移住者インタビュー

川俣町で挑戦する新しい農業のカタチ 農業で町をつなぎたい

2022年9月4日
川俣町
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川俣町は「シルクのふるさと」、日本最大級のフォルクローレ音楽祭「コスキン・エン・ハポン」を開催する町としても知られ、名産は川俣シャモ。最近はNHK朝ドラ「エール」で、作曲家・古関裕而ゆかりの地としても知られるようになりました。

そんな川俣町の新しい名産として力を入れているのが、南国の花・アンスリウムです。アンスリウムは熱帯アフリカ原産で、その多くは台湾などからの輸入に頼っていますが、川俣町では、「かわまたアンスリウム」と名付け、町内で組合をつくり、栽培に注力しています。

埼玉県出身の谷口豪樹さんも生産者の一人。若き就農者として組合を支えていますが、実は谷口さんは、アンスリウム栽培を始めるまで、農業はまったくの未経験でした。

今では「アンスリウムを出荷するときは、娘を嫁に出すよう」というほど、想いを込めてアンスリウムを栽培している谷口さんが、農業を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

農業は選ばれた人にしかできない仕事 その姿に惹かれて

埼玉県狭山市に生まれた谷口さん。関東の中では比較的田畑の多い地域に育ったものの、幼いころや学生時代などに、特に農業に触れる機会はなかったと言います。

就職したゴルフ用品専門店では、商品をより説得力を持って販売するため、プロゴルファーの資格を取得。やりがいを感じながら業務にあたっていました。

福島県との出会いは、東日本大震災から2年半後の2013年12月。転勤で福島市に配属され、そこで出会った川俣町山木屋地区出身の女性と結婚。谷口さんと川俣町の「縁」が始まります。

福島市から別の地への転勤辞令が出た際、谷口さんはその辞令を断り退職。転職して福島に残ることを選びました。

「福島で働いているのに『復興』に関われていないというモヤモヤがありました。家族もできましたし、福島を離れて別の場所で働く気持ちにはなれなかったんです」と振り返ります。

そんななか2017年に、山木屋地区から避難区域外の川俣町内の中心地区に避難している、義父の小菊生産の手伝いを経験します。避難先でも農業を続け生産者であり続ける姿、脈々と受け継がれてきた技術や目利き。「農業は選ばれた人にしかできない、特別な仕事だと感じました」と谷口さん。その姿に惹かれ、農業に興味を持ち始めました。

南国の花「アンスリウム」を北国で育てるという挑戦

川俣町は2017年、アンスリウムを町の「復興の花」として生産を始めるため、町内11件の農家で「川俣町ポリエステル媒地活用推進組合」を発足。町からアンスリウム栽培農家の公募があり、谷口さんはそこに手を挙げ、2018年から組合に加わりました。

アンスリウムの生産をすることで、農業で町の復興に寄与できること、熱帯アフリカ原産のアンスリウムを北国である福島で特産品にしようという挑戦、そしてアンスリウム自体の市場価値が高いことなど、さまざまな要素が噛み合って、サラリーマンからアンスリウム農家へ転身した谷口さん。その選択に迷いはなかったと言います。

谷口さんのハウスでは1年を通して、約40種類、10色以上のアンスリウムを栽培している

「義父をはじめ、先輩農業者には尊敬の気持ちが強くあります。一方、従来からある生産者の高齢化という課題に加えて、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故により避難を余儀なくされた山木屋地区では、農業の衰退が加速するのを目の当たりにしていました。外部の人を巻き込んで、新しい生産物を作り、山木屋の農業を守る。引き継ぐのは今なんだなという使命を感じたんです」

子どもも大人も楽しめる「観光農園」を川俣に

谷口さんは、2021年に自身の農家を法人化。株式会社smile farmの代表として、パートを含め10人のスタッフを雇用し、アンスリウムの生産に加えて観光農園の運営も始めました。

観光農園として利用している4つのハウスは、震災以降10年以上使われていなかったイチゴを栽培していたビニールハウスを谷口さんが借り受けたもの。アンスリウムのほかに、イチゴ、ひまわりなど季節ごとに違った植物を植えて、イチゴ狩りや花を使ったワークショップなどを行い、ただ花を見るだけの温室ではなく家族みんなで楽しめる場所を目指しているそうです。

