チャレンジする人

「馬は家族」の文化がある南相馬から、起業家として、馬術選手として世界を目指す

2022年3月14日
南相馬市
      • 移住のきっかけは?
        起業型地域おこし協力隊「Next Commons Lab 南相馬」の存在を知ったこと
      • 移住して良かったと思う瞬間は?
        チャレンジを応援してくれる方がたくさんいる
      • 今後の夢は?
        馬と人がもっと身近な存在になれる複合施設を作る

      国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」のある南相馬市。このまちで暮らす人々にとって、馬は家族のような存在だといいます。

      東京都から南相馬市小高区に移住した神瑛一郎さんは、馬術競技で過去に日本一になったキャリアの持ち主。馬とともに生きる生活が根付くこのまちで、「馬の社会的価値を高める事業を発信したい」との思いを抱き、まちなかや海辺で観光として乗馬を楽しめる事業を立ち上げました。

      事業で活躍する馬2頭を預かってもらっている「松浦ライディングセンター」にお邪魔して、起業のために移住することの意義や南相馬での暮らしについてお聞きしてきました。

      「チャレンジに寛容なまち」で支えを受け起業

      ――現在どのようなお仕事をしているのか教えてください。

      南相馬市小高区で、馬を活用した事業を行う一般社団法人「Horse Value」を起業しました。観光として馬に乗ってまちなかや海辺を散歩できたり、イベントに馬を出張させたりする事業を展開しています。

      ――南相馬市に移住し、起業するに至った背景を教えてください。

      大学まで馬術競技の選手でした。馬術をもっとメジャーなスポーツにしたいと思っており、馬の社会的価値を高められるような事業を興したいと考えていたところ、南相馬市の起業型地域おこし協力隊「Next Commons Lab 南相馬(以下、NCL南相馬)」のことを知りました。NCL南相馬は、地域の課題解決や地域資源の活用を図るビジネスの創出を目指す取組です。このような仕組みに対する単純な興味に加え、南相馬は馬が身近にあるまちで、チャレンジに寛容なまちだと知れたことも後押しになりました。

      ――実際にNCL南相馬で活動してみていかがでしょうか。

      良くも悪くも自由で、思っていた以上に自分で動かなければならないことが多いと感じました。「地域おこし協力隊」とはいっても、起業型の場合は一般的な隊員の方々と違って出勤はないし、労務が管理されているわけでもありません。普通に起業するのと同じように、自分で必要な準備を進める必要があります。一方、協力隊の活動として報酬を受けながら事業の準備ができることは大きな支えになりました。

      ――現在の事業の形に至るまでにどのような経緯があったのでしょうか。

      南相馬というまちの課題と、私が抱く「馬の社会的価値を高める」というミッションを照らし合わせた時に、行き着いたのが「観光」でした。南相馬には野馬追以外の観光資源は少なく、野馬追が開催される3日間以外の362日は普通の田舎のまちだと感じました。その意味で観光事業はまちの課題にも合っており、この地で事業を興す意義にもなると考えました。

      協力隊として活動させてもらえる以上に、自治体の協力も大きかったです。ある事業を提案しても「NO」と言われることはなく、「YES」にするにはどうするかを一緒に考えてくれます。馬に関するイベントを市外の自治体で試みても難しいケースがありますね。活用できる補助金も多いと感じています。

      自分の選択に価値を付けたかった

      ――馬術競技の出会いについて教えてください。

      幼稚園から小学5年生ぐらいまで相撲をしていたのですが、同級生との体格差が出るうちに勝てなくなり、面白くなくなってしまったんです。「次は服を着てプレーするスポーツがしたい」と思っていた時に、通っていた学習塾で乗馬体験のポスターを見つけ、ヘルメットをかぶりジャケットを着て、ブーツまで履いていて…。馬に乗りたいというよりも、装備のかっこよさに惹かれました。それから週末には自宅のある東京から静岡県御殿場市まで電車で1時間半の道のりを通う日々が続きました。大学まで競技を続け、「障害馬術」の種目では何度か日本一になりました。

      ――競技を続けようとは思わなかったのですか?

      もちろんその道もありました。しかし競技だけで生計を立てることは難しく、一度は就活をして内定を受けましたが、心の中では「面白くなさそう」と感じていましたし、いつかは馬に関わる仕事をするんだろうなと思っていました。結局、事業を興して馬に関わり続ける道を選びましたが、その自分の選択に価値を付けたかった。そのことが今の原動力の一つにもなっています。

      ――事業を始めた時、地元の方の反応はいかがでしたか。

      野馬追に出陣されている方からは「神聖な馬を商売に使うなんて」というご意見をいただいたこともありますが、事業を始めてからはみなさんから温かく応援していただいています。

      ――実際に乗馬体験された方のリアクションはいかがですか。

      とても楽しんでいただけています。通常の乗馬体験は柵の内側で行われますが、ここでは道や海辺で馬に乗ることができるため、新鮮さを味わってもらえると思います。最近は15回の乗馬体験で一人で海辺を走れるようになるというサービスを始めましたが、初回の受付はすぐに定員に達してしまいました。遠くからですと、東京から来て下さる方もいらっしゃいます。

      馬と人がもっと身近になれる事業を世界に発信したい

      ――南相馬に移住して良かったと思う瞬間はどんな時ですか。

      私のように若いうちに移住し起業するような人の背中を押してくれる方が多く、とても恵まれていると感じます。事業を共にしている馬2頭は個人の方が管理する「松浦ライディングセンター」に間借りして預かっていただいていますし、仕事でも生活でも「チャレンジする人を応援する」ということに対してポジティブな方が多いと感じます。最初はちょっとシャイかもしれませんけどね(笑)。

      ――移住後のギャップはありましたか。

      生活に関しては想像通りで、特にギャップは感じませんでした。現実的な悩みとしてあるのは、恋愛的に出会いの機会が驚くほどないということです。若いうちは恋愛したいと思うことが普通で、マッチングアプリで出会った人に会いたいと思っても仙台市や福島市まで行かなければならないケースが多かったです。

      ――今後の目標を教えてください。

      南相馬のまちなかに、人と馬がより身近になるような、厩舎を含めた複合施設を作り、現在の事業に加え、新人研修や管理職研修などが行える企業向けのサービスを盛り込むことを考えています。地域の方向けでは馬術競技のスポーツ少年団を作ったり、農家向けに馬糞を再利用した堆肥を販売したりすることも検討しています。やっぱり事業を通じて、馬と人をより身近な存在にしていきたいです。南相馬への恩を返すためにも、このまちから事業を発信し続けて将来は必ず世界展開をしたいと考えています。

      ――個人としての目標はいかがでしょうか?

      馬術競技の選手として、もう一度日本一を目指したいです。馬術でもトップ選手で居続けられれば、事業の付加価値が上がるとも思っています。何より競技が好きですしね。

      神 瑛一郎(じん よういちろう) さん

      1995年東京都生まれ。小学6年生から馬術競技を始め、大学まで競技を続ける。南相馬市の起業型地域おこし協力隊として南相馬市小高区に移住し、2020年10月に一般社団法人「Horse Value」を設立。「馬の社会的価値を高める」というミッションのもと、事業拡大を図っている。

      一般社団法人Horse Value

      https://horsevalue.jp/

      文:五十嵐秋音 写真:佐久間正人