支援制度

田村市の空き家で「やりたいことを好きなだけ」~グリーンウッドワークに打ち込む自宅兼作業場に

2022年10月17日
田村市
  • 空き家バンク

田村市都路町(みやこじまち)の山中に、静かにたたずむログハウス。元々は別荘地として分譲された家屋が並ぶ中、ある1軒からコォンコォンと高く柔らかい音が響きます。

この家に住む安田康さんは、福島県須賀川市の出身。2021年に田村市での生活をスタートさせた移住者です。安田さんは生木を使ったものづくり「グリーンウッドワーク」の面白さに魅せられ、田村市内の空き家を活用し、自宅兼作業場を整備しました。指先に伝わる生木を削る感覚と、少しずつ形作られる作品の変化を楽しみながら、穏やかな時間を過ごしています。

今回は、安田さんに移住の経緯や今の生活の様子を伺うとともに、安田さんの移住をサポートした田村市の一般社団法人Switchにも移住サポート事業についてお話を伺いました。

「楽しい」と言い切れる 現在の暮らしの魅力とは

田村市の山中で木々との暮らしを楽しむ安田さん

安田さんがグリーンウッドワークと出会ったのは、福島県古殿町。震災後に訪れた工房で、味のある作品と制作過程の面白さに惹かれました。グリーンウッドワークとは、伐採したばかりの乾燥していない生木の木材を用いて、伝統的な手工具を使って時間をかけて加工する、産業化が広まる以前のものづくりです。生木の伸縮などの特性を活かして、家具や生活道具を形作っていきます。

安田さんは田村市の山中にある空き家を活用し、グリーンウッドワークに存分に没頭できる作業場と、自然に囲まれて暮らせる住宅を同時に手に入れました。今の暮らしについて質問をすると、安田さんは迷いのない笑顔で「楽しいですよ」と答えてくれました。

少しずつ、かたどられていく木材の変化を見守る安田さんのまなざしは、真剣で温かい

「自分のペースで、自分のやりたいことだけをやる。そんなゆっくりとした暮らし方ができています。雑多な情報から隔離されて、自然が四季折々に変化していく様子を楽しんでいますよ」

安田さんの住まいは、降り注ぐような木々の緑に囲まれ、やわらかな日差しに満ちています。車や人の営みの音は一切届きません。あるのは、自然と、木工と、ゆっくりと流れる時間だけ。

そんな特別な環境に憧れて、安田さんの友人も時折訪れるそうです。取材に訪れた際もご友人が1人滞在していて、木の器を制作中でした。8時間かけて黙々と木を削る作業に、時間を忘れて没頭できたとのこと。

「東京の友人家族が来た時は、子どもと一緒に木工や松ぼっくり探しなどに夢中になっていましたね。ここを“ことあるごとに来たい場所”と言ってくれたのがうれしいです」

山中での生活に不便さを感じていないかも聞いてみました。

「そもそも、生活が大変になると心構えをしてから移住しているので、予想以上の苦しさは少なかったですね。強いていうなら、予想以上だったのは寒さと除雪の入らない雪道の不便さくらいです。日々の買い物や仕事での長距離移動が苦ではなくなるのは、感覚がゆっくりになるからかもしれません」

すぐにピンときた 住みたいと思える空き家との出会い方

安田さんが現在の住まいと出会ったきっかけは、一般社団法人Switchが企画運営する「空き家巡りツアー」でした。

グリーンウッドワークの作業を十分に行える空き家を探していた安田さん。古殿町でグリーンウッドワークを学んだ後は、須賀川市の実家の一部を作業スペースとしていましたが、木材の保管スペースや加工に伴う音への配慮など、窮屈さを感じることが多かったといいます。知り合いのつてや県内の各市町村の空き家バンクの情報など、理想の空き家を探す努力はしていましたが、なかなか思うような物件には出会えませんでした。

