車がなくても移動の自由を確保。浪江町で活用が進むデマンド交通「なみえスマモビ」
自動車がなければ、地方で生活するのは難しい――。そう考える人は多いのではないでしょうか。実際、地方は車社会。拠点となる鉄道駅に到着しても、そこから先、町内を巡る公共交通が極端に少ない、あるいは存在しない自治体も少なくありません。6年に及んだ全域避難からの復興途上にある浪江町も、そんな地域のひとつです。
しかし今、この町で行われている試みが多くの注目を集めています。その名は「なみえスマートモビリティ」(略称「スマモビ」)。日産自動車が中心となり、新しい「地域の足」として実証実験を重ねているオンデマンド型の交通機関ですが、地元の人たちのみならず、都会暮らしで車を持たない関係人口や移住希望者の人たちにとっても、非常に利便性の高い二次交通手段となっています。
どんな人たちがどのように利用しているのか。実証後はどんな展開を予定しているのか。それを伺うべく、町に常駐している日産自動車総合研究所・研究企画部主管の宮下直樹さんをお訪ねしました。
7カ所のデジタル停留所と約200カ所のバーチャル停留所で市街地をカバー
JR常磐線浪江駅の駅舎を出ると、目の前になにやら大きなタブレット端末のようなものが立っています。その画面をタッチしながら、宮下さんが説明してくれました。
「これがスマモビのデジタル停留所です。あらかじめユーザー登録してある方は顔認証で、登録していない方もゲストとして、希望する行き先を決めて配車予約ができます。操作はとても簡単。まちなかであれば通常5分以内で車が来ますよ」
その言葉どおり、このときは1分もしないうちに、車体に大きく番号が書かれたワンボックスカーがやってきました。常時3台が運行しており、予約が入るとオンラインで自動的に最寄りの車に指令がいくそう。ちょうどその場にいらした町民の女性と一緒に乗り合わせて、駅から1.5キロの「道の駅なみえ」に向かうことにしました。
車中でお話を聞くと、その女性は30代。自分の車もお持ちですが、スマモビは「夜の飲み会に行くときなど便利に使っている」とのこと。ほかにも、「小さい子どもを連れて出かけるとき、自分で運転しなくて済むのは楽なのでときどき利用しますね。それから冬、この辺ではめったに降らない雪が降ったときも、自分の車はスノータイヤを履いていなかったのでスマモビに助けられました」と、利用シーンを教えてくれました。
道の駅なみえにも浪江駅前と同じデジタル停留所がありますが、帰りはスマートフォンのアプリから予約をしてみます。
ユーザー登録してあれば、町内7カ所のデジタル停留所だけではなく、アプリ上に示される約200カ所の「バーチャル停留所」で乗降できるそうです。地図画面を見ると、町の中心部はバーチャル停留所を示す点だらけ。事実上「ほぼどこでも乗り降り自由」に近いのではないでしょうか。
「原則として、中心地であればどこにいても徒歩1分以内にバーチャル停留所がありますよ。そのほかにも、ユーザー登録された方のご自宅付近にはバーチャル停留所が設定されます」と宮下さん。
その機能を使って、こんどは駅前から少しだけ離れたスマモビ事務局の前で下車します。これほどきめ細かく乗降ポイントがあり、予約操作もシンプル。これならば、移住の準備で住居候補を探す時にも、就職先の見学や面接に行くのにも、きっと便利でしょう。
実証開始から3カ月、利用150回超えのヘビーユーザーも
このように予約に基づいて運行する「デマンド交通」は、「路線バスとタクシーの中間的な位置にある交通機関」(国土交通省「デマンド交通の手引き」より)で、従来の路線定期型交通に代わる「地域の足」として全国の自治体で導入が急増しています。
「でも、私たちが手掛ける『なみえスマモビ』には、他の地域ではほとんど類を見ない特徴があります。そのひとつが、週に3日は夜間(21時30分まで)も利用できること。これで夜の外食需要に応えられ、それが地域の飲食店の支援にもつながります」
もうひとつ特徴的なのが、今年5月、日産が東京大学と共に駅前に開設した「浜通り地域デザインセンターなみえ」の存在。ここにはスマモビユーザー登録窓口が設置されており、スマートフォンに不慣れな高齢者の支援も行っているそう。でも取材当日、宮下さんの背後の交流スペースに陣取ってわいわいとイベントの準備に励んでいたのは、20代30代の若者たちでした。
「いま浪江町には、地域おこし協力隊員をはじめ多くの若者が集まってきています。人が集まることで活動が始まり、そこに移動の需要が発生する。ただ『便利なスマモビを使ってください』と宣伝するだけでは、利用は伸びません。だから、町のにぎわいを創出することこそ重要だと考え、そうした活動を生む交流の場も同時に運営しているのです」
