移住者インタビュー

大熊町から最高のグローバル教育を全国に。小さな町から教育格差の解消を目指すin the Rye株式会社の大きな挑戦

2025年12月2日

2022年、福島県大熊町に新しい学校「学び舎 ゆめの森」が誕生しました。ユニークな教育方針を掲げる学校には移住者の子どもたちをはじめとして児童生徒数が増えています。この学校でグローバル教育を担当しているのが「in the Rye株式会社」です。代表の沖野昇平さんは東京で立ち上げた会社を大熊町に移転し、自身も移住して、ゆめの森をはじめとするさまざまな学校のグローバル教育事業に取り組んでいます。どのような思いで大熊町にやってきたのか、これから何をしようとしているのか、沖野さんと同社で業務委託スタッフとして働く鷲巣桂以子さんに話を聞きました。

グローバル教育がネット依存問題を解決する

沖野さんは、大学院生時代の2017年、研究していたネット依存の予防や治療につながるロボット開発の会社を起業しましたが、断念。新たな道を探る中で、大学院を卒業した2019年から本格的にグローバル教育事業に取り組みました。

沖野さん 「まず、実際に外国人と交流できる授業にニーズがあると思ったので、大使館の人と保育園・幼稚園の園児が交流するプログラム『ミーツ・ザ・ワールド™』を始めました。当時、全国の保育園・幼稚園の約6割が英語教育を始めていたので、保護者に選ばれるためには英語以外のグローバル教育に力を入れようと考える進んだ園もあったんです。

ただ、始めて半年で2020年のコロナ禍になってしまって。やめようかとも思ったんですが、先生から『オンラインでも』と言われてやってみたら、子どもたちは喜ぶし、すごく安全な形で世界中の人と会えることがわかり、さまざまな園に興味をもってもらえました」

in the Rye株式会社・代表の沖野昇平さん

ネット依存の問題からは離れているように見えますが、どうしてそのようなプログラムを思いついたのでしょうか。

沖野さん 「ネット依存は、居心地のいいネットの世界以外では安心できず、快感も得られず、コミュニケーションが難しくなってしまう状態です。そうならないためには、子どもの頃から外とコミュニケーションをとることが大切です。5歳から世界中の人と話す体験をしていれば、自分を大切にしながら相手も尊重するコミュニケーションを身につけることができる。そうすれば、ネットに触れて面白いとは思っても、そこしかないとはならないだろうと思ったんです」

ネット依存になる理由の一つは、コミュニケーションのとり方の問題にあるそうです。

沖野さん 「ネット依存には個人要因と環境要因と社会要因があります。コミュニケーションが苦手なことは大きな個人要因です。環境要因は、例えばゲームが魅力的すぎること。学校の勉強が苦手な子でも、ゲームは始めた瞬間にログインボーナスがもらえて、続ければ続けるほどネット仲間から賞賛をもらえる。そうすると、そこにいる理由しかなくなってしまうんです。

社会要因でいうと、親にとってスマホを与えておくのが楽だったり、情報量が多い実社会よりも居心地のいい場所が見つけやすいというのがあります。だから、世界中の人と話すことでコミュニケーションの面白さを体感してほしいし、ネット以外にも面白い非日常の体験があることを知ってもらいたかったんです」

こうした沖野さんの思いと、保育園・幼稚園の英語+αのグローバル教育の需要が合致して、このサービスは生まれました。東京で順調に事業を拡大していたそうですが、なぜ大熊町に拠点を移したのでしょうか。その背景には東北への熱い思いがありました。

ボランティアを通じて知った地方の教育格差

沖野さん 「私が高校2年の終わりに東日本大震災がありました。悲惨なニュースを見ながら受験勉強をしていて、こんな状況にも関わらず、自分はなんで勉強しかできないんだっていう複雑な思いを抱いていたんです。だから大学に合格してすぐ、ボランティアに応募して宮城県石巻市に行きました。大学時代はずっと学習支援のボランティアとして通い、4年生の時には1年休学して住み込みのボランティアもやりました」