「Switchで行っていたのは、イベント形式で誰でも気軽に申し込みができる見学ツアーだったので、参加しやすかったですね。SNSで投稿を見つけて、すぐに参加を申し込みました」

アトリエ部分は広々と明るく、大きな加工道具を置いても狭さを感じない

そして訪れた空き家巡りツアーの当日、5組ほどの参加者と一緒に4件の物件を巡りました。そのうちの1件目に訪れた物件が、現在居住しているこのログハウス。元のオーナーが陶芸をたしなんでいたため、1階部分に広々としたアトリエがある物件でした。2階には居住スペースもあり、ものづくりをしながらの暮らしにはうってつけです。

「広い作業スペースがあるし、静かに過ごせる。チェーンソーや木工道具を使っても音が気にならないし、深い木々に囲まれている環境もよくて、まさにやりたいことをやれる家でした。訪れてすぐに、ここに決めたいと思いました」

安田さんは空き家巡りツアーが終わった後、すぐにSwitchへ連絡を入れました。

周りの力を借りながら、空き家を住める場所へ

アトリエのあるログハウスに移住を決めた安田さん。しかし、この物件で生活を始めるためには準備が必要でした。

もっとも緊急性が高かったのが、水回りの修繕。冬季の凍結によって水道管が破損しており、ボイラーも付け替える必要がありました。その修繕を行う際も、Switchの心強い支援があったそうです。補修費用の助成金の申請や、大家さんとのやりとりの仲介など、安田さんと各関係者との間に立ってサポートを行ってくれました。

「必要なことは不足なく、だからといって押しつけがましさがなかったのがよかったです。私のやりたいことを尊重して、自分で自由に決められる幅を残してくれたのが助かりました」

また、老朽化した箇所の改修や、外構工事には仲間の力を借りました。知人たちのつながりで人手や材料を工面して、できるだけ費用がリーズナブルに済むように改修をしたそうです。朽ちかけていたため撤去した外階段の木材を利用して、薪棚も作ることができました。

こうして、朽ちていく一方だと思われていた山奥の空き家に、ぬくもりがよみがえりました。不要だった空き家が、安田さんと出会うことで、すてきな住まいとして生まれ変わったのです。

グリーンウッドワークを通して、心が疲れた人を癒したい

安田さんに、これからの夢について伺いました。

「ゆくゆくは、このログハウスを使って滞在型の木工体験も提供できたらと思っています。例えば、子どもにものづくりや自然体験をさせたい人や、社会生活にストレスを感じている人など。普段は味わえない生木加工の感触や達成感、周辺の自然や地域のモノコトに触れて心を自由にできる場所として、気軽に来てもらえるようにしたいです」

何かに夢中になれる時間を持つことは、大人になるほどにぜいたくと感じてしまいがちです。だからこそ、自分に必要なものしかない場所は、自分と対話をして人生の面白さを問い直せる貴重な環境なのかもしれません。

「あとは、グリーンウッドワークの魅力を広めて、その良さや楽しみを共有できる人を増やせたらうれしいです。作業に慣れて、自分のオリジナル作品を作れるようになったら、お互いの作品を見せあえる仲間ができるじゃないですか。そうなったら楽しいですね」

安田さんの笑顔からは、グリーンウッドワークで広がる夢の輝きを感じました。

そんな自分らしい生活ができる場所を、移住によって手に入れた安田さん。これから移住を考える方へ向けたメッセージをいただきました。

「住まいを探したいと思ったら、常にアンテナを張っておくのが大切ですね。紹介してもらえる種を周囲にまいておくことで、情報が集まりやすくなります。

また、ハードルを高く考えすぎずに、まずは行って見てみることが重要だと思います。実際に見てみないとわからないことが多いので。その面では、Switchの提供してくれた気軽にお試しできるスタンスの空き家巡りツアーは、とても参加がしやすくありがたかったです」

