生活・その他

【震災から15年】村の人々と移住者をつなぐ集いの場。葛尾村「石井食堂」

2025年11月13日

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故からまもなく15年。避難指示が出された福島12市町村では、移住者がまちの新たな力となり活躍する一方、故郷への帰還を果たす人たちも徐々に増えています。葛尾村で石井食堂を営む石井秀昭さんも帰還者の一人。村での営業を再開して8年が経ちました。避難生活を振り返りながら、お店が村で果たす役割や移住者との関わりを語っていただきました。

避難生活6年。仮店舗での営業を経て帰村

石井食堂は今から60年以上前に創業した老舗。秀昭さんで3代目となります。食堂のほか、お惣菜や弁当、お菓子、飲み物、野菜などの販売も手掛け、葛尾村で暮らす人々の食を家族経営で支えてきました。現在はご両親や弟の貴裕さんと働いています。

以前の石井食堂(東日本大震災後に撮影 石井秀昭さん提供)

東日本大震災が発生した2011年3月11日は、葛尾中学校の卒業式の日でした。式のあとは先生や生徒に保護者も参加し、石井食堂で謝恩の会が開かれるのが村の恒例。秀昭さんは、その準備の最中に大地震に見舞われます。食器棚が倒れて皿やコップのほとんどを失うなど大きな被害を受けましたが、幸いだったのは、水・電気・ガスがすぐに復旧したこと。秀昭さんら家族は翌日も店を開ける決断をします。

「こんなときだからこそ、困っている人たちのために店を開けるべきだろうと家族で話しました。皿が割れてしまったのでパックで持ち帰りができるお惣菜だけを作りましたが、沿岸部から避難してくる人たちがたくさん店に寄ってくれて、いつも以上に忙しかったですね。インスタントラーメンなど、お惣菜以外の食品もほとんど売り切れました」

しかし、翌3月13日、葛尾村にも避難指示が出されます。石井さん一家は村が避難先として指定した福島市のあづま総合運動公園へ。その翌日にはさらに会津へ避難しました。「最初は1日か2日、長くて1週間ぐらいの避難だろうと思っていた」と秀昭さん。何年にもわたる避難になることを、このときはまだ知る由もありませんでした。

2011年6月、石井さん一家を含む葛尾村の住民の多くは、福島県三春町に建てられた仮設住宅に入居します。故郷から離れての生活ですが、村の人々とのご近所付き合いが再び始まりました。少しでも地元の空気を感じてもらえればと考えた秀昭さんは、仮設住宅の敷地内に仮の店舗をオープンします。最初はお客さんのほとんどが仮設住宅の人たちでしたが、店の噂は徐々に広まり、やがて三春町内からも多くの人が訪れる人気店に。葛尾村で店を再開するまで、三春町での営業は6年にわたって続きました。

三春町の仮店舗内のようす(石井秀昭さん提供)

「三春町の人たちには本当によくしていただいたので、葛尾村に戻るときにはさすがに後ろ髪を引かれました。“帰らないでくれ”という声もたくさんいただいたので、その声に応えられなかったことに心残りもあります。でも、両親も僕も弟も最終的には葛尾村に戻ろうと考えていた。泣く泣くではありましたが、答えは一つしかありませんでした」

葛尾村の新しい店は2017年7月にオープン。葛尾村に6年ぶりの食堂の灯がともりました。

移住者が店によい循環を与えてくれる

看板メニューのチャーハン。約2.5合のボリューム

石井食堂の人気の理由は、その盛りのよさ。「昔からほかの店より少し多めを意識していた」と秀昭さんは言いますが、震災後はさらに盛りがよくなったのだとか。その理由を秀昭さんはこう言います。

「仮設店舗で営業を始めるとき、支援物資で全国からたくさんのお皿をいただきました。でも、村で使っていたものより大きい皿が多くて、その皿に今までと同じ量の料理を乗せると、物足りなく見えてしまって…。なんとか見栄えをよくしようと考えた結果が今のボリュームです。1回増やしたものはなかなか減らせないので村に戻ってからも続けていますが、物価高の時代なのに大丈夫かとお客さんから心配されることもあります(笑)」

村に戻って8年。村は少しずつ帰還が進み、そのなかには震災前から顔馴染みだった常連さんもいます。「近所のおじちゃん、おばちゃんが昔と同じように晩ご飯のおかずを買いに来てくれるのがうれしい」と秀昭さん。そうした昔からの常連客に加え、三春町のときの常連客がわざわざ食べに来てくれることもあり、秀昭さんにとって新しいやりがいとなっています。

さらに、最近は移住者の来店も増えてきました。子ども連れで移住した家族が揃って買い物に訪れることもあるとか。移住者のお子さんと話が盛り上がることもあるそうです。

「移住者の方のような新しい常連さんがどこかでうちの話をしてくれて、その話を聞いた人が“自分も行ってみよう”と思ってくれて、また新しいお客さんが増える。そんな循環が、移住者の方をきっかけに生まれています。派手な宣伝をするわけでもなく、クチコミのおかげで長年続けてこられた店ですので、本当にありがたいですね」

移住者にも気兼ねなく頼って欲しい

2025年1月から3月にかけてテレビ東京系で放映された、福島12市町村に移住した実在の方をモデルにしたオムニバスドラマ『風のふく島』にも登場した石井食堂。それ以外にも石井食堂はたびたびメディアに取り上げられています。忙しい食堂経営のかたわら取材にも積極的に協力するのはなぜなのでしょうか。

「震災のあと、葛尾村の人たちは全国に散ってしまいました。連絡先がわからなくなってしまった知り合いもいます。その人たちに向けた安否確認のような気持ちで取材を受けているんです。テレビや雑誌で紹介されると必ず誰かから電話が来ます。テレビで観たのをきっかけに、震災後に生まれたお孫さんを連れて久しぶりに来てくれた方もいました。食堂がメディアに出ることで村を思い出してもらえるなら、それだけで取材を受ける価値があると思っています」

最後に、移住者を迎える立場として、秀昭さんが感じる葛尾村の魅力を語っていただきました。

「何もない田舎ですし、都会的な華やかさもありません。でも、そこがいいところだと思います。まだまだ人が少ないので、そのぶん隣近所との関係がどうしても深くなりがちですが、みんなで助け合って生活していくことは田舎では当たり前。移住者の方にも気兼ねなく頼っていただいて、仲良くなれればと思っています」

村に欠かせない集いの場として、訪れるすべての人を温かく迎え入れてくれる石井食堂。こうしたお店の存在も、移住を決断するうえでの大きな後押しとなるはずです。


■石井食堂
所在地:〒979-1602 福島県双葉郡葛尾村大字落合字西ノ内9
TEL:0240-29-2030
営業時間:11:00~18:30(日曜定休)
X(旧Twitter):https://x.com/1414_brz86
※所属や内容は取材当時のものです。
文・写真:髙橋晃浩