「新型コロナウイルス感染症の流行で遠くに出かけられなくなってしまった人たちが、近場である福島県内で楽しめる場所を川俣町につくれたらと思いました。川俣町は福島市や二本松市にも近く、街で暮らす人たちが週末足を延ばすのには便利なので。広いハウスの中、1組限定でのイチゴ狩りは、三密を避けることができ、家族だけで楽しむことができます。私にも娘がいますが、まだ小さいのでアンスリウムよりイチゴが好きです。もちろん、花が好きな人はアンスリウムは1年中楽しめますし、ほかの花は季節ごとに入れ替えます」とハウスを案内しながら、生き生きと話す谷口さん。

「もともと接客業をやっていましたし、『人に喜んでもらいたい』という気持ちが強くて、そのためにはどうすればいいのか常に考えているんですよね」。2022年はイチゴ狩りだけではなく、観光農園で生産したイチゴともち米でつくった「賞味期限7時間」のいちご大福を販売し大好評。その発想や実行力は、接客業と農家の視点を持った経営者のものでした。

谷口さんインスタグラム投稿より

町の人の求めることをやっていくという原点は変わらない

アンスリウムの生産だけでなく、農業経営へのアイデアやバイタリティが豊富な谷口さんですが、ハウスに入りアンスリウムに触れる、その視線や所作は当然ながら職人そのものです。

「アンスリウムは、とにかく花持ちがいいんです。咲き始めは主役級の華々しさがあり、時間が経っても脇役の花として1~2ヶ月楽しめます。今までは結婚式がメインだったのですが、最近では冠婚葬祭すべてに使ってもらえるようになっていて、値段も価値も上がっています」と谷口さん。

「出荷するときは娘を嫁に出すような気持ちで、とにかく丁寧に、少しの傷も大きさの不備もないものを選びます。ただ、南国の植物なので、ハウスが5度以下になると全部枯れちゃうんです。うちは通い農家なので停電が心配で、時間ごとにアプリでハウス内の温度の通知が届くようにしています」

山木屋地区から車で40分ほど離れた福島市で生活する谷口さんは、毎朝5時にはハウスで仕事を始めます。農業を始めて5年目ですが、地元農家のなかの立場はまだまだ「新規就農者」なのだそうです。しかし、アンスリウムはもちろん、観光農園でのほかの花卉や生産物のデータ蓄積で、教える立場になることも。「感覚や勘は、長年農業を続けてきた先輩たちに習い、最新のデータや経営部分では私が教えられる部分もあるのかなと思っています」

2022年夏からは、観光農園の敷地内で「体験農場」を始める谷口さん。農業を始めたい、体験したい団体や個人に、30区画を提供。植え付けの作物は生産者の自由とし、谷口さんは生産者のサポートを行います。

「この体験農場の事業は、町からの依頼なんです。農業を始めてまだ5年ですが、ようやく町に馴染んできたのかなと思えてうれしいですね」と笑顔を見せます。「それに、山木屋に、一気に30組の農家が増えるというのはすごいことです。アンスリウムを始めたのも町の公募でしたし、これからも町の求めるものや、地域のニーズとして感じたことをやっていきたいと思います」

最後に、福島に移住していなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか、と少し意地悪な質問をしてみたところ、谷口さんは「うーん……」とちょっと考えたあと笑顔で、「やっぱり農業をしていたと思いますね」と答えてくれました。それだけ今、谷口さんは、農業にやりがいを感じ、未来へつなぐ意義を感じているということなのでしょう。

アンスリウムの生産、観光農園・体験農場の運営と、経営の幅を広げていく谷口さん。

新しい農業の形で、これからも川俣町の農業を「つなぐ」存在となっていくのだろうと感じました。

谷口 豪樹(たにぐち ごうき) さん

1987年、埼玉県狭山市生まれ。プロゴルファーの資格を持ちながら、首都圏のゴルフ用品専門店に勤務。2013年、転勤で福島市へ。福島県川俣町出身の女性と結婚後、義父の花卉栽培の手伝いをしたことから農業に関心を持つ。2018年、川俣町ポリエステル媒地活用推進組合に参画し「かわまたアンスリウム」の生産を開始。2021年、株式会社smile farmを設立、代表取締役となる。現在は花卉のほか、イチゴなどの苗、水稲の生産、観光農園の運営などを行う。農業以外でも、川俣町地域ディレクターなど複数の役職を兼任しながら、まちづくりに貢献している。

取材・文:山根 麻衣子 撮影:鈴木 宇宙