そこまでするのには、ボランティアを通じて知った地方の子どもたちの現実がありました。

沖野さん  「『どうせ頑張っても、お前には無理なんだから』と被災地の大人が子どもに言っていたのを聞いたことがあって。この言葉が意味するのは、教育格差の問題の本質は教育の機会ではなく、子どもを包む『雰囲気』だということです。それが自分の強烈な原点になっています。

私は神奈川で生まれ育って、頑張ればいい大学に行けると当たり前に考えていました。でも地方では『頑張ってどうするの?』『この町を出て意味あるの?』という雰囲気がある。それで地域が成り立ってきた面もあるので、すべてを否定するわけではないですが、可能性ある子ども・若者が自分は地域から出られないと思い込んでいるのは、かなりの社会的損失だと思いました」

選択肢がある上で選ぶのと、もともと選択肢がないのとでは、地元にとどまる意味がまったく異なります。都会と地方の間に教育格差を生む「雰囲気」を社会課題と捉え、それを解決することも沖野さんのテーマの一つになりました。その第一歩として大熊町に来たのです。

大熊町に最高のグローバル教育環境をつくる

出典:「学び舎 ゆめの森」Webサイト

沖野さん 「事業は少しずつ広がっていましたが、自分の原点である東北では何もできていませんでした。そこで、2022年に福島県のビジネスコンテストに参加したんです。そのときの審査員のひとりが大熊町につながりをもっている人で、学校に紹介してくれました。ちょうどゆめの森ができるタイミングで、そこでグローバル教育を一緒にやりませんかという話になったんです」

沖野さんは、「ミーツ・ザ・ワールド™」をベースに、毎月3ヶ国、毎年30ヶ国の留学生とオンラインで話せるゆめの森独自のグローバル教育プログラムをつくりました。認定こども園と義務教育学校の子どもが通うゆめの森では、5歳から15歳までの10年間をかけて、300人と話せることになります。

in the Rye株式会社スタッフの鷲巣桂以子さん

鷲巣さんは、ゆめの森でのプログラム運営に業務委託で参加しています。もともとは夫の挑戦についてくる形で、川俣町の地域おこし協力隊として移住したそうです。

鷲巣さん 「私は郡山市出身で、結婚後は静岡で暮らしていました。ずっと塾講師など、教育の仕事に携わっていて、ある企業の仕事で海外への進学のサポートもしていたんですね。その子が求めているもの、その子がもっているもの、その子にしかないものをどうしたら引き出せるかを考えて、国内進学も含めたさまざまな選択肢を提示し、アドバイスをしていました。コロナ前からzoomを使って留学支援や進学支援をしていたので、福島でも静岡でも、全国の学生さんと関わることができました。

大熊町の視察中に沖野さんと出会って、すぐに事業を一緒にやろうということになりました。海外への留学支援にずっと携わってきたのでお伝えできることは少なからずあるし、沖野さんは私が構築できないものを全部形にして見せてくれるので、そこに関われることは私にとってもすごく幸せなことでした」

沖野さん 「鷲巣さんの留学支援というスキルはすごく魅力的でした。私は子どもたちに広い世界を見せていかなければならないのですが、それだと私の限界が子どもたちの限界になってしまう。例えば、私はブラジルに留学したことがないので、子どもたちにブラジルを勧められない。でも、鷲巣さんは紹介した経験がたくさんあるし、うまくいったケースを多く知っているので、留学したい子どもたちの心のハードルを突破できるんです」

「世界中の人と話せる」から「世界へ実際に行く」経験へ。すでに留学の計画も進んでいるそうです。

沖野さん 「大熊町はオーストラリアのバサーストという市と姉妹都市で、交換留学という形で中・高校生が1週間ホームステイする事業を震災前からやっていました。開校まもないゆめの森からも今年は立候補者が出てくれました」

