ここでやりたいことが見つかった。大熊町でキウイ栽培の復活を試みる原口拓也さんが目指すのは、果樹栽培を産業として確立すること
福島第一原発事故後、居住区域の約96%が帰還困難区域となった福島県双葉郡大熊町。
2019年、一部地区の避難指示が解除され、2020年、2022年と段階的に解除が行なわれました。2023年12月1日現在、大熊町に住民登録がある全人口は4,853世帯9,996人。そのうち、町内居住者数は475世帯612人となっています。あちこちで再開発や道路の補修が行なわれ、復興が徐々に進みつつあります。
原発事故の前、大熊町は果樹栽培が盛んなまちでした。もっとも生産量が多かったのが梨、次に多かったのがキウイです。そんな大熊町で再びキウイを栽培し、特産品として復活させようと立ち上がったのが、和歌山大学4年生の原口拓也(はらぐち・たくや)さん。原口さんは、2023年10月にキウイ栽培と加工販売を行う「株式会社ReFruits」を創業しました。つい数年前まで、福島県とは縁もゆかりもなかったという原口さんが、いったいなぜ大熊町で就農し、起業することにしたのでしょうか。
みかん農家でアルバイトして「自分もやりたい」と思うように
「株式会社ReFruits」の代表取締役であり、現役大学生でもある原口さんは、現在、大学のある和歌山県と福島県を行ったり来たりする生活を送っています。てっきり農学部かと思いきや、農業とはまったく関係のないシステム工学部で、ソフトウェア工学の保守管理の研究をしているそうです。
原口さん 「方向性がまったく違いますよね。消去法で入っただけで、システム工学部を選んだ深い理由はなかったので、自分にはやりたいことがないとずっと悩んでいました」
転機となったのは、コロナ禍で授業のお休みが続いたことでした。大学2年生のときに少しだけお手伝いしたみかん農家から「しばらく手伝いに来てよ」と声をかけられ、アルバイトをすることになったのです。
原口さん 「2ヶ月働いたらハマっちゃって。体を動かすのはもともと好きだったし、やっていて本当に楽しかった。当時は農家になろうとまでは考えませんでしたが、『農業をもっと深く知りたい』と思うようになりました。それがいつしか『自分もやりたい』に変わっていったんです」
「おおくまキウイ再生クラブ」の活動に参加
みかん農家がきっかけだったこともあり、農業の中でも果樹栽培に自然と興味が向いていました。そんなある日、たまたま知人から誘われたのが、大熊町が主催するアイデアソン・コンテスト「おおくまハチドリプロジェクト」でした。
原口さん 「僕は震災後、一度も東北に行ったことがありませんでした。東北がどうなっているのかをちゃんと知りたいという思いもあって、参加することにしたんです。その頃には農業をやりたいという気持ちが芽生えていたので、大熊町の現状を知った上で、農業の視点から大熊町でできること、復興につながることができないかと考えていました。そこでつながったのが『おおくまキウイ再生クラブ』です」
「おおくまキウイ再生クラブ」は、2019年冬に立ち上がった任意団体です。町民、復興に携わる人、役場職員などが有志で集まり、まちの特産品として愛されていたキウイの再生と、活動を通した関係人口の創出に取り組んでいます。2020年3月にキウイの苗を植えて活動をスタート。現在は2週間に1度の頻度で作業日を設け、多いときには数十人もの人が町内外から参加するなど、大熊町の農業再生とコミュニティ形成の一端を担っています。
原口さんも、この活動に積極的に参加。昨年度は大学を1年間休学し、和歌山でみかん栽培の研修を受けつつ、休みの期間は大熊町に来てクラブの活動をする生活を送りました。
「キウイって可能性あるな」
たまたま誘われたのが果樹栽培が盛んな大熊町のコンテストだったというのも、何かの縁だったのかもしれません。原口さんはおおくまキウイ再生クラブの活動を通して、「フルーツガーデン関本」の関本好一さんと出会います。関本さんは、もともと大熊町で梨やキウイをつくっていた方で、キウイ栽培の第一人者。現在は避難先の千葉県香取市で梨とキウイの栽培を続けています。その関本さんが、おおくまキウイ再生クラブの顧問として、栽培指導をしていたのだそうです。
原口さん 「関本さんがつくったキウイを食べたときに、めちゃくちゃおいしくて感動したんです。今まで食べたことがないぐらい甘くておいしくて『キウイって可能性あるな』と思いました」
国産のキウイは、小粒ですっぱいイメージがある人も多いと思います。ところが関本さんがつくるキウイは大粒で、とても甘い。通常、キウイの糖度は12~13度だそうですが、関本さんのつくるキウイは20度を超えるものもある。いったいなぜ、関本さんを筆頭に、大熊町のキウイはそれほどおいしかったのでしょうか。
