移住者インタビュー

自分の気持ちに素直になって、恋した広野町でゼロから理想のゲストハウスづくり。

2022年9月8日

浜通り地方を縦貫する幹線道路、国道6号から脇道にそれて1分ほど。取材場所に指定された住所に着くと、一段高くなった土地に古民家が一軒建っていました。太平洋を望む眺めのいい庭には草木が生い茂り、開け放たれた縁側から中をのぞくと、古い畳に破れた障子、片付け途中の段ボール箱。何年も空き家であったことがうかがわれる風情です。

「今の時期は草刈りが大変で」。そう言いながら笑顔で迎えてくれた大場美奈さんは、ここを「大人の秘密基地のようなゲストハウスにする」という構想の持ち主です。2022年の春にこの物件を借り上げて準備を始め、開業は2023年4月を予定。名称はもう「月とみかん」に決まっているそうです。

大場さんがゲストハウスの開業準備を進める広野町内の古民家

ゲストハウスは大場さんにとって8年越しの夢とのことですが、いわき市出身の大場さんが、なぜお隣の広野町を事業のフィールドに選んだのか。そもそもなぜゲストハウスなのか。そして、「月とみかん」というちょっと変わった名前に込めた意味とは――。じっくりお話をうかがいました。

衝動的に訪れたゲストハウスで

大場さんと広野町の出会いは2015年。嘱託職員として広野町役場に入庁したのがきっかけでした。

「私ってちょっと変な職員だったんです。役場の仕事をしながら『将来はゲストハウスをやりたい』って周りに言って回っていました」

高校生のとき経験した東日本大震災がきっかけで救急救命士を志し、東京の専門学校で学んだ大場さん。そのまま東京で就職が決まったものの、卒業を目前に当初目指していたものと何かが違うと感じてモヤモヤしていたそうです。そこで、衝動的に訪問したのが南相馬市鹿島区にあったゲストハウス。震災で大破した家を若者たちが交流の場としてよみがえらせた場所で、「こんなところになぜ…と驚くくらいいろいろな人が集まっていて、知らない人同士とても心地よい空間を共有していた」といいます。

「いつか自分でもこんな場所をつくりたい」。これだ、と直感した大場さんは就職内定を辞退し、まずは故郷のいわき市に帰ることを決めたのでした。

住民からNOを突きつけられて

広野町役場に職を得たのは「たまたま」だったそうですが、そこで大場さんは広野町と「恋」に落ちます。いわき市と広野町は同じ浜通り地方の隣同士ですから、人も風土も同様かと思いきや「全然違う」のだとか。人口32万人のいわき市と比べて5,700人*の広野町では、「人の顔が見える」。そして「みんなマイペースなのがとても居心地がいい」といいます。
(*広野町の実質人口=町内居住者+滞在者。広野町ホームページより)

「ゲストハウスをやるなら広野町で」。そう思い始めた大場さんは、まずは別の場所で地域を知る勉強をしようと2017年から2年間、山形県南陽市に地域おこし協力隊として「修業」に出ました。その後広野町に戻り、一緒に地域づくりをしようと誘ってくださった年長の町民と3人で任意団体を立ち上げます。大場さんが志したのはもちろん、交流人口拡大のためのゲストハウス開設でした。

ところが、そのアイデアを披露しても住民の反応の多くは「NO」。原発事故後、一度は全町避難した広野町です。外から人を呼ぶ前に帰還した住民同士がつながる場所が必要だ、という声を受けて大場さんは、ゲストハウス構想は時期尚早なのだと気持ちを切り替えたといいます。

残るモヤモヤに、「主語」を変えてみた

代わりに誕生したのが多世代交流スペース「ぷらっとあっと」でした。2020年末、広野駅近くでプレオープン。文字通り町民がふらりと立ち寄れる場として、スペースレンタルのほか「まちなかマルシェ」、パソコン教室、大場さん自身が教えるヨガ教室なども開催。翌年4月の本格オープン後はコロナ禍の猛威でイベント実施は難しくなったものの、それでも大場さんはこの施設を地域に浸透させるため「たくさん企画書を書いた」と振り返ります。