実際、スマモビの利用者にはさまざまな活動目的で町に滞在する大学生など若者も多いといいます。現在の登録ユーザーは約750人。その約半数が住民で、なかには毎朝夕の通勤の足として利用している人もいるとか。登録なしのゲストも含め、平均すると週に250〜300人が利用するというスマモビは、浪江町内の新しい移動手段として、たしかに定着しつつあるようです。
利便性を高めて事業化し、持続可能な運営体制へ
とはいえ、今はまだ「実証実験」の位置づけで運賃も無料のスマモビ。今後はどうなるのでしょうか。
「サービスを終了することは考えていません。ただ、メーカーである日産は、あくまでも車両と仕組みを提供する立場。数年以内に事業化し、運営は地元へ引き継ぐ予定です。その前段階として、まず運賃の有料化を検討しています(運賃設定は取材時点で未定)。このサービスを将来にわたって持続可能なものとするには、財源を含めてどのような体制で運営するのがベストなのか、その設計がとても重要になってきます」
震災前21,000人が暮らしていた浪江町の居住人口は現在1,900人。この地で「なみえスマモビ」が事業として成功すれば、持続可能な地域交通のあり方に悩む全国の過疎地への展開も期待できるといいます。
宮下さんは、スマモビの利便性をさらに高めるため、近日中に導入予定の2つの新機能を教えてくれました。ひとつは、町内のホテルや飲食店に「ミニ・デジタル停留所」のような端末を設置し、利用者がユーザー登録なしでもお店に配車予約を頼める仕組み。これなら町外からの来訪者でも気軽に、帰りの足を心配することなく夜の外出ができそうです。
「もうひとつは、子どもだけで外出する際のサポートです。地方では、郊外の自宅からまちなかの施設(たとえば図書館)に行くには親が車で送迎する必要があり、それが無理なら子どもは家に閉じこもるしかありません。そんな課題をスマモビで解決するサービスを検討しています」
スマモビは3台で運転手は決まっていますから、運転手さんとすぐに顔見知りになれるのも安心ポイント。現在15名ほどの登録があり、交代で乗務しているという運転手さんたちは、全員が地域のタクシー会社・バス会社などのプロ乗務員の方々です。
「ドライバーとの会話を楽しみながら、ネットに載らない地元情報を仕入れるというお客様も多いようですよ。移住に向けて地域の情報を収集したいという方は、ぜひスマモビを活用いただくとともに、『浜通り地域デザインセンターなみえ』に立ち寄って、地域の方との交流も楽しんでください」
「なみえスマートモビリティ」は現在、その名のとおり浪江町内だけの運営ですが、もともとこの事業は浪江町と隣接する双葉町、南相馬市と日産自動車ほか8企業が結んだ連携協定に基づくもの。宮下さんは「近い将来には、その2つの自治体でも同様の事業を開始したい」と語りました。
人々の知恵と最新技術を駆使した新しいモビリティが、この地域から全国へ広がる将来はそう遠くないのかもしれません。期待がふくらみます。
■なみえスマートモビリティ事務局
日産自動車株式会社 浪江事務所
住所:〒979-1521 浪江町権現堂上続町12浅田ビル4階
TEL:0240-23-5552(営業時間:10:00~17:00 ※日曜・年末年始休業)
HP:https://www.smamobi.jp/
■スマモビ配車受付時間(2022年9月現在)
月~水:8:00~19:30
木・金:8:00~21:30
土:10:30~21:30
祝日:10:30~19:30
日・年末年始:休み
■スマモビ乗車体験は旅行系YouTuberおのださんの動画でも紹介されています!
『夏のひとり2泊3日旅行記!福島の今を見てきました。』
■ふくしま12市町村移住支援交通費等補助金
移住の下見の際の往復交通費や現地宿泊費を補助しています。
https://mirai-work.life/support/transportation/
※レンタカー、タクシー等は対象外
■福島12市町村のカーシェア、レンタカーサービス
ほかにも、自由度が高くて現地での「ちょい乗り」に便利な二次交通として、カーシェアなども各地に展開されつつあります。ご活用下さい!
①カーシェア
▼NISSAN e-シェアモビ
・デザインセンターなみえステーション(浪江駅前)
▼HONDA EveryGo
・双葉駅前ステーション
・Jヴィレッジステーション(楢葉町・Jヴィレッジ敷地内)
▼出光興産 オートシェア
・大熊町役場駐車場ステーション
・大野駅東口ステーション
※実証実験中のため2023年3月末まで無料(最大4時間)
②レンタカー
▼100円レンタカー ※最短10分から利用可
・田村船引店
・南相馬原町店
▼トヨタレンタカー 原ノ町駅前店 ★
▼ニッポンレンタカー 原ノ町駅前営業所 ★
▼オリックスレンタカー 原ノ町駅前店
▼浪江観光レンタカー(浪江町役場そば)★
▼わんわん・れんたかー(富岡駅前)★
▼ぞうさんレンタカー(竜田駅前)
※★印は3時間プランの設定がある事業者
※内容は取材当時のものです。
取材・文:中川 雅美 写真:中村 幸稚