原口さん 「ひとつはもともと梨が特産品だったので、梨の剪定技術がキウイにうまく応用されて、栽培技術が確立されていること。もうひとつは、きちんと『追熟』を行なっていることです。追熟は、エチレンガスによって果肉を柔らかくする工程のことですが、時間がかかるため、収穫してすぐに出荷してしまうところが多いんですね。だから日本のキウイは硬くて酸っぱいまま店頭に並んでしまう。でも大熊町ではちゃんと追熟させて甘い状態にしてから出荷しているので、おいしいんです」
原口さんは、大熊町のキウイのおいしさと、栽培や追熟の技術に魅力を感じました。
原口さん 「話を聞いてみると、キウイはほかの果樹と比べて比較的育てやすいということがわかってきました。虫もそれほどつかないので無農薬でつくることもできます。市場を調べたら、果物の消費量は年々減っているけれども、キウイの消費量は増えているということもわかりました。つまりキウイには、まだまだのびしろがある。
それに加えて『大熊のキウイは本当においしかった』『特産品として復活させられないだろうか』という地元の方の声を多く聞いていたので、果樹栽培をやりたい僕の思いとキウイの生産を復活させたいまちの思いがうまくマッチングするのではないかと思いました。
僕はただ農業がやりたい一心で、特に福島にこだわっていたわけではありませんでした。だから実は、北海道や沖縄など、全国30ヶ所くらいを巡って、どこで就農しようかと考えていたんです。大熊町でキウイ農家になろうと決めたのは、ほとんどインスピレーションですね。関本さんと出会い、キウイ栽培を学んで『ここでやりたいことが見つかった!』という感覚がありました」
大熊町にはサポートしてくれる人がたくさんいた
全町避難となった大熊町に、現在、キウイ農家は一軒もありません。もともとあった梨の木やキウイの木は除染のためにすべて切られ、きれいに抜根されて、更地になっています。表土が削られたため、有機物や微生物が少なくなった土壌の改良も急ピッチで進めなければいけません。大熊町で就農するとなれば、地力が弱った更地を開墾し、土壌改良を行ない、苗を植えるところから始めることになります。これは大変な決断と労力が生じます。
原口さん 「課題はめちゃくちゃあります。でも、ここで新規就農したいと言ったらサポートしてくださる人がすごくたくさんいたというのは大きかったですね。例えば、堆肥の設計や土づくりは、福島大学と連携して『夢バイオ』という発根促進剤などを使わせてもらっています。
地元のみなさんも応援してくれているし、関本さんも協力してくださっている。毎月、千葉まで関本さんに会いに行って、栽培についていろいろ教えてもらっています。来年は、がっつり修行しに行こうかなと思っているところです」
起業するにあたっては、「一般社団法人HAMADOORI13」の若者起業支援事業「HAMADOORIフェニックスプロジェクト」に採択され、年間1,000万円未満(補助対象経費の100%以内)、最大3年間の資金援助を受けることが決まりました。また、まちの基幹産業創出の場となっている「大熊インキュベーションセンター」に入居し、大熊町を拠点とする起業家仲間の横のつながりもできているそうです。事業を進める上でわからないことがあれば入居企業の様々な経営者の方たちに相談もできるなど、良好な関係が築かれています。
キウイ栽培を産業として確立していくことを目指したい
今後については、まずはキウイ栽培を行ない、収量が安定したら加工工場をつくり、加工品の製造や販売なども自社で手がけていく予定だそう。いずれは、ほかの果樹にもチャレンジしたいと考えています。
とはいえ、就農だけであれば、個人事業主として農家になるだけでもよかったようにも思います。なぜ最初から会社化し、加工や販売を見据えることにしたのでしょうか。
原口さん 「農業の難しさは継続させることにあって、今は親の世代から子の世代へのバトンタッチができていないと感じていました。それって結局、産業としての仕組みがうまくいっていないからだと思うんですね。特に果樹産業は斜陽になっていて、非常に苦しい状況です。それをもう一度面白いものにしていきたいし、キウイ栽培を産業として確立していくことを目指したかった。いずれ誰かに引き継ぐことを考えれば、会社組織という形でバトンタッチしたほうが再現性があるのではないかと思いました」
