移住者インタビュー

やりたいことに一直線。田村市にUターンしたからこそできた自分らしい生き方

2023年3月7日

 移住をする目的や理由は人それぞれ。中には、別の場所で培ったキャリアを携えて地元に戻り、地域貢献に生かす人もいます。福島市から田村市にUターンした勝山律子さんは、介護施設の経営、カフェのオーナー、菓子職人、クラフト作家、マルシェの主催・運営、2児の母と、一人で何役もこなすパワフルウーマン。 

なぜ勝山さんは田村市に戻ることを決めたのでしょうか。また、多彩な活動を支える原動力とは?Uターン後もやりたいことや新しいことへの挑戦を続ける姿勢に迫りました。 

 震災で地元への思いが変化 

田村市中心部にある船引町に2022年12月、一軒のカフェがオープンしました。店名は「喫茶DANRO(だんろ)」。もともとモデルハウスだった建物を改装した店内は、木がふんだんに使われていてナチュラルな雰囲気。2階はコワーキングスペースとしても利用できます。 

「周辺にくつろげるカフェがなかったので、ないなら作ってしまおうと思って」 

そう言って屈託なく笑う勝山さん。旧常葉町(2005年3月1日に滝根町・大越町・都路村・船引町の旧4町村と合併して田村市となった)出身で、2011年に福島市からUターンし、現在、夫と2人のお子さんとともに暮らしています。そんな勝山さんは、実は異色の経歴の持ち主。大学は英文科に進み、卒業後に渡米。帰国後、看護師の資格を取得し、福島市内の大学病院に勤務してフライトナースや臓器移植コーディネーターなど看護のスペシャリストとして活躍しました。 

Uターンのきっかけは東日本大震災。原発事故で田村市にも避難指示が出る中、「母を一人残してはおけない」と決意したと言います。 

「ちょうど2人目の妊娠もわかった時で、地元でゆっくり子育てするのもいいなと思ったんです。夫も同郷なので、両親に孫の成長を見せたいという思いも一致していました」 

Uターンした2011年当時、どこを歩いても閑散としていた田村市。放射能という目に見えない恐怖に追い立てられ、長年住んだ場所を離れざるをえなかった人がいることに心を痛めたと言います。農作物などへの風評被害も深刻で、この状況をなんとか食い止めたいと、勝山さんは行動を起こします。 

「田村市産のお米や野菜を使った料理を提供するカフェを開こうと決めました。私の実家が兼業農家で子どもの頃から畑が身近にあったので、作っても売れない生産者の方を思うと、どうにかして力になりたかったんです」 

思い立ってから足かけ10年でその夢を実現した勝山さん。「喫茶DANRO」は田村市の新たなランドマークとして一歩を踏み出しました。 

来場者4,000人のマルシェを主催 

震災が起きるまでは、「まさか自分が地元に戻るとは思わなかった」と話す勝山さん。 

「子どもの頃は農作業の手伝いをするといつも泥で汚れるし、虫には刺されるし、イヤだなと思っていました。田舎なのでコンビニは遠いし(笑)」 

しかし、いざ田村市で暮らしてみると時間の流れがゆったりしていてホッとする場所だと気付いたそうです。そして、地元をもっと盛り上げたいという気持ちがだんだんと強くなっていきました。その目線の先にいたのは子どもたち。「彼らが育っていくまちが、明るく楽しい場所になったら」。そんな思いから始めたのが「楚々そそ 田村のいち」です。田村市や福島県内で活動するクラフト作家が手作り雑貨を販売したり、ワークショップを行ったりするイベントで、キッチンカーも出店します。2018年の初開催から現在まで計17回開催しており、2022年10月の開催時には県内外から4,000人が訪れたそうです。 

毎年、市内外からたくさんの作家と来場者が集まる「楚々 田村の市

「私自身ものづくりが趣味で、最初は5、6人くらいのクラフト作家を集めて一緒に作品を販売しようと始めたイベントでした。今ではフードも充実しましたし、ワークショップも行っているので、男性や家族連れも来てくださるようになりました」 

人気イベントへと成長した今も、主催・運営を担うのは勝山さん一人。補助金などに頼らず、参加店からいただく出店料も会場費などに充てられるため利益はゼロだそうです。それでも一人でやり続ける理由を勝山さんはこう語ります。 

