6人の子どもたちと共に過ごせる子育てを~田村市で夏いちご栽培に挑戦する大家族
福島県田村市滝根町(旧・田村郡滝根町)で夏いちご専門農園「FLAT FARM」を経営する平岡真実さんは、妻と子ども6人の大家族で暮らしています。東京都で企業に勤めていた平岡さんでしたが、一家で田村市へ移住後、2018年にいちご農家へと新規就農を果たしました。
平岡さんの目指した目標は、家族が健康で暮らすことと、わが家の子どもたちが安心して食べられる美味しいいちごを作ること。大家族での移住と新規就農という、この大きなチャレンジに至ったきっかけや現在の暮らしぶり、今後の夢などを伺いました。
田村市滝根町、集落の中を通る小さな道を抜けて振り返ると、眼前に広がるのは雄大な自然とノスタルジックな田園風景。平岡さん一家は、この自然豊かな町を選んで暮らし始めました。
子どもと過ごす時間が持てない未来に疑問を感じて脱サラ
「私が就農を考えるきっかけとなったのは、サラリーマン時代に感じた『時間を切り売りして働く生き方』への疑問でした。」
平岡さんは都内で企業勤めをしている際、4人目の子どもが生まれたタイミングで8か月間の育児休業を取得。家族のサポートをするための決断でしたが、そこで職場から問われたのは「キャリアと家庭の選択」でした。平岡さんが休業明けに職場へ戻った際には、キャリアアップの道は遠く難しいものとなっていました。
そして5人目の子どもを授かった時に改めてライフプランを立て直すと、現在の給料が上がらないまま生計を立てるには、平岡さんは長時間労働をする必要があったのです。
「子どもがたくさんいても一緒に過ごす時間をまったく得られない、そんな未来が見えたんです。朝家を出る時も、帰って来た時も、子どもの寝顔しか見られない。クタクタに疲れるほどの子育ての負担を抱える妻にも寄り添えない。そして子どもと会話のないまま、また次の朝は仕事へ向かう。休みの日も疲れが抜けずに家族との時間も十分に取れない。このような生活が続いていくと想像しました。」
そこで平岡さんは、1年間の育児休職を取得し、その間に就農の道を模索することにしました。
子どもたちの大好きなものを作る仕事がしたい
平岡さんがいちご農家を目指した理由はとてもシンプル。子どもたちの好物がいちごだったからです。
「もともとが家族と自分の健康的な生活を目指しての就農だったので、わが家の子どもたちが美味しいと言ってくれるものを作りたいと思ったのが一番ですね。」
平岡さんは穏やかな笑顔で語ります。そこで平岡さんは「大切な人に食べさせたくなるいちご」をコンセプトに、就農を目指すことにしました。
未来へ歩み始める場所として選んだ「福島県」
平岡さんが移住先に福島県を選んだ理由は2つあります。
1つは、東京都に比べて十分な広さの農地を得やすいこと。もう1つは、ラジオ番組「聖書と福音」の活動が福島で行われていたことです。一家はクリスチャンであり、教会が掲げる福島の復興活動と歩みを共にして、家族の明るい未来の実現を目指すことに意味を感じました。
そこで平岡さんは、都内で開催された福島県移住相談イベントの会場へ足を運びました。 そして各自治体の移住支援策を聞いた中で、田村市の受け入れ態勢の柔軟さに魅力を感じたそうです。
「わが家がホームスクール(※)での子育てを希望していることも受け入れてくれました。」
こうして平岡さんは、田村市でいちご農家を目指す準備に取りかかりました。
※ホームスクール:学校に通学せず(または部分的に通学しながら)家庭に拠点を置いて学習を行うオルタナティブ教育の1つ
移住で感じた、地域のオープンマインド
田村市への移住の準備を進める中で、自然豊かな滝根町と出会います。しかし新天地でゼロからいちご農家を始めることは容易ではありませんでした。
特に平岡さんが苦労したのが、住まいと農地の確保でした。活用する予定だった助成制度の条件が合わず、一度は住まいと農地の取得を諦めかけたこともありました。
それでも移住の決意が固かった平岡さんは、住まいや仕事が決まらないまま田村市内の団地へ引っ越し、いちご栽培の研修を受けながら2年間を過ごしたそうです。その姿を見て、手を差し伸べてくれたのが現在の住まいのオーナーでした。
「家族で移住して研修を受けながら農地を探す姿を見て、『通り過ぎていくだけの人』ではないと伝わったのでしょうね。無理のない予算で考えてくださったり、すごく親身に寄り添ってくれました。『ここだったら子だくさんでものびのびと暮らせるだろうから、ぜひ住んでほしい』と仰ってくれました。」
移住に関する一連の苦労は、平岡さんにとって子育て家族を応援してくれる地域の温かさを感じる機会となったそうです。
改めて、移住先となった田村市をどう感じているかを伺いました。
「田村市は一度入り込むと、人情の温かさを感じる地域です。移住者に対するオープンマインドを感じますね。」