「実はしんどかった。何をやってもつまらないと感じた1年だったんです。地域の人を笑顔にしようと思っていろいろ企画したけれど、何をやっても自分だけ笑っていなかった。周囲に相談したら、それはあなたの感情が入っていないからだよ、それでは人はついてこないよ、と言われました」

そこで大場さんは、愛する広野町で「自分は何をして暮らしていきたいのか」徹底的に見つめ直します。答えはやはり、ゲストハウスでした。

「そのときから主語を『地域』でなく『自分』に変えたんです。それまではずっと『地域のためになることをしなきゃ』というプレッシャーを感じていました。そうではなくて、私自身がやりたいことをやるべきなんだと」

2022年3月末、大場さんは「ぷらっとあっと」の運営を“卒業”。空き家だった古民家を借り、いよいよゲストハウス開業の準備を開始したのでした。

みんながやりたいことをやれる大人の秘密基地

現時点ではまだまだ手入れが必要な古民家ですが、大場さんは既にここを「月とみかん」と命名しています。そのココロは「広野町のシンボル、みかんのように親しまれる場所になりたいから。そして、ここを訪れるゲスト=太陽をそっと見守り、支える月のような存在になりたいから」

「悩みや生きづらさを抱えている人、なにかモヤモヤを感じている人が、ここに来て地域の人と出会い、笑顔になって前に進む勇気を持てるような場所を目指しています。その手段として、農作業とかDIYでものづくりとか、いろいろな体験ができるようにしたい。ここでは、みんなやりたいことを見つけて、それぞれやりたいことをやる。だから私はここを大人の学び場、大人の秘密基地って呼んでいるんです」

実際ここは、家だけでなく裏山も、そして道路を挟んだ向かいの畑もぜんぶ使えるのだそう。すでに地元の人からは裏山にツリーハウスをつくろう、畑でブルーベリーを育てよう、などアイデアが出ているのだとか。

2023年に開業予定「月とみかん」のイメージイラスト

「そうやって、地域の人の中にも『やりたいこと』がけっこう隠れてるんですよ。震災後、みんな『町のため』といってがんばってきたけれど、これからはもっと『自分のため』に動いてもいいんじゃないかな。ここには地元の人も集って笑顔になってほしい」

そう夢を語る大場さん自身も、満面の笑顔です。

疲れた人が元気になれる場所に

移住者として自ら試行錯誤を重ねた大場さんは、「この地域(原発事故による避難を経験した12市町村)に移住する人は、自分のペースをしっかり保つことが大事」と語ります。

「もう出来上がっている地域と違って1度ゼロになった場所だから、元に戻そうとか新しいものをつくろうとか、いろいろな波があります。その中に入って自ら新しい波を起こすこともできるし、それを見守りながら共存する道もある。そこがこの地域の面白さだと思いますが、逆に自分のペースを持たないと振り回されてしまうかも」

移住を波乗りに例える大場さん。サーフボードに乗るのはいいけれど、疲れたときにボードを降りる「岸」も必要だ、と言います。まさに「月とみかん」のような「岸」が。

「でないと、みんな溺れてしまうでしょう。そもそもサーフボードに乗らずに生活できる場所があってもいい。せっかく移住してきたのだから、自分自身が楽しくなきゃもったいないですよね」

そんな大場さんは、「私みたいな変な移住者が増えたら、地域はもっと元気になる」と笑います。取材中、「ここは居心地がいい」と何度も繰り返していたのが印象的でした。来春の「月とみかん」開業が楽しみです。

大場 美奈(おおば みな) さん

福島県いわき市出身。広野町役場の嘱託職員、山形県南陽市の地域おこし協力隊を経て、2019年4月、広野町初の起業型地域おこし協力隊員として町へUターン。任意団体「ちゃのまプロジェクト」共同代表として交流スペース「ぷらっとあっと」の立ち上げ・運営に携わりつつ、自身のゲストハウス構想を温める。2022年4月、協力隊卒業と同時に町内の古民家を借り上げ、現在は運動指導やヨガインストラクターなどをしながら2023年4月のゲストハウス「月とみかん」開業に向けて準備中。

※内容は取材当時のものです。
取材・文:中川 雅美 撮影:中村 幸稚