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旧小学校を再生し、新しいビジネスを育てる場に !「大熊インキュベーションセンター」

2023年2月10日
大熊町
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自分の通っていた小学校が、廃校になってしまうらしい。そんな知らせを聞いて、寂しい思いをする人が最近増えているのではないでしょうか。
福島県大熊町にある大野小学校は小学校としての役目を終え、「大熊インキュベーションセンター(以下、OIC)」となって、新たな産業や起業家を育てる拠点としての活躍が期待されています。

2022年7月に稼働を始めたOICの役割と設立への思いを、チーフインキュベーションオフィサーの直井勇人さんに伺いました。 

 浜通りで新たな一歩を踏み出す企業や個人をサポート 

 東京電力福島第一原子力発電所が立地する大熊町は、2019年に避難指示が一部解除されたものの、まだまだ町に暮らす住民は多くはありません(2022年12月現在、推計940人。※大熊町公式サイト参照) 

2022年7月にオープンしたOICですが、日々、外部からの見学や視察の来訪、問い合わせが引きも切りません。「これは本当に想定外で、うれしい悲鳴ですね」と直井さん。取材した日には、地元企業や役場の職員も見学や打ち合わせに訪れており、地域内外からの注目の高さが窺えます。 

OICを単純なコワーキングスペースではなく「インキュベーションセンター」としたことについて、直井さんはこう説明してくれました。 
「OICの大きな目的の一つが『新産業の創出』です。(福島第一原発が立地する)大熊町は、東日本大震災まではエネルギー産業が町の基幹産業でしたが、原発事故でそれが失われた今、新産業をつくり出す必要があります。大熊町を含む福島県浜通りに進出したいという企業のサポートと、この地域を訪れる学生や起業家を一から育て、起業・創業の支援などを行います。ですので、大企業だけでなく個人事業主などの小さな団体まで、それぞれに合わせたサポートができたらと思っています」 

直井さん 

直井さん自身は静岡県出身。東京で国内外のクリエイターを育成する「デジタルハリウッド」に勤務し、学生起業家の育成を行うほか、鹿児島県ではクリエイティブ産業を育成する5カ年計画の策定から関わり、インキュベーション施設を立ち上げるなど、20年以上のクリエイティブ産業での経験を買われてOICの設立に関わることになったとのこと。現在は週の半分以上は大熊町に滞在し、OICのソフト部分の企画・運営を行っています。 

「想像以上」に人がいる場所 

OICは大熊町出身の方が代表を務めるビジネスゲートウェイ株式会社と大熊町が協働で運営しています。 

平日9時から17時の開館中、無料で利用できる交流スペース、有料の会議室やコワーキングスペースのほか、24時間365日利用できる月額会員登録制のシェアオフィス(町内企業:2,000円/月、町外企業:3,000円/月)とレンタルオフィス(町内企業:31,500円/月、町外企業:47,250円/月)があります。 

オープンから5ヶ月たった2022年12月現在、シェアオフィス54社、レンタルオフィス6社の計60社がOICに入居しています。入居企業は、町内・県内企業が18社、県外企業が42社と、圧倒的に県外企業が多い状況です。 

トヨタ自動車などの大企業から、大熊町をはじめとする浜通りで事業を行う企業や団体、大学の研究室などが、拠点としてOICを選んでいるようです。また町内・県内の企業も、現在双葉郡には、法人登記ができて24時間自由に使えるシェアオフィスが限られることもあり、OICを拠点とすることも多いとのこと。 

入居のきっかけは町や入居者からの紹介が大半ですが、最近ではメディアで知った人や視察ツアーで見学に来た人が気に入って入居することも増えているそうです。「ここに来たら想像以上に人がいた、と言われたりしますよ」と直井さん。確かにこの日も交流スペースには、パソコン作業や打ち合わせで利用している人が複数いました。 

旧小学校をリノベーションしてつくられたOIC。校門をくぐって校舎だった建物まで向かうと、昇降口までは「学校然」とした佇まいですが、中に入るとかなり大胆につくり込まれていることが分かります。

入り口を入ってすぐの「交流スペース」にはスタッフが常駐しており、コワーキングスペースとしても利用できます。軽快なBGMが流れ、飲食も可能。キャッシュレスで軽食が購入できる機能もあります。

「今はコワーキングスペースとして、仕事やインターンなどで町に滞在している人の利用が多いのですが、交流スペースでもあるので、元々町に住んでいた方や町に帰還、移住した方も気軽に訪れてほしいですね」と、直井さんは今後のさらなる利用と交流を期待します。

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24時間365日利用できるシェアオフィスとレンタルオフィスには、専用キーで出入りします。観葉植物を配したおしゃれなコワーキングスペースだけでなく、かつての教室の面影を残した事務所や会議室、和室、セミナールーム、仮眠室やシャワールームもあります。

仮眠室からは校庭と阿武隈高地の山々を一望できる 

小学校だったことを最大限に生かした「学びの場」に 

現在、地方都市だけでなく全国各地で、少子化による小中学校の合併により、廃校になる学校が増えています。廃校を有効活用できている場所もありますが、大熊町の周辺町村の廃校は、原発事故の影響も大きく、解体されてしまうケースがほとんどです。 