Switchが後押しする田舎暮らし

次に一般社団法人Switchで「田村空き家の窓口」を担当する佐久間朱妙 (あけみ)さんにお話を聞きました。

「Switchでは、田村市の地域づくりを行政や企業と連携して行っています。わかりやすく言えば、地域と関係各所をつなげるパイプ役です。田村市が住みたいまちとなるように、住民の活躍の場づくりやコミュニティづくり、人材育成などのプロジェクトを企画運営しています」

Switchが手がける事業の一つが、空き家の相談窓口です。田村市の地域課題である空き家問題の解決と、移住者の住まい探し問題の解決を目指して2018年に開設されました。

「震災後に人が離れてしまった別荘地や、オーナーの高齢化で管理ができなくなった住まいなど、田村市には多くの空き家が存在します。一方で、移住希望者からも住まい探しが困難という声がありました。例えば、気に入った空き家があっても、オーナーが修繕費用を負担できず契約に至らないなど。住まいが見つからないことが、移住へのハードルを上げていました。それらを解決するために立ち上げられたのが空き家の窓口です」

田村空き家の窓口の具体的なサービス内容は、移住に関する相談対応、空き家見学の実施やマッチング、改修や入居までのサポートや、大家さんとの仲介など。空き家の管理に悩みを抱えるオーナーと、新天地への移住に不安を抱える移住者、それぞれの気持ちに寄り添って、入居までの過程を仲立ちしています。

これからも住みたい・住み続けたい地域づくりを目指す

移住者と地域のつながりを創出するコミュニティ農園「nami-nami farm」(提供:Switch)

移住者が楽しく田舎暮らしを続けられる田村市でありたい。そこでSwitchが特にこれから力を入れていきたいのは、コミュニティ形成だと言います。

「移住したら終わりとなる支援の仕方は、移住者の孤立・孤独につながります。そこで、移住者と地域との接点づくりを行っていきたいです。現在でも、ヨガや親子の山遊び体験、コミュニティ農園など、地域と移住者とが協力して同じ目的で活動する取り組みを行っています」

住みたい地域から住み続けたい地域へ、誰もが暮らしを楽しめる田村市になるようにSwitchは挑戦を続けています。

これから移住を考える人へのアドバイスを伺いました。

「昨今はリタイア後のセカンドライフを充実させたい方や、子どもを自然豊かな環境で育てたい方などからの移住相談があり、田舎暮らしニーズの高まりを感じています。その中でも、DIYやリノベーションに興味や憧れがある方には、空き家利用は特におすすめです。修繕にかかる費用の相談や大家さんとのやりとりの仲介など、空き家への移住で困難を感じやすい部分はSwitchがサポートします。叶えたい暮らしのイメージが具体化してきたら、ぜひご相談ください。一緒に実現していきましょう」


■田村空き家の窓口
住所:〒963-4313 福島県田村市船引町石森字舘108(テレワークセンター「テラス石森」内) 
TEL:0247−61-7579 (受付時間:9:00~17:00 土日祝日を除く) 
HP:https://tamura-akiya.com/

■田村市の移住定住サイト「たむら暮らし」
田村市の暮らし、住宅、仕事・起業、子育て、就農に関する支援制度情報は、田村市の移住定住サイト「たむら暮らし」にまとめて掲載されています。イベント情報も随時更新しています。ぜひチェックしてみてください!
HP:https://tamura-ijyu.jp/
Facebook:@tamuragurashi
Instagram:@tamuragurashi

安田 康(やすだ こう) さん

1974年生まれ、福島県須賀川市出身。 高校卒業後、神奈川県の写真専門学校で技術を学び、中国へ渡航してカメラマンとして就職。帰国後、趣味のフライフィッシングの釣り具制作に取り組む中、震災翌年に古殿町にて「グリーンウッドワーク」(生木を手道具で加工するものづくり)に出会う。2021年より田村市都路町の空き家を改築した住居兼作業場へ移住。「グリーンウッドワークきこり工作室」として木工品の制作・木工教室の開催に取り組んでいる。

※内容は取材当時のものです。
取材・文:橋本 華加 写真:鈴木 宇宙