移住者インタビュー

小高のまちなかで、ITエンジニアが集まる拠点をはぐくむ

2022年3月28日
南相馬市
  • チャレンジする人
  • 地域おこし協力隊
  • 起業・開業する
  • 移住を決めたきっかけ
    「予測不能な未来を楽しもう」というキャッチコピーに惹かれて
  • 活動拠点をつくった理由
    地域との接点を持ちながら、仕事をするため
  • これからの目標
    テクノロジーの力で、高齢になっても楽しく暮らせるまちづくりをしたい

南相馬市小高区でローカルシステムエンジニアとして働く塚本真也さんは、2020年5月に同市の起業型地域おこし協力隊に着任しました。ITの道を歩んで30年。南米やアジアなどで仕事をしていましたが、手掛けていたプロジェクトがひと段落したことで新しい活動の場を探していました。そんな中で見つけたのが「予測不能な未来を楽しもう」というキャッチコピーを掲げるNext Commons Lab南相馬(以下、NCL南相馬)の求人ページでした。オンライン説明会に申し込み、話を聞いてからはトントン拍子で南相馬市への移住が決まったそうです。

2021年8月には小高区のまちなかに、地域課題をITで解決するための窓口として「小高テック工房」を構えた塚本さん。エンジニアが利用できるシェアオフィスにもなっています。こうした拠点を構えた理由や、地方でITの仕事をする意義についてお話を伺いました。

「予測不能な未来を楽しもう」という言葉に惹かれて

――移住のきっかけを教えてください。

南相馬市に来る直前はインドネシアで仕事をしていました。手掛けていたプロジェクトが落ち着いたタイミングで、新しいことにチャレンジしたいなと思って就職エージェントに登録していたんです。「NCL南相馬」が紹介されていた地方特集ページで、「予測不能な未来を楽しもう」という言葉に惹かれてページを覗きました。そこで、小高区は東日本大震災や原発事故の影響で人口の流出を始めとしたさまざまな社会課題がある地域だと知りました。そんな中でも「予測不能な未来を楽しもう」って言い切っちゃうような人がいる。面白そうな地域だなと感じて、応募条件にあった事業計画書を提出したくなりました。

――事業計画書ですか?

はい。僕が応募したのは自分で事業を興すことを目的とした「起業型地域おこし協力隊」でした。この場合、応募の際には事業を通して実現したいビジョンや事業プランの提出が必須です。日本の地方で仕事をするのは初めてで、独立して稼げる確信を持てていたわけではなかったのですが、3年間の協力隊任期中はNCL南相馬から報酬をいただきながら活動できる環境だったので、チャレンジに踏み切ることができました。

――事業計画書はどのような内容だったのでしょうか。

地域の企業や自治体が個別に利用できるネットワーク「ローカル5G(※)」を南相馬に導入する提案をしました。通信環境を整えることで、ITを活用した住民サービスの実現やローカル5Gの実証実験エリアになれるのではないか、スタートアップ企業やエンジニアの誘致にもつながるのではないかと考えました。

そして今まさに、南相馬市役所や地域企業、エンジニアの仲間と一緒にこのプロジェクトを検討中です。計画がさらにブラッシュアップされていく過程にワクワクが止まりません。

※ローカル5G:地域・産業のニーズに応じて地域の企業や自治体等が個別に利用できるネットワーク。通信キャリアの有するネットワークから独立しているため、企業の建物や敷地など、限られた場所で利用可能なシステム。

地域の人と関わりながら事業をつくり、実行する

――南相馬市に来た頃は、初めての新型コロナウィルス感染症拡大による緊急事態宣言下でまちには出られなかったそうですね。どのように仕事をされていましたか?

東京からの移住だったこともあり、3ヵ月は自主隔離をして自宅でプロジェクトの構想を練っていました。ただ、地域との関わりがまったく持てず「これでは移住した意味がない」と悶々としていました。

状況が落ち着いたタイミングでNCL南相馬のメンバーと一緒にあいさつ回りをしました。その時、小高区出身で震災後に鷹の爪の栽培を始めた「小高工房」代表の廣畑祐子さんに出会いました。その後もご縁があり、トウガラシの商品を販売する通販サイトの作成についてご相談いただいたんです。廣畑さんは、地域の方に育ててもらったトウガラシを買い取って一味トウガラシやカレーなどの6次化商品を作っています。トウガラシは農地を荒らしてしまう獣害対策になるだけでなく、今ではビジネス自体が地域の方の生きがいや喜びになっています。彼女の人柄とビジネスモデルに感銘を受け、一緒にお仕事をしたいと思うようになりました。今は通販サイトの改善や運用だけではなく、商品の販売まで僕たちでお手伝いしています。

「小高テック工房」という名前は「小高工房」へのリスペクトも込めて、廣畑さんに許可をもらって付けました。

――「小高テック工房」という拠点を作って良かったと感じるのはどんな時ですか?

