事業紹介

目指すは、納豆×〇〇!?地域で愛された味を受け継ぐ山乃屋の挑戦

2024年11月1日

「毎月どうやりくりしようかというお金の不安があっても、起業した今のほうが全然いいです」と、いきいきと事業について話してくれたのは、影山一也(かげやま・かずや)さん。もともと福島県伊達郡川俣町の山木屋地区で地元の方に愛されていた納豆の製造を2023年4月に引き継ぎ、納豆屋「山乃屋」として再出発しました。

避難指示解除後も住民が3分の1ほどしか戻っておらず、商売をするには依然として難しい状況の山木屋地区。しかし、「可能であれば納豆づくりに限らず、これからいろいろな事業を継承していきたい」と語る影山さんは、これからのまちの担い手として、地域に根づく事業を守りながらも、日々新たな挑戦を続けています。

納豆嫌いな人も、おいしく食べられる納豆

山乃屋の「山木屋納豆」は、ぱっと目を引く鮮やかなパッケージが特徴的。それぞれのパッケージカラーは、山木屋地区にちなんだ色で、赤は山木屋地区の復興のシンボルであるハート型の葉が特徴的なアンスリウムという花、黄色は稲穂、緑は山の新緑に由来しています。

現在は、豆の大きさや産地ごとに、3種類の納豆を近隣の道の駅やネットなどで販売。赤が小粒、黄色が中粒、緑が大粒で、どれも2個入り155円(税込)。甘めのタレとクセの少ない納豆の味わいが、相性ばっちりです

山木屋納豆は粘りが少なく、匂いも抑えられているため、納豆が苦手な人でも食べやすい、あっさりとした仕上がりが特徴。発酵時間や納豆菌の量などに工夫を凝らしながら、粘りや匂いを抑えているとのこと。それだけではなく、原料となる大豆にもこだわりがあるそうです。

影山さん 「うちの納豆は、どれも国産の大豆を使っているので、安心して食べていただけると思います。赤色の小粒は北海道産ですが、黄色の中粒と緑の大粒は、福島県産の大豆を使用しています。

一番人気は食べやすい小粒の納豆ですが、ほかではなかなか見ない大粒納豆のファンもいます。大粒だと、グラム数にばらつきが出やすく扱いづらいという欠点がありますが、大粒が食べたいという声もあり、開発に至りました」

影山一也さん

地域の産業を盛り上げることにもつながるため、なるべく福島県産の大豆を使い、地産地消を目指したいと考えている影山さん。しかし、県内でつくられている大豆は品種が限られていることもあり、原材料の生産地を絞ると、猛暑などの影響で生産が安定しなかった場合のリスクが高いと言います。特に今年は、大粒納豆の原材料となる大豆が不作で、製造の継続自体が危ぶまれているそうです。

また、可能なら山木屋地区で生産された大豆を使った納豆を開発したいという思いもありますが、そもそもの土地の性質が大豆の栽培に向かないため、なかなか実現が難しいのだとか。理想を形にするための課題はたくさんあります。しかし、できることから取り組んでいこうと新しい商品開発に挑戦し続けており、郡山女子大学の学生とエゴマを混ぜた納豆の開発に取り組んでいます。このエゴマ納豆は、2024年9月現在、年末の販売を目指し、準備を進めているところだそうです。

近隣にある山木屋地区復興拠点商業施設「とんやの郷」などで取り扱いがあるほか、製造工場の脇を通る道路沿いに設置された納豆専用の自動販売機でも購入できる。写真右に見えるのが納豆の自販機。納豆専用のタレを単体で購入することもできます

震災と二度の製造中止を乗り越えて

もともとは、自動車部品を製造していたカミノ製作所が、視力が落ちて細かな部品の扱いが難しくなってしまった高齢の従業員に仕事をつくろうと始めた納豆事業。日常に馴染んでいる食品の製造であれば事業として成り立たせやすいのではと考えたことや、系列店の食品事業で納豆販売に関わっていたことなどを背景に、カミノ製作所の新たな挑戦として始められました。しかし、東日本大震災の影響で山木屋地区は避難指示区域に指定され、やむなく休業に。2017年の避難指示区域解除とともに、いったんは納豆製造が再開されました。