地域には平岡さん一家をいつも気にかけてくれる人がたくさんいると言います。「美味しかったから」と定期的にいちごを買いに来てくれるご近所さん。足りない農業資材や農機具を貸してくれる農家さん。すっかり顔なじみになった市役所の担当者さん。子育てや仕事の情報交換ができる移住者仲間など。
やさしく親しみを込めて接してくれる地域の人々に、見守られていると平岡さんは感じています。
人にも土にもやさしいイチゴづくり
FLAT FARMの育てるいちごは、「なつあかり」という夏品種で、やわらかな食味と程よい酸味、そして爽やかな甘さが口いっぱいに広がります。平岡さんが「なつあかり」を選んだ理由は、その美味しさだけでなく、土耕に向いていることもあげられます。
わが子に食べさせるためだから、見た目よりも味と安全にこだわったいちごを作りたい。その思いから、FLAT FARMのいちご栽培は最低限の農薬しか使わず、微生物や虫たちの自然の力を活かしながら作られます。
いのちを育む、子どもたちの移住生活
平岡さん一家の6人の子どもたちは移住後、都会暮らしで抑えていたエネルギーを爆発させるように、自然を舞台に駆け回って過ごしています。
広い敷地には畑や鶏小屋もあり、自分たちの手で育てて収穫する新鮮な食材が暮らしを彩ります。家族にとって、美味しいご飯が食べ放題になったことは地方暮らしの喜びを実感する日々の機会となっているそうです。
また、ホームスクーリングで過ごす子どもたちは、仕事や遊びの中から学びを得ます。例えば平岡家では、鶏の世話は子どもたちの仕事です。生まれたばかりのヒナから大きな成鳥まで、子どもたちは愛情を持って育てています。
ところがある晩、鶏小屋の戸の締め忘れが原因で、鶏たちのほとんどが狐の餌食となってしまったことがありました。悲しい出来事でしたが、子どもたちにかけがえのない命を預かる責任の重みを学ぶ機会につながったと言います。
自然の恵みと厳しさの両面を知る経験は、移住したからこそのもの。都会暮らしでは得がたい学びを、子どもたちは暮らしの中で見つけているそうです。
家族で力を合わせてチャレンジを続けたい
これからも家族全員が健康に暮らしていきたいと語る平岡さんに、この先どんな夢を叶えていきたいのか伺いました。
まずお聞きしたのがいちご栽培に対する夢です。
「例えば日本の伝統産業の技術を農業へ利用してみたり、農業で未知の部分を開拓してみたいです。」
「『夏いちご栽培は成功しないだろう』という周りからの予想を覆したい。そしてこの地域で夏いちご栽培に挑戦する人が増えてくれることを期待しています。いちご農家が増えて産地化することができたら、(あとに続く人のために)成功する栽培マニュアルを作っていきたい。それをいずれ、世界の貧困にあえぐ農家にも役立ててもらえたらよいと思います。」
続いて、平岡さんの子育てに対する夢を伺いました。
平岡さんが子育てにおいて大切にしているのが、内面を練り上げること。子どもたちには「誠実さ・勤勉さ・忍耐強さ」を大切にできる人に育ってほしいと願っています。そのために、移住や事業立ち上げに関する困難も、家族全員で乗り越え、その中から喜びや感謝を見出すようにしてきました。
「これからも親として経験していることを隠さずに子どもたちへ残していきたいです。いつか6人の子どもたちがそれぞれに専門的な知識を持って、力を合わせてFLAT FARMを大きく育ててくれる夢を思い描いて楽しんでいます。」
子どもたちの未来を語る時、平岡さんの笑顔はますます輝きます。6人の子どもたちが経営する大規模いちご農園の夢が叶う日を待ち遠しく感じるお話でした。
移住や就農を考える方へのメッセージ
最後に、これから移住や就農を考える方へ届けたいメッセージを伺いました。
「福島県も田村市も、人間関係に入り込むと温かい場所です。都会とはルールが違うことがあっても、自分の中の固定観念を捨てれば受け入れられます。
農業未経験者が新規就農することは、正直かなり厳しいチャレンジです。もしも家族を抱えているなど引けない理由がある方は、しっかり計画立てて、関係者や引っ張ってくれる人をいかに見つけられるかが大切だと思います。」
平岡さんはご自身の軌跡が誰かの幸せにつながればと言っていました。社会の一員として、子を持つ父親として、平岡さんのひたむきな挑戦は続きます。
平岡 真実(ひらおか まさみ) さん
1975年生まれ。広島県出身。東京都で企業に勤め、結婚。サラリーマン時代に5人の子に恵まれる。家族とより健康的な生活を送るために就農を決意し、2018年に福島県田村市滝根町にて夏いちご専門農園『FLAT FARM』をオープン。移住後に第6子が誕生し、現在は妻と共に4男2女の育児に奮闘中。
※内容は取材当時のものです。
取材・文:橋本 華加 撮影:中村 幸稚