「補助金に頼ったり人を雇ったりすると、結果を残さなければというプレッシャーが生まれるので。好きなようにやりたいですし、甘えるのがあまり得意ではないので、結局自分でやっちゃうんですよ」 

出店のオファーは、勝山さん自身が作品を実際に使ったり、食べたりして納得した人にのみ依頼しているそうで、互いに信頼関係があってこそ成り立っているイベントだということがわかります。 

「私、コミュニケーションが得意なんですよ! 初めて会った気がしないってよく言われるの(笑)」 

前向きでパワフル、やりたいことに一直線の言動には、思わず巻き込まれたくなるような魅力があります。勝山さんを中心に広がったコミュニティの輪を具現化したものが「楚々 田村の市」なのでしょう。 

尽きないパッションの源泉 

現在、勝山さんが「喫茶DANRO」に通うのは週に2日ほど。それ以外は市内にある介護施設の経営をしながら自身も看護師として働いています。昨年には、特定看護師の資格も取得したそうです。 

さまざまな顔を持ちながら、あくまで介護に軸足を置くのはどのような理由があるのでしょうか。 

「カフェやマルシェはライフワーク、介護の仕事はライスワークですね。息抜きをして、また生活(介護)に戻るようなイメージで、これからも両方やっていくと思います。地方だからこそ、安心して年を取っていける環境は大切ですから」 

老若男女が楽しめるカフェやマルシェを運営しながら、高齢者福祉にも力を入れている姿を見ていると「ウェルビーイング(well-being)」という言葉が思い浮かびます。ウェルビーイングとは、直訳すると「幸福」「健康」という意味。体が健康なのはもちろんのこと、精神的、社会的にも満たされた状態を指し、現在ビジネスや地域振興などさまざまな場面で目指すべき目標のひとつとして掲げられています。勝山さんの行動が示すのは、田村市で暮らすすべての人がウェルビーイングな生き方を実践していけるような、包括的な仕組みづくりそのもの。そのことを指摘すると「確かにそうかも!それが使命かもしれませんね」と笑顔で答えてくれました。 

今後は田村市に移住してきた方とも積極的に交流し、人と人をつなぐような役割も果たしていきたいと話す勝山さん。「地元の人が集まる場にはなかなか行きづらいと考える人でも、カフェなら気軽に来れるはず」と、知り合いのいない土地で不安を感じたら、まずは「喫茶DANRO」を訪ねてほしいと呼びかけています。 

「田村の人はシャイなので最初はとっつきにくいと感じるかもしれません。でも、何度か会ううちにきっと仲良くなれるので、物怖じせずコミュニケーションを重ねてほしいですね」 

カフェもマルシェも介護施設も、勝山さんにとってはゴールではなく通過点。「引退して犬と猫と暮らしたい」「実は小説家にもなりたいんです!」と、やりたいことがあふれ出て止まらない様子。それでも、どんな荒唐無稽な夢も全て実現してしまうのではないかと思えるほど、言葉に迷いがありません。 

「迷っている時間はもったいない」と自分の道を突き進んできた結果が、今の勝山さんを形づくっています。自分を信じる力を武器に、歩みを止めない勝山さんのパワーが、これからの田村市をさらに魅力あるまちに変えていくに違いありません。

■喫茶DANRO 
住所:〒963-4317 福島県田村市船引町東部台4-3 
TEL:0247-61-5757 
Instagram:https://www.instagram.com/kissa_danro/ 

■楚々 田村の市 
https://soso-tamura.studio.site/
次回開催予定:2023年3月25日(土)、26日(日) 

取材・文:渡部 あきこ 撮影:中村 幸稚

勝山 律子(かつやま りつこ) さん


1981年、田村市常葉町生まれ。高校を卒業後は関東の大学の英文科に進学。その後、看護師・保健師の資格を取得し、福島県立医科大学付属病院にて救急医療に従事する。震災と2人目の妊娠を機に田村市にUターンし、実家が営む介護施設の運営と施設看護に携わる一方で、ハンドメイドイベント「楚々 田村の市」を定期的に開催。2022年12月に「喫茶DANRO」をオープン。多岐にわたる活動で田村市を盛り上げている。