震災が起こる以前、カミノ製作所の社員として自動車部品の製造に携わりながら、ときどき納豆づくりも手伝っていた影山さん。震災後は別の会社で働いていましたが、2017年の納豆事業再開とともに、本格的に納豆製造に関わるようになったそうです。

影山さん 「震災でカミノ製作所が休業したあとも、当時の社長さんとは連絡を取っていたので、事業が再開したときに『何か仕事ないですかね?』というお話をしたんです。そうしたら『納豆づくりを再開するので、もしよければ働きませんか』と声をかけていただいて。それをきっかけに携わるようになりました」

工場のさまざまなところに、カミノ製作所の名残があります

地元の方に愛されていたこともあり、事業再開後も納豆の売上は順調でした。ところが、社長の高齢化などを理由に、カミノ製作所は2021年に納豆事業を畳むことに。その後、いわき市内の焼肉店が事業を引き継ぎ、1階の工場で納豆を製造しつつ、建物の2階に焼肉店をオープンしました。しかし、住人の少ない山木屋地区での事業継続は難しく、2023年には撤退を決定。山木屋地区の納豆づくりは、ふたたび存続の危機にさらされることになりました。そのとき事業継承者として手を挙げたのが、影山さんでした。

影山さん 「製造工場のある建物を現実的な金額で借りられるということもありましたが、なにより、今まで納豆を買いにきてくれていた地域の方たちの『ここの納豆が大好き』『ここの納豆しか食べられない』という声に後押しされました。

『この納豆がなくなるのは寂しいから、なんとか続けてもらいたい』という話もたくさんいただいて、この土地でずっと続いてきたものをなくしちゃいけないという気持ちになりました」

そして、2023年4月に納豆屋「山乃屋」を創業します。影山さんは、納豆の製造は季節や気温によって豆の状態が変化するなど、奥が深いところがおもしろいと言います。

影山さん  「そのときによって、やっぱり違うんですね。たとえば、明日8時からつくろうと決めても、豆の状態が変われば、浸水する時間をずらさなければいけない。納豆を蒸すときの熱のあたり具合などに起因して、稀にうまく発酵しないこともあるんですが、その奥深さが、つくっていて飽きないところです」

ご縁で携わるようになった納豆づくりに、やりがいを感じていると話す影山さん

やりがいをもって納豆事業に取り組んでいる影山さんですが、軌道に乗せる道のりは簡単ではないと言います。なにより苦労しているのが、販路の開拓。事業継承したものの、過去に何度も製造が休止し、会社も変わっていることから、取引先との関係をゼロから構築しなければいけませんでした。

影山さん 「いろいろな店へ足を運んで、サンプルを持っていくなどの営業活動をしていますが、大手のスーパーなどには『どうせまた辞めちゃうんでしょう』と思われていて…。県内の大手スーパーに卸せるようになれば大きく前進するんですが、不安だから間に取次を挟んでほしいと言われることもあります。なかなか難しいところです。

それでも、この1年で山木屋納豆を取り扱ってくれる道の駅やドラッグストアなどが増え、事業を開始した頃の製造量と比べると、1.5倍程度に伸びてきています」

納豆工場の2階には、焼肉屋だった頃の什器などがそのまま残されています。このスペースを借りたい人も募集中だそう

納豆×〇〇を目指す

難しい状況の中でも、果敢に挑戦を続けている影山さん。郡山女子大学とのコラボレーションだけではなく、納豆アイスや納豆バーガー、レンズ豆納豆、キムチ納豆、塩昆布納豆、刻み梅納豆など、次々と新しいアイデアを実験しながら、新たな商品の開発にも取り組んでいます。

オンラインショップでは山木屋納豆のほか、近隣のパン屋さんとコラボし、コッペパンをセットにした「納豆ドッグセット」なども販売している

影山さん 「今年の6月に、山乃屋の1周年記念で、近隣のパン屋さんやお付き合いのある納豆屋さんにお声がけして、発酵食品のイベントを開きました。そのとき、うちの納豆を入れて、黒蜜ときな粉をかけた納豆アイスを出したんです。それがとても好評で、『おいしかったからぜひ販売してほしい』という声をいただきました。でも、なかなか商品化してくれるところと出会えなくて…(笑)。

