移住者インタビュー

「大熊町と若者をつなぐ架け橋に」岩手での復興支援の経験を糧に新たなチャレンジ

2022年12月23日
大熊町
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東日本大震災から11年あまりが経った2022年6月、大熊町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。谷田川佐和さんはそれとほぼ同時期に大熊町に移住し、現在は「株式会社Oriai」(所在地:東京都武蔵野市)のメンバーとして「地方」と「若者」をつなぐ事業に携わっています。

東京で生まれ育った谷田川さんが、25歳という若さで大熊町へ移住した経緯や、今後大熊町でどのような活動をしていきたいかについて伺いました。

※原発事故の影響を受けて立ち入りが制限されている帰還困難区域のうち、先行して居住可能とすることを目指す区域のこと。

震災ボランティア活動が、大熊町との縁をつないだ

谷田川さんが大熊町に移住するまでのストーリーは、彼女が高校生の頃にまでさかのぼります。当時通っていた高校の教頭先生が震災で被災した宮城県女川町の出身で、「高校生の皆さんは今すぐ大きなこと、特別なことをしようとしなくてもいい。ただ、震災があったことを忘れないでほしい」と口にするのを何度も聞いたのだそうです。

大学進学後、谷田川さんは学生ボランティアとして「一般社団法人ことば」の活動に関わるようになります。「ことば」は、小学生から大学生までの異世代間交流を通して、若い世代の健全な育成とキャリア形成サポートを目的に活動している団体です。主な事業内容は、毎年夏休みに、震災で甚大な被害を受けた岩手県沿岸部の地域に全国の大学生を派遣し、現地の子どもたちと交流するというもの。震災を機に、2011年にボランティア団体として発足し、2016年に法人化しました。

初めは大勢いるボランティアメンバーの1人だった谷田川さんですが、徐々に同団体の活動や教育事業にもっと深く関わりたいという思いを強め、2018年に同法人の理事に就任。ボランティア登録している大学生のマネジメントや交流イベントの企画運営など、幅広い業務に携わる充実した日々を送っていました。

ところが、2020年頃から始まったコロナ禍によって状況が一変。メインの活動であった岩手県での交流事業が思うように実施できなくなり、ボランティア学生たちの中に少しずつフラストレーションがたまっていくのを感じるようになりました。

「この状況を何とかして打開したい、せっかく参加してくれた大学生たちに何か学びを持ち帰ってもらいたい。そう考えていた時に、大学時代からの知り合いで、今は『Oriai』の代表取締役を務める松井大介さんが『福島県大熊町で「ことば」の活動と親和性の高い事業があるから、やってみないか』と声をかけてくれたんです」

それが、谷田川さんと大熊町との出会いでした。

町民とともに町の未来をつくる経験が、移住のきっかけに

谷田川さんが最初に担当した仕事は、本年度までに計3回開催している「おおくまハチドリプロジェクト」。全国から集まった学生が大熊町を訪ねて「これからの大熊町」を提案するアイデアソンプログラムで、「ことば」のボランティアメンバーである大学生たちも多数参加することになりました。

さらに大きな転機が訪れたのが、第2回目の「おおくまハチドリプロジェクト」の準備をしていた時。大熊町から「Oriai」に「町の登録有形文化財である古民家の利活用を一緒に進める事業者を探している」という打診があったのです。事業計画を立てるなかで「もし店舗や宿泊施設として生まれ変わらせるのであれば、大熊町に住んで腰を据えてプロジェクトに携わる人が必要だ」という話が浮上し、谷田川さんは自ら手を挙げました。「Oriai」に正式に入社し、大熊町に移住して事業に臨むと決意したのです。

「おおくままハチドリプロジェクト」の中間発表会の様子

とはいえ、東京から大熊町への移住です。環境が大きく変わることへの不安はなかったのでしょうか?

「町から打診があった時期が、『自分の力で一から事業を動かす担当者になってみたい』と考えていたタイミングとちょうど重なったんです。不安よりも『今が挑戦する時だ!』というワクワク感の方が大きかったですね」

当時の彼女は、コロナ禍の閉塞感に加え、学生時代から続けてきた交流事業が依然として再開できない状況に、「自分自身がもっと成熟していれば、この状況を変えられるアイディアを形にできたかもしれない。どこかこれまでとは違う環境に身を置いて自分がまず成長しなければ、団体も成長できない」という危機感を覚えていたのだそう。

「大熊町で挑戦することで、新しい道が開けるかもしれない。そしていつか、自分を育ててくれた『ことば』の活動に何か恩返しができるかもしれない」そんな期待が移住への原動力になっていきました。

この決断には、「ことば」の代表理事でもあり、谷田川さんの夫でもある谷田川雅基さんも諸手を挙げて賛成してくれたそうで、現在は、雅基さんは東京に残り谷田川さんが単身移住するという、「通い婚」生活を送っているとのこと。

「夫とはバディのような関係で、公私ともにずっと一緒にいました。私が悩んだり葛藤したりする過程の姿もずっとそばで見ていたからか、移住の相談をしたときはただ『いいじゃん、行っておいで!』のひと言で(笑)。夫が私を信頼して、気持ちよく送り出してくれたことがとても嬉しかったし、力になりました」 

