生活・その他

いわき市を拠点に「災害への備え」を啓蒙。福島県防災士会の取り組み

2023年2月17日
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 福島県浜通り地方は、東日本大震災以降も2019年10月の台風19号による豪雨、2021年2月および2022年3月の福島県沖を震源とする最大震度6強の地震と、度重なる自然災害に見舞われてきました。浜通り最南部いわき市を拠点として、防災士の育成や市民・施設向けの防災研修、地域防災に関する大学教育などに尽力しているのが、福島県防災士会理事・藁谷俊史わらがい としふみさんです。自助と共助で地域の安心を守るため、具体的にどのような活動をされているのか、お話を伺いました。 

 さまざまなメニューで防災教育を提供 

 とある社会福祉協議会(以下、「社協」)主催の防災講座の案内チラシに「避難時の三種の神器で防災グッズづくり」という目を引く見出しがありました。講師を務める藁谷さんの写真はやわらかい笑顔ですが、髪の毛が少し乱れているように見えます。 

「この日は風が強くてこうなってしまったんだけど、あえてそのままにしました。そのほうが親しみやすく見えるでしょう? 当日の話の“つかみ”にもなりますしね」 

キャッチーな講座名に親しみやすい印象の写真。藁谷さんは、防災講座の堅苦しいイメージをやわらげ、なるべく多くの人に参加してもらおうと取り組んでいます。 

福島県防災士会では、県内の自治体や社協、公民館などの依頼に応じて防災・減災に関する講座・研修を年間30~40回実施してきました。コロナ禍でその回数は減少し、内容もグループワークから個人ワークへの変更を迫られたそうですが、パンデミック下でも自然災害に備える必要性は変わりません。 

防災士会では依頼元のニーズに応じて複数の防災講座メニューを用意しているということで、そのいくつかを教えていただきました。 

1. 災害図上演習
実際の地図または仮想の地図を使用し、ここで災害が起きたらどこを通ってどの避難所に行くか、避難所に向かう途中でこういう出来事があったらどう迂回するかなどをゲーム感覚でシミュレーション(避難者バージョン)。災害対策本部バージョンでは、どこに誰を、どういう道具を持って行かせるかなどを考えます。 

2. マイ・タイムラインづくり
例えば台風が接近するとき、警報が出たらどう行動するかなど、災害に備えて事前に自分自身や家庭における適切な避難行動を考えるワーク。あらかじめ防災行動を実施するタイミングや必要なリードタイムを計画立てて、「ゼロアワー」つまり災害発生時には既に避難所に到着していることを目指します。 

3. 避難所運営ゲーム(頭文字でHUG) 
静岡県が開発したカードゲーム。避難者1人分のスペース(1.5mx2m)を縮尺したカードを、同じ縮尺で用意した避難所(体育館など)の平面図に並べていき、限られた時間でいかに多くの避難者を受け入れるかを考えます。各カードには避難者の家族構成など諸要件が書いてあり、そのほか「支援物資が届いた」などのイベントカードも。

「また、『クロスロード』という防災ゲームを実施することもあります。各人がカードに書かれた事例についてYESかNOか自分の意見を示し、なぜそう考えるかを参加者同士で話し合います。例えばグループ7人全員が同じ答えだと全員0点。意見交換をする必要がないためです。6:1ならひとりの意見になった方に5点。これは少数意見を尊重することを学ぶ練習で、避難所では多数決は通用しないからです。多数決で決めたとしても、異なる意見や考えの人を取り残さず、その人の問題もきちんと解決しなければなりません。それではじめて避難所運営がうまくいくのです」 

このほか、冒頭で紹介したような、ごみ袋・新聞紙・ペットボトルなどの身近なものを使った防災グッズづくりや、防災備蓄倉庫にあるものを実際に持ち出して使い方を勉強する実動演習、さらに自治体の防災訓練への協力、救命講習、企業などの避難・初期消火訓練の支援、地域イベントでの救護協力など、藁谷さんら防災士会の活動は多岐にわたります。 

まだ少ない防災士の養成に注力 

そもそも防災士とはどういう資格なのでしょうか。認定NPO法人日本防災士機構によると、「“自助”、“共助”、“協働”を原則として、社会のさまざまな場で、減災と社会の防災力向上のための活動が期待され、かつ、そのために十分な意識・知識・技能を有する者」として認証する民間資格で、所定の研修と資格試験を経て取得できます。1995年の阪神・淡路大震災での教訓を活かすべく、地域防災の担い手育成を目指して2003年に制度化されました。 

藁谷さん自身が防災士の資格を取得したのは2007年のこと。理由は、当時勤めていた会社に防災対策委員会が新設され、その事務局に就任したのを機に防災を体系的に勉強するためだったそうです。その後、藁谷さんは東日本大震災翌年の2012年に日本防災士会福島支部を、そして2017年には福島県防災士会を立ち上げ、現在では上述のような活動のほか、いわき短期大学幼児教育科で教鞭をとりつつ(地域防災計画学、ボランティア学・演習)、県内の防災士養成にも力を入れています。 