鷲巣さんは、今まで留学支援していた子どもたちと、ゆめの森の生徒たちに違いを感じているそうです。

鷲巣さん 「私がケアしてきた子の中には、先生や親から『英語ができないのに留学するの?』とか『うちの子が留学なんて』というようなネガティブなことを言われた子もいて。そういう子たちと比べると、ゆめの森の生徒はすごくポジティブな印象です。彼らは外国の人たちとただ『対ヒト』の感覚で向き合っているので、言葉が通じる・通じないは関係なく、アクションを起こし、コミュニケーションを図ろうとします。だから、実際に会うことができたらどんなことが起きるんだろうってワクワクしているんです」

鷲巣さん 「私は、その子が行きたい時に行きたい場所に行けるフィールドをつくっていきたいです。『留学』は留まって学ぶと書きますが、思った時、思った場所で学び、自分が得たいものを得ていくのがこれからの留学の形で、『留学』というより『流学』といったほうがいい。そういう『りゅうがく』ができる環境を地方からつくっていければいいなと思います」

100町村に100通りのグローバル教育を

さまざまな国の留学生がプログラムに協力してくれている

沖野さんは、今後は大熊町にとどまらず、さまざまな町村でそれぞれの地域性にあったグローバル教育を広めていこうとしています。

沖野さん 「私は、地方の子どもの機会損失の問題を解決したいと思っています。直近の目標は2030年までに100町村に100通りのグローバル教育をつくることです。

例えば、楢葉町にある楢葉中学校は、生徒の一部がJヴィレッジの寮から通うサッカーのユース日本代表という特殊な学校なんですね。町としては、その子たちが将来海外に出ていくときに役立つ、高度なグローバルコミュニケーションを身につけてほしいという思いがあります。そのためには実際に外国人と会える機会をつくったほうがいいだろうということで、東北大から留学生に学校まで来てもらっています」

成功したものをパッケージ化して他に持っていくほうが簡単だと思いますが、あえてそれぞれの地域のニーズに合ったものをオーダーメイドする理由は何なのでしょうか。

沖野さん 「今、国が推進しているという背景もあって、グローバル体験サービスが全国ですごく増えています。ただ、その多くはパッケージ型です。なぜなら、県や市といった大規模自治体がマーケットだからなんですね。例えば神奈川県なら、高校だけで100校以上あるので、どうしてもある程度のクオリティのものをすべての学校に届けるパッケージが必要になります。

私たちは、もともとグローバル環境がない町や村を中心にやっているので、そもそもアプローチが異なりますし、取り組む理由もさまざまです。大熊町がグローバル教育を求める最大の理由は、人口がまだ戻りきっておらず、東京や大阪と比べるとグローバルな体験も少ない環境の中で、子どもたちが世界を舞台にした探究学習に取り組めるようにしてあげたいためです。実際、このようなグローバル教育環境を評価してくださる保護者の方々がいらっしゃいます」

その地域に合ったグローバル教育をデザインすることで、独自の魅力を高め注目を集めるというやり方を沖野さんは展開していこうとしているようです。そして100町村に向けて、展開の仕方もすでに描いています。

沖野さん 「大熊町や周辺地域はすでに鷲巣さんをはじめ、頼もしい仲間でチームをつくりつつあります。私はいろいろな町や村と一緒にどんどんグローバル教育を広げていき、そのうえで、他の地域でも人材が育ったらそこにリーダーを置いていくという暖簾分けのようなイメージでやっていきたいと思っています。地方にも先進的な学校は増えていますが、一番の弱点はやはりグローバル教育で、子どもたちが世界に出会いたいというニーズはかなりあるはずです。100か所探さないといけないので、興味のある町村があればどこにでも行きます!」

2025年11月には、双葉郡でのグローバル教育活動が、復興庁による『令和7年度「新しい東北」復興・創生の星顕彰』でも表彰されたそう。「大熊町を最高のグローバル教育を実現したフラッグシップにしたい」という沖野さん。ユニークな学校を通じて明るい未来をつくり上げようとしている大熊町は、地方の教育環境を変革する先進地として、ほかの町村にも影響を与えていくのではないでしょうか。

取材・文:石村研二 撮影: 中村幸稚  編集:平川友紀