また、大熊町の人たちとの出会いも、移住することへの不安を払拭する大きな力となったと言います。

「大熊町の人たちは、外から来た人間であっても一切よそ者扱いをせずに同じ目線で話をしてくださいました。町の再生につながることであればどんどん受け入れて、ともに考えともにより良いまちを創っていく。そうした姿勢を感じられたことは私にとって、とても大きな発見でしたし『ここならやっていける』と思いました」

旧・大野小学校を利活用した「大熊インキュベーションセンター」で起業支援を行う

小学校時代の風情が色濃く残るエントランス

大熊町の再生に向けてさまざまな取り組みを行う谷田川さんの仕事のひとつが「大熊インキュベーションセンター」での活動です。大熊町を拠点に自社事業を成長させたいと考える企業・起業家の支援拠点となるシェアオフィス、コワーキングスペースで、旧・大野小学校をリノベーションして2022年7月に開所しました。

現在は貸事務所とシェアオフィスをあわせ、約50の企業が入居しています。「インキュベーション=(卵などが)ふ化する」という意味の通り、谷田川さんはここで企業・起業家と町民をつなぐハブの役割を担い、ビジネスの芽を開化させるサポート活動を行っています。

「大熊町には、まだ働ける場所が多くありません。だからこそ誰にでも町を復興する役割を担える、とも言えます」と谷田川さん。日本でも限られた場所にしか存在しない特異な課題に対して取り組んでいる町だからこそ、ここで何かを成し遂げたいと考える企業や起業家の方たちが多く集まってくるのだと言います。

谷田川さんの所属する「Oriai」も、同センターに入居する企業のひとつ。彼女は日々、「Oriai」の社員として地方と若者をつなぐ事業に従事する傍ら、他の入居企業のスタートアップ事業の成長をサポートする伴走者として奮闘しています。 

1階にある「交流スペース」は、誰でも無料で利用できます

また、同施設が持つもう1つの顔が、地域内外の交流拠点としての側面です。1階に設けられた「交流スペース」は誰でも無料で利用できるので、「ふらっと遊びに来てほしい」と谷田川さんは話します。

インキュベーションセンターの随所に、旧・小学校の雰囲気を残しているのも「誰もが気軽に集える場所にしたい」という思いから。エントランスに飾られたピアノや校歌、会議室に残る机や椅子は、小学校時代を知る人にとって、当時を懐かしむかけがえのない場所になっています。

木彫りの校歌額もピアノも当時のまま

「地域再生が進む大熊町では、取り壊されていく建物も多いです。でもだからこそ、こうして目に見えるかたちで町の記憶を残すことに大きな意味があると思っているんです。町外の方だけでなく、町民や旧・小学校に通っていた方も気軽に来ていただきたい。それが町への興味を喚起する1つのきっかけになるんじゃないかな」

「教育」こそ大切にしたい

6月30日に町の中心部の避難指示が解除されたものの、これまでに帰還したのは10世帯ほど(※取材時)。大熊町は今、今後数十年にわたる地域再生計画のスタートラインに立っています。町内にスーパーやホームセンターはなく、日用品を買うためには隣町まで車を走らせなければなりません。でも、谷田川さんは「それはあまり課題だとは感じていません」といいます。

「町内にすべてをそろえる必要はなく、浜通り(太平洋沿岸地域)全体でそれぞれにないものを補完し合いながら、みんなで盛り上げていければいいと考えています」

その上で今後、大熊町につくっていきたいのが「ムードのある場所」なのだそう。食事を取るなどの「目的を果たすための場所」はありますが、ジャズが流れアンティークの家具が置かれている店で、みんなでゆったりとお酒を飲むようなシーンはまだ大熊町には見られません。そんな風に一人でもみんなでも「たたずむ」ことができる場所を作れないかと、町民とともに構想を練っています。

また、まちづくりの面では「町の復興や地方創生を考える際に後回しにされがちな、教育・文化の再生を特に大切にしたい」と意気込みを語ってくれました。

「震災前の大熊町は、次の世代を担う子どもたちへの教育サポートがすばらしい町だったと聞いています。年配の方と子どもたちが一緒に活動できる場が用意されていたり、スポーツ振興が盛んだったり。図書館などの公共施設も充実していて、生涯学習や伝統文化の伝承などの面でも非常に魅力的な町だったことが伝わってきます」

かつて、岩手県での交流活動を通して「自分自身の人生が変わった」という谷田川さんだからこそ、大熊町に来ることで何か気づきを得たり、新しい道を見つけたりする若者も現れるはずだと考えます。

「大熊町と出会い、一緒に活動する中で、自分の生き方を見つけられた!と話す子ども・若者がもし一人でも生み出せるなら、とても嬉しいなと思います」

大熊町に移住してきて数ヶ月。これから動き出すさまざまな取り組みに、谷田川さんは意欲を燃やしています。

谷田川佐和(やたがわ さわ) さん

1997年生まれ、東京都出身。大学在学中は「一般社団法人ことば」のスタッフとして、岩手県沿岸部で異世代間交流を促進するボランティア活動に従事。2018年には同法人の理事に就任する。コロナ禍で岩手県での活動ができなくなったタイミングで「株式会社Oriai」の活動に参画。福島県大熊町で「おおくまハチドリプロジェクト」のスタートアップに携わる。2022年、25歳で正式にOriaiに入社。東京から大熊町に移住し、町民と協力しながら本格的に町の復興・再生に携わるようになる。大熊町の魅力のひとつは、星がきれいに見えるところ。

取材・文:岩崎 尚美 撮影:中島 悠二