危ぶまれてしまうものなのだと気づき、建築を通して暮らしを支える仕事をしたいと再確認したんです。

暮らしに弱さを抱えている人を建築の力で支えたいという思いが生まれてきて、設計を学べる夜間学校に通った後、東京から一番近い被災地ということで福島県に就職しようと考えました。浜通りの復興に力を入れている郡山市の設計事務所のオープンデスクに参加した後、そのまま採用されて郡山市に移り住みました。

――移住前に福島のことを学ぶ機会をつくったそうですね。

はい。転職前に震災後の福島の状況を知っておかなければと考えて、復興に貢献する起業家や若手リーダーを育てる「ふくしま復興塾(現・ふくしま創生塾)」に参加しました。そこで、半年ほどの間、月に1回程度フィールドワークなどで被災地を見て回りました。 そこで福島のために何かをしなければと行動している人たちの思いに触れたことが、「ここにいたい」と思う吸引力になったと思います。復興塾に参加して、すぐに他の参加者のみなさんの強い想いや人と人の繋がりに圧倒されました。そこから、こういう人たちと一緒に私も何かをやりたいという気持ちが生まれました。

お客さんや地域の方から料理を教わり交流の店に

――建築関係のお仕事を変えて、楢葉町に移住して新しいことを始めようと決めたきっかけは何だったのでしょう。

復興塾でフィールドワークを重ねた浜通りには、常に想いを寄せていました。そんな中、勤めていた郡山市の設計事務所で、広野町に新設された「ふたば未来学園」の校舎を設計する仕事に携われる機会があり、広野町に通い始め、友人もできました。その中で帰還するかどうかを悩んでいる地元の方の話を聞いていると、地域にコミュニティがあるかどうかが判断の一つのポイントになっていることが分かりました。廃炉や建築に携わる作業員も、地元の方も、お酒を飲みながら一息つけるような場所を欲していたんです。住宅再建の前に、コミュニティを再建しないと住民帰還にはつながらないと思いました。

そのタイミングで、もともとスナックだった物件が空いているという話が入ってきました。その時にはもう、どうしても浜通りに居場所を移して何かをやりたいという思いが止められなくなっていたのです。建築よりも場の運営の方が合っているのかもしれないとポジティブに考えて、設計事務所を退所して楢葉町で飲食店を始めることを決めました。

――飲食店をオープンするまでの経緯を教えてください。

お店は2017年にオープンしました。最初はスナックをやろうと思っていたんです。しかし、楢葉町では当時、営業している居酒屋はほとんどありませんでした。開店準備をしている間、地元の人に「そもそも外でご飯が食べられる場所がないと、スナックなんて行かない」と言われてしまい、予期せず食事やおつまみを出す店に方針転換することになったのです。本当に予想していなかったので大変でしたが、お客さんや地域のお母さんから料理を教えてもらいながらやってきました。

――「結のはじまり」という店名には、どのような思いが込められているのですか?

福島に来て初めて、農業や生活で助け合うために共同作業をする意味の「結」という言葉を知りました。住宅設計をしていた時は地域内の助け合いを建築で創出しようとして、それを説明するために言葉を尽くしてきました。でも「結」はそれを一言で表現してしまう。それが実際に生活の中で循環していることが衝撃的で、どうしても入れたかった言葉でした。 お店を通して、町外から来た作業員さんや自分のような移住者も、地元の方たちがやっているような「結」を始められるような場所にしたいと思って名付けました。

町と立ち上げるシェアハウスを通して移住を支援したい

――楢葉町でお店を開いて良かったと思うのはどんな時ですか。

よそから来た私がいきなり店を開いたのに、町の人が総出で応援してくれた時には、楢葉で良かったと感じました。役場の方がみんなで来てくれたり、地元の方が来て料理を教えてくれたり。当時はがむしゃらで、何が起きているのか分からなかったのですが、すごいことですよね。

地元の農作物がたくさん流通し出したのはこの2年ぐらいのことだと思うのですが、魚介類も福島県産がだんだんと並ぶようになってきた様子を見ているので、他の地域にいるよりも農産物のありがたさを感じやすいと思っています。関東で暮らしていた頃は当たり前だと思っていたもののありがたみというのは、大きな価値を感じます。

――住居の確保はどのようにされたのでしょうか。

店を始めた頃はまず、店内の一部屋を居住スペースとして利用し、お風呂は隣に住む大家さんに借りて生活していました。

現在、町は廃業してしまった旅館を購入して「お試し移住」として活用したり、若い移住者が安価で暮らしたりできるようなシェアハウス兼ゲストハウスを立ち上げようとしています。私も運営で携わる予定で、移住を希望する方の相談に乗れる場にもしていきたいです。

――移住を検討されている方にメッセージをお願いします。

私も移住者ということもあり、これまで移住を希望される方に町の魅力を紹介したり、町を案内したりする機会が多くありましたが、移住することの意義は、時間を掛けて関わらないと見えてきづらい部分もあると思います。移住を検討される方は1年ぐらい、今暮らしている場所から通ってみたりして、考える時間があってもいいと思います。

これから私たちが始めようとしているシェアハウスでも、移住を検討する時間を伴走していくような仕組みをつくろうとしています。移住を希望される人にどのような要素がフィットするのか、長期的に関わりながら一緒に考えていきたいです。

古谷 かおり(ふるや かおり) さん

1984年生まれ。千葉県出身。美術大学で建築を学んだ後、都内の建築事務所に就職。ふくしま復興塾への参加を経て、郡山市の設計事務所への転職を機に福島県へ移住。2017年に楢葉町に飲食店「結のはじまり」をオープンした。2021年12月現在、新型コロナの影響でお惣菜や弁当の配達事業に限定して営業している。

結のはじまり

https://www.yui-hajimari.com/

※内容は取材当時のものです。
文:五十嵐秋音 写真:佐久間正人