原口さん 「また、作物をつくって出荷するだけだと、最終的に誰に届いているのかがわからないということも課題に感じていました。誰がつくっているかわからないものは、大量生産品として価格にも反映されて安く売られる傾向があります。消費者からすると安さは大事なことですが、生産者からするとあまりにも安いのはきつい。そこで消費者と生産者の距離を近くしたら、いいものが適正価格で販売できるようになると考えました。
そのためには、消費者がどういうものを求めているかを知る必要があるし、生産者はどういうこだわりや思いがあってそれを育てているのかを、消費者に伝えていく必要もあります。だから加工と販売も自社でやって、自分たちで直接届けたい。誰がつくったものかが消費者から見えるようになれば、両者の距離が縮まっていくのではないかと思います」
顔の見える生産者として、本当においしいキウイを、求めてくれる人に届けていく。そうすることが、より良い食の循環と農業の持続性の向上につながります。キウイならではの加工品をつくろうと、すでに試作を開始しているとのこと。どんな商品が生まれていくのか、今から楽しみにしておきましょう。
最初の収穫は2026年。それまではキウイ栽培の修行期間
今後は、2.5ヘクタールの農地を借りる予定になっています。これは、おおくまキウイ再生クラブで使用している圃場面積の約25倍の広さにあたります。第一弾として、2024年3月にそのうちの1ヘクタールにキウイの苗を植えます。「そこからが本当のスタートです」と原口さん。なんと、苗を植えてから実が採れるまでに、少なくとも3年はかかるのだそうです。
原口さん 「最初の収穫は2026年です。順調にいけば、1ヘクタールの圃場で、30トンは収穫できるようになります。ただし、それまでの3年間はなんとか耐えないといけません。会社的にはもちろん赤字だけれども、キウイ栽培のことをいろいろ学べる修行期間でもあると前向きに捉えて、いざとなったらアルバイトでもなんでもして乗り切る覚悟です」
原口さんは、2024年春に大学を卒業し、大熊町に移住します。学生のうちに起業するというのは、勇気のいる決断だったと思いますが、一歩を踏み出せた原動力はなんだったのでしょうか。
原口さん 「正直自分でもよくわからないところはあるんですが、農業は食べること、つまり命に直結する仕事だなということは前々から思っていて。だから単純に『食をつくっている農業って、すげーかっこいい!』というところから入りました。それと、農作業をしていると自分が生きているという実感が湧くんです。そこがやっぱり突き動かされている理由なのかなと」
原口さん 「もうひとつは、今の農家の平均年齢が70歳ぐらいなんですよね。しかも、10年後にはそのうちの7割がいなくなると言われている。そうしたら、今やらないと10年後にいったい誰に農業を教わるんだろうと思っちゃって。そこに危機感をもっていたので、すぐにやろうと思いました。
僕の周りにも、農業に興味をもっている人はたくさんいましたが、最終的には就職して、農業の道には進まないという選択をする人が多かった。僕も、キウイがちゃんと栽培できるかという不安はずっとあります。でも、大熊町には応援してくれる人も助けてくれる人もたくさんいるので、起業すること自体への不安はまったく感じませんでした」
日本の農業界を若者の力で元気にしていく、その先頭に立ちたい
迷いなく進んできた原口さんは、この先にどんな未来を思い描いているのでしょうか。
原口さん 「近いところでいうと、自分のつくったキウイでいろいろな人を笑顔にしたい。もっと大きな時間軸でいくと、日本の農業界を若者の力で元気にしていく、その先頭に立っていきたいです。これから農家になるところなのに、そんなに大きなことは言えないので、これはあまり人には言ってないんですけど(笑)
今日も、せっかく取材に来ていただいたけど、始まったばかりでお話できる成果はまだそんなにないんです。でもこれから頑張っていくので、3年後にまた絶対、取材に来てください!」
原口さんは、決めた道を楽しく、着実に歩んでいる。しかしそこに、一次産業の担い手として道を切り開いていくのだという覚悟や真剣さがあることが、じんわりと伝わってきました。
気負わないけれども覚悟はある。
それは、この先のさまざまな波を柔軟に乗りこなすために必要な佇まいであるように思いました。そして、そういう原口さんの実直な人柄に、多くの人が引き寄せられているのでしょう。3年後にキウイがたわわに実り、6次産業化が実現する未来を、今から楽しみにしておきたいと思います。
取材・文:平川友紀 撮影:中村幸稚 編集:増村江利子
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