生活・その他

学校全体、村全体で子どもを守り育む。義務教育学校「川内小中学園」の取り組み

2023年10月24日
川内村

阿武隈高地の山懐に抱かれた川内村は、「蛙の詩人」と呼ばれた故・草野心平さんが愛した村であることもあり、昔から文化や芸術、教育に関心の高い村です。

そんな川内村に2021年4月、新しい村立の学校「川内小中学園」が開校しました。旧川内小学校の広々とした敷地を活用した義務教育学校で、小学1年生から中学3年生に相当する9年生までが同じ環境の中で学んでいます。2023年10月現在の児童生徒数は64人。8割以上の子どもは村が運行する4台のスクールバスで通学しています。両親の地元が川内村など、何らかのゆかりがあり引っ越してきた子どもも含めれば、全校生徒のうち約3分の1が移住者の子どもです。

川内小中学園では、学園独自のさまざまなチャレンジにより、子どもたちの成長に合わせた教育体制を整えています。志賀拓広校長に、その取り組みについて話を聞きました。

すべての先生がすべての子どもを知る学校

村の中心部に位置する川内小中学園。旧川内小学校の2棟の校舎を「前期棟」として活用しつつ、新たに「後期棟」として中学生用の校舎を一棟新築した全3棟で構成されています。木のぬくもりを感じさせる外観が魅力の旧川内小学校のデザインを後期棟にも活かした、統一感のある美しい校舎です。校舎内は廊下が広く設計されており、のびのびと遊ぶ子どもたちの姿が目に浮かびます。

義務教育学校とは、小学校と中学校の義務教育課程を一本化し9年間の教育課程とした新しい教育制度です。この制度のもと、川内小中学園では大きく以下の3つの教育方針を掲げています。

  • 義務教育の9年間を一貫した教育方針のもと、【川内ならでは】の特色ある教育を推進し、川内っ子の生きる力を育みます。
  • 義務教育学校のメリットを最大限生かしながら川内っ子の確かな学力を育成します。
  • 「川内に生まれ、川内で育ってよかった」という川内っ子の思いを育み、ふるさと川内に誇りをもてる教育を推進します。

一つ目の方針にある【川内ならでは】の教育について、志賀校長はこう語ります。

「川内小中学園では、1~4年生の4年間をホップ期、5~7年生の3年間をステップ期、8~9年生の2年間をジャンプ期と定めています。小学生と中学生の境目をあえてステップ期として一つにすることで、いわゆる『中1ギャップ』を生み出さない工夫がなされています。私たちにとっても経験のない取り組みであり、先生方には大きな挑戦となったと思いますが、子どもたちは大人が思う以上に柔軟に適応し、違和感やストレスなく学校生活を送ってくれています」

志賀拓広校長

授業においては、英語や音楽、体育など、教える側にある程度の専門性が求められる教科に関しては、中学校の先生が小学生にも授業を行っているといいます。その効果を志賀校長はこう強調します。

「学年に関係なく、すべての先生がすべての子どもを知り、声をかけてあげられる環境を実現しています。先生にとっては学年に関係なく全生徒が自分の受け持つ子どもであり、子どもたちにとっても教師全員が自分の先生だということです。特に小学生にとっては、中学校の先生に褒められることが大きな喜びになるでしょうし、人との関わりを増やし多様な価値観に触れていく意味でも効果は大きいと思っています」

小学1~6年生の外国語活動・英語の授業では、中学校の先生に加えて川内村の教育委員会から派遣されたALT(Assistant Language Teacher=外国語指導助手)も授業に参加。早い段階からネイティブの発音に触れる機会を提供するなどのサポート体制も充実している。

さらに、7~9年生を対象にした取り組みとして、教科センター方式を採用している点も特徴の一つです。一般的な中学校のように各教室に教科担当の先生が出向くのではなく、学年ごとに「ホームベース」と呼ばれる共用スペースを設けて、生徒がホームベースから各教科の専用教室に移動して授業を受けるのが、教科センター方式です。教科ごとに教室が固定されることで、より効率的な教室の利用が可能になると同時に、先生にも余裕が生まれ、子ども一人ひとりに向ける時間をより多く確保できるようになっています。

7~9年生はホームベースを拠点に各教室へ移動しながら授業を受ける
英語教室。他の教科の授業のために資料を片付ける手間がない分、先生はより中身の濃い授業を提供できる

下級生にやさしい上級生、上級生に憧れる下級生

教育方針の2つ目に挙げられた「義務教育学校のメリットを生かす取り組み」においても、学年間だけでなく、子どもと先生の境をできる限り取り払った交流を生み出すことを目指しています。例えば、お昼は「全校合同給食」として1~9年生まで全員がランチルームに集まり、先生も含めたランダムな4人のグループとなって、そのグループごとに同じテーブルで給食を食べます。給食当番も学年で区別することなく一緒に担当します。こうした取り組みを随所に取り入れることで、上級生は下級生にやさしく接し、下級生は上級生に憧れる心が自然に培われていると志賀校長は語ります。

ランチルーム

教育方針の3つ目に掲げられた「ふるさと川内に誇りをもてる教育」については、「地域の人々が子どもを見守る温かさに支えられている面が大きい」と志賀校長は語ります。

「川内といえば人の温かさと言えるぐらい、村のどこに子どもたちを連れて行っても本当にみなさんによくしていただいています。学校がやることを全力で応援してくれる空気が村全体にあるんです。震災をきっかけに村から子どもの声がまったく聞こえなくなった状況をみんなが知っているからだと思います。そうした村のみなさんの支えに応えられるよう、学校側からも子どもたちが頑張っている姿をしっかり発信したいと思っています」

校舎内には、地域と学校をつなぐコミュニティハウス「地域文化伝承教室にじいろ」も設置。地域活動やパソコン教室、ピアノ教室などで村の人々が訪れる機会も多く、閉鎖的になりがちな学校という存在を、村民にとってより身近なものにしています。「にじいろ」は休み時間や放課後などには子どもたちにも開放されています。

地域文化伝承教室にじいろ

どこへ行っても『川内っ子』の誇りをもてる教育を

実は、川内小中学園の敷地内には幼保連携型の認定こども園「かわうち保育園」もあります。つまり、最も長い子どもの場合は15年もの時間をほぼ同じ空間で過ごすことになります。こうした一貫した教育サポート体制も、村の人々に「学校の子どもは、村の子ども」という意識をもたらし、大事に守り育てる思いを生み出しているのかもしれません。

「この学校を出たあとにそのまま川内から高校に通える子どもは、毎年1人か2人しかいません。ほとんどの子どもたちはこの地を離れ、郡山市や広野町、いわき市、南相馬市などで寮生活を送るなどしています。だからこそ、巣立ちの場としての責任を持ち、どこへ行っても『川内っ子』として誇りをもって過ごしていけるよう、学校全体で子どもたちを教育することを大事にしていきたいと思っています」

そして、ここに集まるすべての子どもたちに川内の良さを知ってもらい、ここが故郷だ、ここで学んで良かったと思ってもらえる教育を提供したいと、最後に志賀校長は語ってくれました。


■川内村立川内小中学園
住所:〒979-1201 川内村大字上川内字沼畑125番地
TEL:0240-38-2004
HP:https://schit.net/kawauchi/kawauchi-c/

※所属や内容は取材当時のものです。
文・写真:髙橋晃浩