移住者インタビュー

自分らしい生き方は自分次第。助けてくれる仲間を、まちの拠点を通じてつなぐ

2021年12月1日
川内村
  • 単身
  • 起業・開業
  • 里山暮らし

  • 移住してよかったこと
    惚れ込んだ地域の文化に関わることができる。
  • 移住先でこれからやりたいこと
    「町分オルタナギャラリー」を拠点に、地域の人や仲間と楽しい世界をつくっていきたい。
  • 移住を考える方へメッセージ
    自分の考え方次第でこれまでの環境から生活を大きく変えることができる。

川内村のメイン通りから少し小道を入った小高い場所にある「町分オルタナギャラリー」。神奈川県で育ち2013年に移住した中村雄紀さんが運営しています。

中村さんは2016年、かつて村の保育園だったこの建物を、村で出会った仲間たちと共同で購入。イベントやライブ、民泊ができる交流施設「町分オルタナギャラリー」としてオープンしました。

目の前にある「やりたいこと」を追い続ける。中村さんのギャラリーがあることをきっかけに移住を決めた人も多いとか。移住者でありながら地域の交流の場をまとめる存在でもある中村さんに、村での暮らしについて聞きました。

地域の祭を手伝いたい一心で移住を決意

――川内村に関わるようになったきっかけを教えてください。

「満月祭」ですね。村で40年以上続くヒッピーカルチャーを基にした音楽・文化フェスで、私も2009年から参加しています。

20歳になってすぐ、ワーキングホリデーでオーストラリアに2年半ほど滞在しました。そこでオーストラリア大陸の先住民の楽器「ディジュリドゥ」に出会い、その演奏を教えたり楽器を販売したりする店を持ったことをきっかけに部族や民族の文化にのめり込み、そこからヒッピーカルチャーに共感するようになっていきました。その後、帰国してサラリーマンをしていた2009年、知人の紹介で初めて満月祭に参加しました。今は主催者として運営に携わっています。

――本格的に村への移住を考え始めたのはいつごろだったのでしょうか。

満月祭で知り合った妻との結婚を機に震災後に妻の故郷であるいわき市に移住し、1年ほど暮らしました。その間も川内村に通って満月祭の手伝いをしていましたが、そのタイミングで、東日本大震災の影響で休館していた村の飲食宿泊施設「いわなの郷」が再オープンすることになりました。もともと自分が興味のあることに深く関わって生活したいという気持ちが強かったので、もっと満月祭の手伝いをしやすくするためにいわき市での建築関係の仕事を辞め、いわなの郷で働くことにしました。その仕事を通して村の人と仲良くなったこともあり、2013年に移住を決めました。

――移住当初はどのような生活をしていたのでしょうか。

満月祭に関わりたい一心で移住してきたので最初は知り合いも少なく、村内のどこに何があるのかも分かりませんでしたが、「いわなの郷」以外にも蕎麦屋や温泉施設「かわうちの湯」など村内のいろいろな施設で働いたことで顔を知ってもらったことで知り合いが増えましたし、村のことも知ることができました。2015年からは、村民が今後の村について話し合う「川内盛り上げっ課」という団体に参加しています。課のメンバーはもともと村で中心的な役割を担っている人が多かったのですが、最近は震災後に移住してきた人も多く、10人ほどで構成されています。

地域を楽しくするきっかけの場所にしたい

――「町分オルタナギャラリー」開設の経緯を教えてください。

2016年から、有志がそれぞれのスキルを持ち寄り、できる範囲で村に「にぎやかし」をつくろうと、地域のコミュニティセンターを借りて創作や座禅のワークショップを始めました。しかし、回を重ねるうちに自分たちの場所がほしくなり、たくさんの有志の方々からの寄付をいただいて元保育園のこの建物を買い取りました。こうした思い切ったことって、村でのしがらみが少ない移住者のほうがやりやすいのだと思います。

――どうしてこの場所を選んだのでしょうか。

この物件はもともと保育園閉園後にオーナーが何度か入れ替わっていて、買い取ろうとしたときにはごみ屋敷のようになっていました。でも、こうした物件こそ安く手に入れることができます。

このあたりの地区では、状態がよくない物件は年間1万円ほどの家賃で、場合によっては無償で手に入るケースもあります。安い分、自分でリノベーションなどが必要になりますが、低予算で喫茶店や民泊を始めることもできるかもしれません。地域の人と信頼関係ができると、安くて比較的きれいな空き家を見つけられるかもしれません。

――地元からの反応はどうでしたか。

私自身は無宗教ですが、座禅イベントをしていたからなのか、最初は宗教団体だと思われていたようです。そこで、もう少し身近に感じてもらおうと、最初は「オルタナ」だけだった名前に、ここの地名である「町分」、そして「ギャラリー」という言葉を加えました。営利目的だけではなく、楽しいことやにぎわいをつくって地域を楽しくするきっかけの場所にしたいと思い、ライブイベントを開催したり民泊として宿泊者を受け入れたりしています。保育園の卒園生がギャラリーを見に来てくれたこともありますね。

今後は、敷地内でのキャンプや宿泊のサービスをもっと充実していきたいと考えています。地域でできた仲間のアイディアもどんどん取り入れていきたいですね。

これまでの環境から生活を大きく変えることができる

――移住を考えている人にメッセージをお願いします。

自分の好きなことをやりたい、自由になりたい、地方で自分を変えたいなどと考えている若い人からの移住の相談をよく受けます。もし「もっと自由に生きたい」という気持ちがあればアドバイスしますし、ギャラリーのイベントに集まる若い世代とつなげることで、村で暮らしていくイメージを持ってもらいたいとも思います。実際、移住の検討や移住後の家を探すために長期間うちの民泊を利用する人もいます。

自分が苦手なことも、仲間が増えれば助けてもらえるし、できるようになります。最終的には本人次第ですが、低いハードルを一つずつ越えることで展望が見えてくるのではないでしょうか。

――実際にギャラリーをきっかけに移住してきた人もいらっしゃるそうですね。

これまで10人ぐらいいますね。仕事に追われる生活から解放された生き方ができるようになったり、自分の時間を持つことができるようになったり、おのおの自由に生きられる生活を手にしています。最近では「この相談者は中村さん向きかも」といって村から相談に乗るよう依頼を受けるようなことも増えてきました。

みんな諦めがちですが、考え方次第でいくらでも自分の好きなことをやって生きていけると思います。これまで働いていた環境から生活を大きく変えたい人、生き方を変えたい人に、このギャラリーから情報を提供していきたいと思います。

中村 雄紀(なかむらゆうき) さん

神奈川県で育ち、20歳からオーストラリアで仕事をした後いわき市へ移住。川内村で40年以上続くヒッピーカルチャーを基にしたフェス「満月祭」への思いを強くして2013年に川内村へ移住。現在はイベントや民泊として活用される「町分オルタナギャラリー」を運営し、満月祭の主催を担う。

町分オルタナギャラリー

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文:五十嵐秋音 写真:杉山毅登