今は納豆3種類のみの取り扱いですが、今後はいろいろな納豆の楽しみ方も提案しながら、商品開発していければと思っています」


また、商品開発にとどまらず、事業の規模を拡大し、地域で取り組んでいきたいこともあるのだそう。影山さんは、事業を継続するだけでなく、地域で新たな雇用をつくったり、生きづらさを抱えている人たちの働ける場所をつくりたいと力を込めます。

影山さん 「今は家族の力も借りながら、多くの仕事を僕ひとりでこなしている状況ですが、将来的には、地元の方を雇用したり、生きづらさを抱えている方たちが働ける場にもしていきたいですね」

ハイテクな製造設備が揃っている山乃屋の納豆工場


そのためにも、今後は他業種とのコラボによる相乗効果も狙っていきたいと言います。

影山さん 「可能であれば、どんどん事業継承をしたいと思っているんです。

たとえば老舗の豆腐屋さんやパン屋さん、ラーメン屋さんなど、後を継ぐ人がいなくて事業を畳んでしまうのであれば、自分が引き受けたいと思っています。

そうすることで、たとえばパン屋さんの技術を使って納豆カレーパンみたいな商品をつくり出せるかもしれないですし、ラーメン屋さんで定食として納豆を提供できるかもしれない。最初は手間がかかっても、その分売上もついてくると思うんです」

今後は、ネット販売も伸ばしていきたいと話す影山さん。店舗販売の際も、ただ納豆を陳列するのではなく、漬物を刻んだり、味噌を混ぜたりといった食べ方の提案を一緒にできれば、もっと納豆が普及していくのではないかなど、新しい試みへのアイデアが止まりません

予想できないこれからの挑戦

山乃屋の挑戦は決して楽な道のりではありません。事業継承から1年、地道な取り組みを経て、徐々に販売数は増えていますが「今も悩んでいるくらいギリギリですよ」と影山さんは笑います。売り上げを伸ばしていくための営業や、毎月の資金のやりくりなど、不安なことや辛いこともたくさんあると言いますが、「起業してみてどうですか?」という質問には「起業してよかった」と即答でした。

影山さん 「勤めている頃よりも、今のほうが全然いいです。資金面はまだまだ大変ですが、配達したり、納豆をつくったあと、早いときには15時とか16時には家に帰れるんですね。そこから、家で家族のご飯をつくったり、掃除をしたり、洗濯したりする時間が僕のストレス発散になっていて、のびのびと仕事ができています」

お客さんが手づくりしたという山木屋納豆のマスコットキャラクター。写真右端の人形は、影山さんをモデルに、眼鏡をかけたキャラクターへとアレンジが加えられています

精力的に事業に取り組む影山さんのアイデアは尽きません。実は納豆工場の上階には、カミノ製作所だった頃に会長がつくった演芸ホールや住居スペースなどが残されているのですが、今後は、そういった空きスペースを借りたい人と協業したり、イベントの開催などにも積極的に取り組んでいきたいと考えているのだそうです。

もともとはカラオケの設備があったという演芸ホールは防音が施されており、天井にはミラーボールが。片隅にはなぜか屋台もあります
立派なソファが備えられた応接間のようなスペース
ちょっと整えたら、すぐにでも住めそうな住居スペースもありました。ここには台所のほか、広々とした畳の部屋や、お風呂場なども備えられています

納豆アイスのように、さまざまな形での商品コラボを検討中の納豆はもちろん、アイデア次第で予想もつかない展開が起こりそうな建物の空きスペース。こんなことできるかも?こんなことやってみたい!と思いついた方は、ぜひ影山さんに連絡を(山乃屋ホームページ)。川俣町を盛り上げていく新たな挑戦が始まるかもしれません。

取材・文:Mizuno Atsumi 撮影:中村幸稚 編集:平川友紀