そんな中、なぜこの旧大野小学校はOICとして活用することができたのでしょうか。OICを担当する大熊町企画調整課の課長補佐であり、大野小学校の卒業生でもある菅原祐樹さんに伺いました。 

大熊町役場の菅原さん(左) 

大熊町をはじめとする、原発事故の影響を大きく受けて数年に渡り避難を余儀なくされた町村では、放射線による影響や地震・津波の被害に加え、倒壊した建物が動物や植物に浸食されていたりして、避難指示が解除されてもそのまま元の家に住んだり利用することがほとんどできません。そういった建物は、修繕ではなく解体されてしまうことが多いのです。 

小学校などの公共施設も例外ではなく、大熊町内にあるもう一つの小学校である熊町小学校は、津波がきた地域にある上に、県内の除染された土を収集する「中間貯蔵エリア」内でもあるため、今でも許可のない立ち入りができず、再開も活用もできません。 

元の大熊町の姿を思い出せる建物がどんどんなくなってしまうことへの危機感から、「大野小学校はなんとか残せないか」という声が、町の人からも上がりました。とはいえ、放射線の影響を受けている建物のため、除染を行ったとしても小学校として再開するのは難しいだろうという判断のなか、菅原さんの目に入ったのが、小学校の標語だったそうです。 

「『希望がある。夢がある。だから めあてをもって努力する』って書いてあったんですよ。これだなと思いました。小学校の標語でありながら、大熊町で起業する人の思いとも合致する。もともと小学校だった記憶を生かして、起業家精神をもつ人の学びの場にできればと整備を進めていきました」 

建物を残すことで、町を思い出せる場所にもなる。また修繕予算を抑えるため、利用できる部分はそのまま利用し、直す部分は徹底的に改修したそう。 
「この交流スペースは、図書室だったんです。床は張り替えずにそのまま利用しているので、本棚があった場所が日焼けせずに色が変わっていたり、3.11の時に落下した本の形に日焼けした跡がそのまま残っていたりするんですよ」と菅原さん。 

直井さんも「小学校だったということを最大限に生かした支援をしていきたいし、小学校って、町の人が誰でも行き来できる場所だったはずなので、町の人も外から来た人も、気軽に利用して欲しいですね」と話します。 

教室の様子を残した中会議室。町内に住む人は1時間400円、町外の人は600円で利用できる  

若い人には前だけ向いて欲しい。それを支えるのがOIC 

直井さんは、OICを利用する人や大熊町で活動する若者たちに触れるなかで、「福島のため、大熊のために何かしたい」と思っている人がとても多いことに驚いたと言います。「大熊に来ている若者は復興にとどまらず、未来に向けた新しいことやソーシャルグッドなことをしたいと思っている人が多いと感じています。この地域の未来は若い人たちのためのものなので、OICをうまく使って、やりたいことをやってもらえたら嬉しい」とエールを送ります。 

また「新産業」として、復興やまちづくりとは一見関係ないような事業を行う人も歓迎だと言います。 
「クリエイターやアーティストは、他地域の例からも、実はまちづくりと親和性が高かったりします。必ず町の人と触れ合うことになりますから。また、ユーチューバーやインフルエンサー だって、ひと昔前までは職業になるなんて誰も思ってなかったものだし、どんな産業が町の未来につながるかわからないですから」 

東日本大震災と原発事故で一度産業も人口もゼロになってしまった土地なので、若い人には前だけを向いて新しいことを生み出してほしい、好きにやって欲しいというのが直井さんの願いです。 
「もちろん、そういった意味では特殊な地域ではありますが、若い人はあまり気負わず、今後の10年を見てもらえたらと思います。もちろん、元々の町の姿や町の人の思いは残していかなければならないですし、それは大事なことです。そこを尊重しつつ、新しいことに挑戦してもらいたいです。ぜひ大熊インキュベーションセンターで夢への一歩を踏み出して欲しいですね」 

否応なく巻き込まれるくらい、ビジネスチャンスがたくさんある 

12月初旬には、初めてOICの見学ツアーを行ったほか、入居企業同士の交流会も開催しました。OICも大熊町も、これからつくっていくことの方が多い場所。ビジネスチャンスがあり、そこにいるだけで、町の動きや新しい事業に否応なく巻き込まれていきます。 

「人口の少ない地域に移住すると必ずあることですが、自分がやり始めないと何もないんですね。入居されている大きい企業の中には、新興国などで新規開拓をやってきたような人もいらっしゃいます。前を向くしかない地域なので、それを面白いと思える人に、まずは一度足を運んで欲しいですね。拠点としてのサポートはOICがしますので」 

OICの設立・運営にあたり、たくさんの大熊町の人、外から来た人、若者たちと関わり、誰よりも大熊町の可能性を感じている直井さんだからこその、心強いメッセージをいただきました。 


■大熊インキュベーションセンター 
住所:〒979-1308 福島県双葉郡大熊町下野上清水230 
TEL:0240-23-7721 
E-mail:info@okuma-ic.jp 
HP:https://okuma-ic.jp/ 
Facebook:https://www.facebook.com/okuma.ic/ 
Twitter:https://twitter.com/okuma_ic 

※内容は取材当時のものです。
文:山根 麻衣子 撮影:中村 幸稚