チャレンジを全力でサポートしてくれるまちだからできる自由なお酒づくり
- 南相馬市に移住した理由は?
町づくりに励むプレーヤーの熱い思いに共感したから - 地域の人の印象は?
チャレンジする人を全力で応援してくれる - 今後の展望は?
発酵文化を多くの人に伝え、自由な酒づくりをする酒蔵を増やしたい
福島県沿岸部に位置する南相馬市小高区を拠点に、自由なスタイルで酒づくりをする「haccoba -Craft Sake Brewery-」。運営する佐藤太亮さんは大学卒業後、IT関連企業で働く中で酒造りや発酵文化の魅力に引き込まれ、新潟の阿部酒造で蔵人を経験したのちに南相馬市で起業をしました。
haccobaでは、酒づくりだけでなく、蔵に併設された飲食スペースで奥様がレシピを考案されたスパイスカレーも提供しています。そんな佐藤さんに、南相馬市を新しいチャレンジの場として選んだ理由や今後の展望などをお聞きしました。
日本酒文化を受け継ぎ、現代的な視点で再編集したい
――haccobaではどのようなお酒をつくっているのでしょうか。
現在、日本で日本酒免許を新規で取得することはほぼ不可能だと言われています。そのため、海外での酒蔵立ち上げも考えていました。しかし、日本酒は日本の発酵文化を受け継ぐものなので、つくるならやはり国内で、という思いもありました。
「伝統ある日本酒文化を受け継ぎながら現代的な視点で日本酒を再編集するにはどうすればいいだろう」と考えるなか見つけたのが、「かつて東北地方では”東洋のホップ”と呼ばれる唐花草と日本酒の原料をかけ合わせたどぶろくがつくられていた」という文献でした。これは面白い!と思い、酒蔵で働くなどして経験を重ねたうえで、自分たちなりにビールの原料であるホップを活用したお酒の醸造に2021年2月から取り組み始めました。
現在は東北の一部地域に伝わるどぶろく製法「花酛(はなもと)」に基づき、日本酒の発酵過程でホップを加えて醸造しています。そこに現代のクラフトビールの自由な醸造スタイルを取り入れることで、多様な味わいをつくり出しています。
――酒蔵を立ち上げるにあたり、南相馬市を選んだ理由を教えて下さい。
妻がいわき市出身なので福島県に何度か来たことはありましたが、実は南相馬市と縁があったわけではないんです。「日本酒のフロンティアを切り拓く、垣根を超えた自由な酒づくりをしたい」という考えで酒蔵を立ち上げる候補地を探す中で大きかったのは、南相馬市小高区で起業支援などを行う株式会社「小高ワーカーズベース」代表の和田智行さんとの出会いでした。和田さんは一度人口がゼロになった小高区のまちづくりを「自分たちでゼロから暮らしや文化をつくっていける、フロンティアなまちだ」と捉えています。
この考え方と、私たちが思い描いていた酒蔵の姿は「フロンティアを開拓する」という点で親和性がありました。私自身、「酒蔵は地域文化の表現者」だと思っていることも重なり、自分たちの酒蔵を実現するにはこの場所がぴったりだと感じ、小高区で酒蔵を立ち上げることを決めました。
チャレンジを全力で応援してくれるまち
――「起業型地域おこし協力隊」として南相馬市に赴任されたと聞きました。
地方での起業をサポートしていただける起業型地域おこし協力隊として赴任しました。現在は、自治体から委託を受けて起業支援を行っている「Next Commons Lab 南相馬」で事業のサポートをしていただいています。
――民家をリノベーションしたというこちらの酒蔵。どのように物件探しをしたのでしょうか。
はじめは人通りの多い駅前で探していたのですが、酒蔵を立ち上げるという珍しい事業内容のため、物件を貸していただける方が見つからず困っていました。そんな時に再び声をかけてくれたのが小高ワーカーズベースの和田さんでした。もともと和田さんの親戚が所有していた空き家を私と妻の住む家として用意してくれていたのですが、その物件をなんと「酒蔵にリノベーションしたら?」と提案してくれたんです。購入したわけでもないのに、1階は人が住むには使えないぐらいリノベーションしてしまっていますが、それでも和田さんは快く受け入れてくださっています。
――酒蔵が完成したとき、地域の方はどのような反応でしたか?
「小高に地酒ができた」ととても喜んでくれました。小高は移住者のチャレンジを全力で応援する雰囲気がある町で、野菜をいただいたり、いつのまにか草刈りをしてくれていたり、地元の方々には様々な形で応援をしていただいています。そのお返しにお酒を持っていくこともあるのですが、そうするとそのお酒に対するお返しをまたいただいてしまうので、きりがないです(笑)。本当に温かく迎えていただいています。
浪江町にも醸造所を立ち上げ予定
――事業を開始してから今年で約1年ですが、振り返っていかがですか?
コロナの影響で飲食スペースの活用は思うようにいっていませんが、酒づくりに関しては楽しくやれています。うちの酒蔵では7〜9月は酒づくりをお休みして、10月から翌年の6月までを仕込みの期間にしています。お酒は2~3週間に一度販売するのですが、ありがたいことに毎回完売です。徐々に県外からのお客様も増えてきて、目標としていた「人が集う酒蔵」になってきていると感じます。
――小高区に移住して良かったと思うことはどんなことですか。
小高区ではハード面の整備が終わり、暮らしや文化をつくるフェーズに入ってきています。和田さんの影響もあり移住して起業する若者が多い地域ですが、そんな新規事業を次々に立ち上げ、まちづくりをするプレーヤーを地域の方々が本当に全力で応援してくださいます。そうして支えてくれる人の存在が大きいからこそ、熱気のある文化ができ始めていると感じます。
――今後の展望を教えて下さい。
どぶろくを始めとする日本の発酵文化を多くの人に伝えることで、私たちのように自由な酒づくりをする蔵が、日本だけでなく世界に増えてほしいです。そのためにも、酒づくりにおいてもっともっとチャレンジしなければいけないと思っています。
今年は新たに浪江町にも醸造所を立ち上げる予定です。通常、お酒を製造するにはそのジャンルごとの免許を取得する必要がありますが、そこでは「試験製造免許」という特殊な免許を活用することで、現在小高の醸造所でつくっている「クラフトサケ」のほか、日本酒やビールなど複数のジャンルのお酒をつくれるようにしていく予定です。「地域でシェアするブルワリー」というイメージで、地域の生産者さんとともに実験的なお酒をプロデュースすることで、生産者コミュニティの構築や、農産物のリブランディングを目指します。
将来的には海外にも酒蔵をつくることも考えていますが、あまり事業拡大を急ぎ過ぎず、地域の人と手触り感のある規模で酒づくりをしていければと思います。
佐藤太亮(さとう たいすけ) さん
1992年生まれ。埼玉県出身。慶應経済学部卒。楽天やWantedlyを経て独立。自身が「世界一美味しいと思っている」という新潟県「阿部酒造」で修行後、2020年に南相馬市小高区に夫婦で移住し、「酒づくりをもっと自由に」という思いのもと、ジャンルの垣根を超えた自由な酒づくりを行う酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-」を立ち上げる。酒づくりのほか、電力事業も始めている。
haccoba –Craft Sake Brewery-
※内容は取材当時のものです。
取材:髙橋晃浩 文:永井章太 写真:佐久間正人