藁谷さんが教えているいわき短期大学のキャンパスにて 

「東日本大震災以降、福島県として防災士養成に尽力したこともあり、県内の資格取得者は3,500名余りまで増えました。ただ、全国には24万人以上います(出典:日本防災士機構 都道府県別 防災士認証登録者数)ので、都道府県別の人口比で見ると福島県はまだ少ないと言えるかもしれません。福島県防災士会が拠点を置くいわき市では、年間110人(2021年度までは55人)の防災士を継続的に養成しており、その運営事務局を受託するいわき短期大学に福島県防災士会が協力しています」 

このほか、いわき短期大学の公開講座として開催される一般向けの防災士養成講座(土日2日間)や、いわき市以外の自治体が主催する防災士養成活動にもいくつか協力しているとのこと。旧避難区域を抱える福島12市町村では、まだ居住人口が少ないところもあり、藁谷さんらが直接関わる防災関連の取り組みは現時点では多くないようですが、そうした地域から防災士養成講座に参加する人も少しずつ増えているそうです。 

顔の見える関係づくりが防災の第一歩 

「自然災害はいつ襲って来るかわからない」と頭ではわかっていても、普段はどうしても忘れてしまいがちです。 

「防災講座で参加者に質問すると、東日本大震災の大津波を経験していても、太平洋の向こう側の海外で地震が起きたときは『海を見に行く』と答えた人もいました。また、山間に住んでいるから津波の心配はないと思っている人でも、外出中、たまたま海沿いにいるときに被災することだってあり得ます。ふだん防災についてあまり意識していない人にも、そういうことに気づいてほしい。講座の参加者には、家に帰ったらぜひ家族や周囲の人たちにも伝えてほしいとお願いしています」 

藁谷さんが防災教育を始めて16年ほど。最初の頃はまだ「自助」という概念が浸透しておらず、自分でも備えましょうと言ったら「なぜ自治体が助けてくれないんだ」と参加者に怒られたこともあったとか。今ではそのような声はなくなったそうですが、「避難場所の確認や非常持ち出し品の用意、備蓄の必要性など、基本中の基本については同じことを何度も言い続ける必要がある」と表情を引き締めます。 

藁谷さんは2022年5月、楢葉町の防災アドバイザーに就任しました。以来、町内の災害危険箇所や災害対策本部の設置訓練などへの助言を行い、今後は地域の防災イベントへの参加や住民向けの講習なども予定しているとのこと。また、南相馬市社協の実施する「地域防災・コミュニティ推進講座」での講師も務めるなど、浜通り各地での啓蒙普及にも尽力しています。相次ぐ災害の復旧に対応してきた浜通り地方の市町村では、役場だけでなく社協が中心となって防災の取り組みを進めているケースもあり、そうした活動に協力できる防災士のような人材を地元でも育てる必要があると指摘します。 

福島12市町村においては、「まだコミュニティが小さく、共助の基盤となる自主防災組織づくりはこれからという地域も多い」と言いますが、そのなかで生まれている動きを着実に前進させていくのが大切ということでしょう。 

最後に、この地域への移住を考えている人には「自分の命は自分で守る、最低限の備え」のほか、地域の人たちに早く馴染んで、顔がわかる、あいさつができる関係を早期につくってほしい」とアドバイスをいただきました。 

「それが有事の際の助け合いにつながりますから。地域の行事や集会にも積極的に参加していただけるといいですね。それが『備えの一歩』になります」 

つまり、コミュニティの一員となることは防災面でも「移住の基本」と言えそうです。地域の安心・安全を守るため、新旧の住民が藁谷さんたち防災の専門家の助けも借りながら、行政その他の団体とも力を合わせる。そんな取り組みが期待されます。


■特定非営利活動法人 福島県防災士会 
住所:〒973-8404 福島県いわき市内郷内町磐堰86 葬儀会館グループ ソシオあすか内 
TEL:0246-45-1045 
FAX:0246-26-8896 
HP:http://fukushima-bousaishi.com/ 


藁谷俊史(わらがい としふみ)
さん

NPO法人日本防災士会 理事。NPO法人福島県防災士会 理事。いわき市で生まれ育つ。地元の大手企業に勤務のかたわら、消防・救命・災害支援などのボランティアに参加。2007年に防災士の資格を取得。2012年、日本防災士会福島県支部を設立、初代支部長に就任。2017年、NPO法人福島県防災士会を発足、初代理事長に就任。いわき短期大学にて、生涯学習研究所 客員研究員 兼 非常勤講師として防災関連の授業を担当するほか、防災士養成講座の運営に協力。また、福島県や各自治体と協力して、防災訓練や防災講座などを通じて自主防災活動の促進に努める。福島中央テレビの防災解説者ほか、テレビ・ラジオの出演も多数。2022年、楢葉町の防災アドバイザーに就任。 

※所属や内容は取材当時のものです。
文:中川 雅美 撮影:中村 幸稚