生活・その他

自主性と郷土愛を育む「いいたて希望の里学園」の探求的カリキュラム

2023年12月19日
飯舘村
  • 子育て

飯舘村立いいたて希望の里学園は、2020年4月に開校した被災12市町村内初の義務教育学校(小中一貫校)です。村内にあった3つの小学校と1つの中学校を統合し誕生しました。

学園では、村の文化や伝統を子どもたちに伝え、未来へつなぐ活動に取り組んでいます。村の教育の新たな拠点となった学園の特徴や魅力について、亀田邦弘校長に話を聞きました。

林業の村ならではの、木のぬくもりを感じる校舎

かつて飯舘村には、草野・飯樋・臼石の3つの小学校と飯舘中学校の計4つの村立学校がありました。全村避難後、3つの小学校は川俣町、飯舘中学校は福島市飯野町の仮設校舎で授業を続けてきましたが、2017年3月31日の避難指示解除を受けて2018年に7年ぶりに村内での授業を再開。その後、2020年4月に義務教育学校として再編されました。

校内にはかつて村内にあった4校の校旗が掲げられている

校舎として使用するのは改修した旧飯舘中学校。震災以前から林業が主要な産業の一つだった飯舘村らしく、木材がふんだんに使われたぬくもりある校舎です。吹き抜け一面の大きな本棚やらせん階段など、随所に遊び心も感じられるつくりで、「この校舎自体が学校の自慢の一つ」と亀田校長は語ります。

校舎1階から2階へ続く螺旋階段

生徒は83名。小学生にあたる前期課程58名、中学生にあたる後期課程25名で構成されています(2023年11月現在)。そのうち村内から通っているのは約4割。残りの6割は、仮設校舎があった川俣町や福島市のほか、伊達市や相馬市から通う子どももいます。また、県外から移住してきた家族の子どもも増えています。村では子どもたちの各居住エリアに向けて計10台のスクールバスを運行しており、ほぼすべての子どもがバスで学校に通っています。

学園の敷地内には幼保連携型認定こども園もあり、村の子どもは0歳から15歳までの長い期間をこの場所で過ごすことになります。発育段階の壁を超えた交流が生まれることは、子どもたちにとってプラスになるのはもちろん、先生の資質や能力の向上にも結び付き、より質の高い教育の提供につながると亀田校長は言います。

飯舘村立までいの里のこども園

中1ギャップ解消やキャリア教育にも積極的

学校では、小中一貫教育のメリットを最大限に活かした指導体制を整えています。その一つが、英語や数学、音楽、体育など、専門の免許を持つ後期課程教員が前期課程の授業を担当する「乗り入れ授業」の導入です。前期課程から後期課程に移っても同じ先生のもとで学べるため、通常の義務教育の課題の一つといわれる中1ギャップ解消につながります。学ぶ環境づくりにも積極的で、イングリッシュルームなど教科ごとに特化した教室の整備やICTの活用にも積極的に取り組んでいます。

イングリッシュルームでの授業の様子

現在、村内には高校がないため、卒業後は村外の高校へ通うことになります。保護者が送り迎えをするケースのほか、村内を経由して福島市や南相馬市へ向かうバスが出ており、1時間前後で通えるため、バス通学をする生徒もいます。村では高校の通学にかかる交通費を補助する制度を用意しているため、費用の心配なく通学できます。

また、高校の先の学びをイメージするためのキャリア教育にも取り組んでおり、震災後に交流が生まれた上智大学の学生たちから、彼らがどのように学び成長してきたか、その道のりを教えてもらう機会を設けています。両親や先生よりも年齢が近い先輩から話を聞くことが自分の未来を考える貴重な機会になっていると亀田校長は言います。

地域の人々との交流から学ぶ「いいたて学」

義務教育のカリキュラムに加えて学校が教育の柱としているのが、「いいたて学」と呼ばれる地域に根差した学びです。いいたて学は、義務教育学校ならではの特別なカリキュラム編成により創設された教科で、飯舘村の自然・歴史・伝統を体系的に学び、発信しています。学園に通う子どものほとんどが震災前の村の暮らしを経験していない世代となるなか、村そのものを学ぶことから村の魅力を感じ取り、未来の飯舘村を担う人材を育成することをねらいとしています。

いいたて学で重視するのは、机上の学びではなく、地域の人々と交わり、人々の力を借りながらふるさとを知ることです。村と学校をつなぐ地域支援コーディネーターと連携し、住民と子どもが自然に接点を持てる体験型プログラムを充実させています。

そのうちの一つが、2022年度から始まった「しみじみマスタープロジェクト」。飯舘村に古くから伝わる伝統的な食文化の一つ「凍み餅(しみもち*」に、すべての学年がそれぞれの役割で関わり学ぶカリキュラムです。小学生に相当する前期課程では凍み餅づくりを体験。中学生にあたる後期課程では飯舘村に凍み餅文化が根付いた背景を学ぶほか、前期課程の子どもたちがつくった凍み餅を商品化。ラベルのデザインも子どもたちが考えました。

*凍み餅…つき上がった餅を寒風にさらして乾燥・凍結させた、東北地方や信越地方に伝わる保存食。水に半日ほど浸すことで元の餅と同じように食べられる。

子どもたちが作った凍み餅のパッケージ

亀田校長はいいたて学の効果について、単に村を知ることだけでなく、特に後期課程において子どもたちの自主性を育むことにつながっていると言います。また、それを見て育つ前期課程の子どもたちへのプラスの影響も大きいと考えます。

「こうした探求的な活動を通して、自分たちがこの村の良さを発信する当事者であること、未来の担い手であることの意識が芽生えることを願っていますし、実際、言葉の端々や授業に取り組む姿勢の中に意識の変化を感じています。先行き不透明、予測困難などと言われる時代ですが、いいたて学を通して、村の未来も自分の将来も力強く切り拓いていけるような大人に育ってくれたらうれしいです」

亀田邦弘校長

子どもが真ん中、子どもが主役の学校に

10月末に開催される学園の文化祭「赤蜻祭」では、毎年子どもたちの合唱で唱歌「ふるさと」が披露されます。通常は歌詞が3番までの「ふるさと」ですが、赤蜻祭で披露される「ふるさと」の歌詞は4番まであります。この4番は、かつて仮設校舎で学んでいた世代の子どもたちが自ら考え作ったものです。新型コロナウイルス感染症の影響で村民のみなさんに直接発表することができない年が続きましたが、2023年からは再びみなさんの前で披露する機会が戻りました。

子どもたちが作った「ふるさと」の歌詞

子どもたちと村に出るたびに、村に学びの拠点が戻ったことに対する村の人々の喜びを感じると言う亀田校長。その思いを受け止めながら、こんな学園を作りたいと語ってくれました。

「飯舘村には、子どもたちの成長を地域のみなさんが一緒に喜んでくださる空気があります。子どもたちと交流することで元気をもらえると言っていただけることも少なくありません。行政の方々も、仮設校舎の時代から子どもたちの教育環境をしっかりと守り続けてくれました。その大きな期待や一村一校の学園として果たすべき役割を教職員とともに理解しながら、子どもが真ん中、子どもが主役の学校を作っていこうと思っています」


■飯舘村立いいたて希望の里学園
住所:〒960-1803 飯舘村伊丹沢字山田380
TEL:0244-42-0003
HP:https://www3.schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=0720022

※所属や内容は取材当時のものです。
文・写真:髙橋晃浩