地域住民の方がフラッと入ってきて相談をしてくれた時ですね。「タブレット端末が欲しい」とか「パソコンの調子が悪いからみてもらえないか」とか、この場所を頼りに来てくれる。自宅で仕事をしているだけでは地域の人と出会えないことを移住当初に痛感していたので、拠点を作る必然性は感じていました。「まちの電気屋さん」のように、「IT屋さん」としてホームページ制作やデジタル端末に関する困り事を気軽に相談していただける場所になっていければと思います。

――お仕事はお一人でなさっているのですか?

2020年11月に株式会社を設立してスタッフを雇用してからは、任せる仕事もあります。地域に雇用をつくることを大事にしたいので、自分以外にもITの仕事ができる人を育てながら事業を進めています。最初に雇用したのは南相馬市出身の20代のスタッフです。未経験でしたが、採用以降学びながら仕事を進めてくれていて、現在はホームページ制作ができるようになりました。

――他にはどんな事業を行っていますか?

ほかに2つのメイン事業があります。1つ目は、ITコンサルティング事業です。僕の場合は、以前働いていた海外企業のIT部門のコンサルティング業務を請け負っています。起業型地域おこし協力隊は副業の規制もなく、独自のスタイルで事業を行えますので収入面でも気持ちの面でも、これまでの仕事を活かせることは支えになっています。

2つ目は、IT企業の誘致を目的としたシェアオフィスの運営です。現在は当社のエンジニアを含め3名がここで仕事をしています。将来的にはエンジニアが100人集まるまちを目指しており、その拠点に小高テック工房がなれたらいいなと思っています。エンジニアって、困っている人がいると自分の技術で解決してあげたくなる人が多いんですよ。100人いれば、絶対にまちは良いものになると思います。

テクノロジーの力で高齢者でも楽しく暮らせるまちに

塚本さんの小高工房イチオシ商品は柚子胡椒「もちつもたれつ」

――南相馬での暮らしはいかがでしょうか。

生活する上で不便なことはないと感じています。方言など言葉で困ることもありませんし、大型スーパーは複数あるため選べるほど充実しています。強いていうなら、冬の寒さは厳しいと感じますね。住宅選びの際は断熱性能や暖房器具にこだわることをおススメします。

――今後の目標を教えてください。

ITを使って、小高区を高齢者の方も社会に参加しながら生き生きと生活できるまちにしたいです。体の自由が利かなくなっても、仕事やまちの活動に足を運んでもらえるような仕組みづくりを進めていきたいですね。

小高区は震災によって地域の過疎化がぐんと進み、65歳以上の方の割合が50%に近づいています。これは日本の地方の未来の姿を先取りしているような状態です。高齢化が進んでも、住民が安心して元気に暮らせるまちづくりの研究を小高区で進めることができれば、日本の未来にも役立つんじゃないかと思っています。

――移住を検討している方へのメッセージをお願いします。

移住先の人間関係は、仕事、プライベートに関わらず「はじめまして」の関係から始まることがほとんどかと思います。自分にできることを見せたり伝えたりしながら、関係や信頼を積み重ねていく過程を僕は楽しんでいます。地域の仕事をゼロから作り出すことは簡単ではありませんが、地域内外の仕事を組み合わせながら収入と生活のバランスが取れれば、充実した生活を送れるのではないかと思います。ITエンジニアであれば転職せずに地域に身を置いて仕事をすることも可能です。

小高テック工房では、業務のプライバシーを気にせず仕事ができるように個室も用意しています。地方で仕事をすることを体験する場として利用していただくことも可能なので、興味をもったエンジニアの方はぜひ訪ねてきてもらえたら嬉しいです。

塚本 真也(つかもと しんや) さん

1971年東京生まれ。株式会社小高テック工房代表。IT企業に就職後、青年海外協力隊員として活動し、現地の職業訓練学校でIT環境の整備やネットワークシステムの構築を担う。インドネシアの日系企業勤務を経て2020年5月に南相馬市地域おこし協力隊に着任し、2021年8月に小高テック工房をオープン。

小高テック工房

https://odakatech.com/

※内容は取材当時のものです。
文:蒔田志保 写真:中村幸稚